第4回 武道関連の部活へ殴り込み
自販機のコーナーは柔道場、剣道場というように武道関連の部活のすぐ脇にある。龍星の通う海雲学園は武道が盛んで、先の二つに加えレスリング部、ボクシング部、空手部、合気道部、はたまたテコンドー部というものまである。
余談ではあるがこの海雲学園とは太平洋に面している寮制の学校である。生徒一人一人は親元から離れ、学校生活を送っているのだ。
「俺はアクエリアスでも……」
「わたくしはお茶に致します」
お茶。清楚な涼夏にはピッタリの飲み物に思えた。二人はそのまま自販機の前にある木製のベンチに腰掛ける。漆塗りの感触が少々冷たい。
「汐崎様は歴史上の人物でどなたがお好みなのですか?」
「戦国期の竹中 半兵衛だね」
「私も戦国時代が大好きでありまして、信長配下の柴田権六勝家ですわ」
龍星は思わず口に含んでいたジュースを吹き出しそうになった。柴田 勝家といえば織田家屈指の猛将として知られている。有名なエピソードでは、勝家が長光寺城主の際、南近江を治めている六角氏が長光寺城に攻め寄せて来た時のことである。
戦況は一進一退であったが、六角氏方が城に通じる水源を絶ち、水不足に陥って勝家の軍の士気が急速に衰えた。もはやこれまでという時に勝家は水瓶を兵卒に見せ――、
「残りの水はこれだけである、ここで死ぬのならば打って出よう」
と叱咤し、残りの水を飲ませた後、水瓶を割って、自ら先頭に立ち斬りこんでいったことから『瓶割り柴田』と呼ばれるようになったと言われている。信長の信頼も厚く、本能寺の変直前までは対上杉軍と戦うための、北陸地方平定軍の司令官の座にまで上りつめるほどであった。
清楚でおしとやかな涼夏がまさかあのような豪傑の大ファンだとは……、世の中広いものであると、しみじみ痛感させられた。
「汐崎様?」
涼夏が顔を覗き込んでくる。その円らな瞳で見つめられ、慌てて視線をそらした。今まではこんなことで動揺することなどなかったのだが……。
その時、背後から気合いの入った声が聞こえてきた。空手部の道場である。新入部員も交えて本格的な練習が始まったのだろう。
龍星は空手や剣道といった武道には興味がないので、特に気にも止めることはなかった。口の中にアクエリアスの程よい甘みが広がっていく。
ふと、横を向くと涼夏がお茶の缶を握ったまま、格子窓から道場の中を覗き込んでいた。
「皇……さん?」
そこには自己紹介の時や、先ほど自分に対して見せた清楚さとは裏腹に、満ち溢れんばかりの好奇心に輝いている眼をした涼夏がいた。自分の言葉も耳には入ってないようで、口をアングリと開けたまま、道場の中の様子に見入っている。
「この猛る声、迸る気合い、風を切るかのごとき速さで繰り出される拳と蹴り……。わたくし、もう我慢できませんわ!」
「おい、ちょっと!」
涼夏は手にしていたお茶の缶を放り投げ、道場の中へ駆け込んでいった。慌てて後を追う。
「頼もうですわ!」
涼夏は勢いよく道場の襖を開いた。続いて入った瞬間、男臭さが鼻腔につく。
「何だ君達は?」
空手部の顧問が眼を丸くして尋ねてきた。
胴着だけの人間の中に制服姿の龍星達はとても浮いているように思えるのだろう。胴着姿の部員達が一斉に自分達を奇異な眼で見つめた。
「わたくしは新入生の皇 涼夏と申します。どなたか一手お手合わせをお願い致しますわ!」
顧問の言葉を完全に無視して涼夏は一歩前に歩み出た。その威風堂々とした姿勢に部員達は全員面食らってしまったようで、誰も名乗り出る者がいない。
「おい、何考えてるんだよ! 練習の迷惑だろ!」
予想だにしなかった涼夏の言葉に、彼女の肩を叩いて諫めようとする。猛将・柴田 勝家に憧れているだけあるようで、強い者を見ると闘争本能が抑えられないようだ。
「止めないで下さい汐崎様! わたくしは……わたくしは……!」
覚めやらない興奮によるのだろう、最後の方はまともな言葉になっていなかった。
「すいません! すぐに出て行きますから……」
涼夏の腕を掴んで無理矢理表に出ようとする。しかし――、
「待て! その挑戦受けてやろう」
これまた、予想外の言葉が飛んでくる。声の主は顧問であった。空手部の方も挑まれたとあっては拒むわけにはいかないのだろう。武道に身を置く者の運命というものだろうか?
「ありがとうございますわ、先生。何卒よろしくお願い致します」
涼夏は深々と顧問に頭を下げた。
「主力のメンバーを五人選出して下さい。私がもし負けるようなことがあれば、こちらの空手部に入部致しますわ」
敵である部員全員を前に、涼夏はとんでもないことを言い出した。道場が一瞬で騒然とする。
「言ってくれるじゃないの。空手をなめたことを後悔させてやるわよ!」
少々高くもあり、それでいて妙にドスがきいた声がした。女子部員が拳をボキボキと鳴らす。それを見て思わず背筋が寒くなったが、逆に涼夏は興奮によるのだろうか、体を震わせている。
「わたくしは一年C組の皇 涼夏。お手柔らかにお願い致しますわ」
いつもの清楚な言葉遣いであったが、その中に闘志がたぎっているのを実感した。と、同時にこうなってしまっては自分では止められそうにないことも。




