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第47回 離反策

「どういうことだ? これは?」

 重臣の間にゼーモンは腹心である家臣を呼び出し、先ほどの書状を見せ付けた。読んだ瞬間、家臣の顔から血の気が引く。

「殿、これは何かの陰謀でございます!」

「黙れぇ! オレ様の政治体制を密かに疎ましく思っていたとはな! オレはとんだ目利き違いだったようだ。貴様のような奴を登用したとはな!」

「お待ち下さい、殿! ぐあああっ!」

 弁解する家臣を、有無を言わさず斬った。鮮血が飛び散り、家臣は物言わぬ肉塊になる。ゼーモンは忌々しげに舌打ちすると、剣をしまい、評定の間に戻った。


 ゼーモンの姿を見ると、ローブの裾に血痕がついていた。家臣を斬ることに成功したようだ。

「とんだ邪魔が入ったわい。さあ、飲み直しだ、飲み直しだっ!」

 その様子を遠巻きに眺めながら、女性は内心でゼーモンを嘲笑っていた。そうやって笑っていられるのも今のうちだ。もうすぐ王女が全軍を率いてこの城に押し寄せて来るのだから!


 宴会が続き、ゼーモンはすっかり泥酔しているようだった。会場も先ほど以上の賑わいだ。

 女性は密かに宴会場を抜け出した。兼ねてからの予定通り、部下を始末した後は家で城の周囲で待機している夫に連絡することにしているのだ。衛兵達もすっかり酔っているため、自分を気に留める者はいないだろう。女性は城の前の通りを見渡せる場所へ出た。

 薄暗い通りを、眼を凝らして眺める。いつもは巨大な感じのする大通りがひどく細い、それこそ田んぼのあぜ道のように見えた。その道に人影が見えた。夫だろう。女性はそう直感し大きく手を振った。夫はこちらの真意を察したらしく、頷くと家のある方向へかけていった。

 第二段階達成。自分の役目はこれで完了したと思い、女性はホッと胸を撫で下ろした。

「そこで何をしている」


「家内から知らせがありました。そろそろ頃合な模様です」

 兵士が家に駆け込んできた。

「では、門を開けましょう! 龍星様、ここからが正念場です! お願いしますわ!」

 涼夏の呼びかけに、龍星は無言で力強く頷いた。その表情は自信に満ち溢れている。

 二人は門に来ると門番を斬った。門のズシリと来る重量感と共に開門。涼夏はそこに結集している二千のマグロ兵を見渡した。自分を支えてくれた存在を……。

「皆様方。正真正銘、最後の戦いです! 勝って、堂々とインフェリスを取り戻しましょう!」

 涼夏の声に、軍から一斉に“オーッ”という声が上がる。軍が一つになった瞬間だった。

 開かれた門へ涼夏は龍星と共に突撃する。背中に軍が続いているのがハッキリと分かった。

 インフェリスの命運をかけた最後の戦いの火蓋が、遂に切って落とされたのだ!


 涼夏は人魚に戻りマグロに乗って突撃を仕掛けた。背中に龍星が自分にしがみついている。

 二千のマグロ兵を先頭に、総勢一万近いインフェリス軍は、涼夏に続いて城へ向かっていく。

「ついにこの時が来たね」

「ええ、最後の戦いですわ! 国に平和をもたらすための」

 最後の戦いでありながら涼夏は高揚感を覚えていた。武道部全般に殴り込みを仕掛けた際の感覚が甦って来ている。やはりこういう命のやり取りをする場の方が自分らしくいられるのだ。

「俺ができるのは一緒にいられることしかないけど……」

「それでいいのですわ。わたくしの傍にいて下さるだけで、とても安心できますもの。それに龍星様だからこそ、あれほど見事な計略を仕掛けられたのですよ。龍星様以外の方ではとてもあんな鮮やかな謀り事を仕掛けることなどできませんわ」

 龍星は照れくさい笑みを浮かべた。ふと、前を見ると大きな人影ができている。

「レンっ!」

 涼夏の傍らにいた兵士が素っ頓狂な声を上げた。彼は自分達をかくまってくれた兵士だった。

「止まれーっ! こいつらが見えねーかーっ!」

 拠点兵長と思しき男が一人の女性を抱えていた。彼女は涼夏達が入った家の奥さんであった。そして、その後ろには作戦に協力してくれたであろう、数十人もの女性が縛られていた。

「皆様、止まって下さい!」

 涼夏の声に全軍の勢いが止まった。

「王女様、久しぶりですな!」

 見覚えがあるようなないような人物だった。ゼーモンの部下であろう。腹心といえる者だけを消すのでは、やはり完全ではなかったのだろうか。

「いやはや、後少し気付くのが遅ければ、我々に明日はありませんでしたよ。さあ、武器を捨てて頂きましょうか。でなければどうなるか、貴方ほどの方ならば分かりますよね?」

 ゼーモンの息がかかっているようで、下卑た笑みを浮かべる。

「おい、涼夏。連中の注意を反らせるか?」

 背後から龍星が尋ねてきた。何か考えがあるのだろう。今は彼に頼ることにした。

「ガンファさん……、」

 龍星がガンファに話しかけ、次にガンファの言葉を聞いたブラストが、後ろに消えていった。

「さあ、王女様。この方達が大切ならば、我らの要求を飲んで頂きますよ」

「言う通りにする以外ないということですわね」

「さすがは王女様、物分りが良い」

「涼夏、実は……」

 お世辞を聞き流し、涼夏は龍星の囁きに耳を傾けた。もし、そうならそろそろのハズだ。

 一呼吸後、敵の足下の土が、地雷が爆発したかのように弾け、地中からアナゴ兵達が現れた。

「おわあっ!」

 足下から鳥が立つ、もとい爆発が起きたため浮き足立ったゼーモン側。涼夏は拠点兵長の注意を引き、その隙にブラストがアナゴ兵を率いて、地中から襲撃したのだ。

 自分が優位と浸っているだけに、ゼーモン側は浮き足立ったことだろう。

「ガンファ様、女の方達を安全な所へ! 皆様方、今です!」

 涼夏のかけ声に続いてマグロ兵が勢いづき、敵に突撃を仕掛けた。アナゴ兵の奇襲により、敵の出端を挫き、そこをマグロ兵が一気に攻める。

 涼夏も負けてはいられない。先陣を切って仲間を導くというのは、自分が一番槍として敵に攻撃を仕掛け、活路を切り開く必要があるのだ。

 涼夏はマグロから降り、人魚の姿で中空を漂い並み居る敵を攻撃していく。変幻自在の動きから袈裟懸けへの斬撃、速さを活かした尾の一撃。とりわけ後者の方は、剣以上にリーチもあり、一回の攻撃で数人の敵を巻き込めるため、相手からすればちょっとした脅威であろう。

「よーし、この調子だ! 一気に城を攻め落とすぞ!」

 自分の代わりに龍星が声をかける。兵を鼓舞するには十分なようで、オーッと声が上がった。


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