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第46回 立ち上がる涼夏

涼夏は本陣の布を捲り上げた。龍星をはじめ、中にいる者達の視線を一斉に受ける。

「皆様、わたくしについてきて下さるのですよね?」

 涼夏は全員を見渡した。一切の迷いのない済んだ眼光で。

「当たり前だろう、君あってのインフェリス王国じゃないか」

 龍星が何を今更、といった感じの顔をしていた。ガンファにブラスト、他の者も同様に頷く。

「決めましたわ……」

 涼夏はボソッと下を向いたまま呟く。そして、おもむろに顔を上げ―、


「わたくしは父を……、いや、ゼーモン・インフェリスを倒します!」


 涼夏は全体を見渡し、そう言い放った。その瞳にもう恐れはない、いつぞや龍星が体を張って自分を助けに来てくれた時のように、一部の迷いも不安もなかった。

「涼夏……」

「おぅし! よく言った! それでこそ俺が手塩に育て上げた武将だぜ!」

「君主らしい面構えになったな!」

 龍星をはじめ、ガンファ、ブラスト、家臣一同の表情が一瞬で明るくなった。

「インフェリスの出来人だ!」

「もう、何も怖くないぞ!」

 陣中は即座にお祭りのような騒ぎになる。

「ためらいがないといえば嘘になりますが、これもインフェリス家のため……、やりますわ! では、龍星様。作戦の説明の続きをお願致しますわ!」

「おう! では、今回の予定ですが……」


「着きましたわ……、」

 先頭を行く涼夏が頭を出す。どうやら城下町への潜入が上手く行ったらしい。

「それじゃあ、お願いしますね」

 龍星の言葉にアナゴに乗っていた数人の兵達が頷いた。しばらくして兵の一人が戻ってきた。

「静かにそーっと来て下さい」

 龍星と涼夏は穴から抜け出し、誰もいないことを確認すると、その兵士の家に駆け込んだ。

「いらっしゃい、わぁ、初めてお会いしますね。王女様、で、そちらが軍師様で?」

 入った途端、ブラウスを着た三十歳くらいの女性が小さな子供を連れて応対した。

「よろしくお願致しますわ」

 涼夏が丁寧に頭を下げ、龍星もそれに倣う。

「それじゃあ、予定通りに頼むよ」

「任せて。これでも芝居の経験があるんだから。あのクソったれ君主の毒牙を抜いてやるわ!」

「って、おい!」

 涼夏の前でゼーモンの悪口を言われ、兵士が慌ててその場を取り成す。

「あ……、ごめんなさい王女様……」

「いえ、いいのです。私はあのゼーモン・インフェリスを倒すと決めました。どうか貴方様の演技を存分に御披露なさって下さいませ! これがその書状でございます。この書状に我が国の未来がかかっています。それではよろしくお願致しますわ」

「分かりましたわ。それじゃこの子達は頼むわね」

 婦人は家を出て行った。


「だーっはっはっは、飲め飲め飲めぇ!」

 評定の間で女を侍らせ、ゼーモンは酒池肉林状態だった。街の女性達はこぞって妾にしてくれと言うので、取り立ててもらったのである。

 ゼーモンは紫色という悪趣味なローブに、指や腕には高価そうな指輪やブレスレットといった装飾品をいくつも引っさげていた。これ一つ作るのに、どれだけ領民達から搾取したのだろう? その様子を見た、先ほど涼夏から書状を預かった女性は腸が煮えくり返る思いだった。自分は表面上ではニコニコしているが、内心ではナイフで喉仏を突いてやりたい気持ちだった。

「もう天下はオレ様のものだ! さあ、飲め飲めぇ!」

 頭から酒を被り、文字通りゼーモンは浴びるように飲んでいる。

 懐の書状、短刀よりも大きな凶器となり得る物を自分は忍ばせているのだ。しかし、あまり時間をかけるのは良くないと思っていた。時間をかければかけるほど、外で待機している軍の疲労は増し、食料も次第に少なくなっていく。なるべく早めに行う必要があるだろう。

 それにしても自分をはじめ、他の女性達は皆大した役者である。一緒にまかり出た女性達のほとんどは顔見知りで、友人といえるものもかなりいるが、誰一人としてこのゼーモンに忠誠を誓っている者などいないはずだ。しかし、現在は皆ゼーモンの元で肌を露にすることを厭わず、酒の相手をしている。それだけ、国の未来を考え必死に耐えているのだろう。

 女性は深呼吸を一つすると、ゼーモンの元へ向かった。眼前にいる女性達を一刻も早く、君主の名を利用する、冷酷無比なあの悪鬼から介抱してやりたかった。

「ゼーモン様。私からもお願致します」

「おうおうおう、お前もいい体をしているな」

 などといって、乳房を撫で回してくる始末。引っ叩いてやりたい衝動を必死に堪え、女性は懐から書状を取り出した。

「先ほど、このようなものを拾いました」

 敢えてどこかとは言わず、拾ったことだけを言う。

「ん~? どれどれ?」

 ゼーモンは受け取ると広げて読み出した。女性は高揚感に浸った。さっさと腹心の連中を斬り捨ててしまえばいいのだ。そう考えると、思わず顔がニヤけそうになる。

「ん~、ん? っ!」

 ゼーモンの顔が引きつった。どうやら上手くいったらしい。さすがは王女様である。

「少々外す。すぐに戻るから待っておれ!」

 ゼーモンは慌てて、評定の間を出て行った。その後ろ姿を眺めながら、女性はほくそ笑み、周囲の女性と目配せをした。第一段階は成功したと考えていいだろう。


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