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第45回 人面獣心 ゼーモン・インフェリス

「何……、これ? どういうことでしょう?」

 凱旋した涼夏は唖然とした。入り口という入り口が完全に閉ざされ、中へ入れないようになっているのだ。街全体が牢獄……、ではなく街から締め出された格好になっている。

「戻ったかぁ、メルフィよ~」

 城壁の上から間の抜けた声が聞こえてきた。父、ゼーモンが城壁へ登り、涼夏を見下ろしていた。周りには父をたぶらかした、自分の大嫌いなゼーモン派の家臣達がいる。

「お父様、これは一体どういうことですの!」

「お前が国にたてつく奴らを蹴散らしている間に、俺がこの連中と協力して街を乗っ取ったって寸法よ。お前にゃ感謝してるぜ、何せ俺の代わりに目障りな奴らを消してくれたんだからよ」

「お父様! ご自分が何をされているか、分かっているのですか!」

「ああ、分かっているとも。俺はこの国の君主だ。君主が国を治めるのは当然だろ? 隠居するにはまだまだ早いからな」

 二の句が告げなかった。何故、こうも父は自分の欲望に走るのだろう? 涼夏は力尽きたように両手両足を地に付けた。ブラストを加え、平和的な解決を遂げて新たな国づくりができると思っていたのに……。自分のこれまでの苦労は一体何だったのだろう?

 父の国を省みない、そして自分の気持ちを考えないこの態度……。涼夏は打ちひしがれ、両目から熱いものが出るのを禁じ得なかった。

「娘よ、もうお前はお役御免だ。どこへなりとも消えるがいい!」

 トドメとばかりに辛辣な言葉が発せられた。

「涼夏、取り合えずこの場は一旦引き上げよう」

 龍星が優しく肩を叩いた。

「ええ……」

 ここで泣いていても仕方がない。龍星の言葉に従うことにした。涼夏はひどく弱い足取りで立ち上がる。今にも倒れそうな自分を、龍星が抱きかかえてくれた。


 街から四、五キロ離れた平原。そこにテントを張り、野営することにした。

「お父様……」

 そのうちの一つの中で、未だ泣き止まない涼夏の肩を、龍星は抱き続けていた。自分の愛娘を奴隷のようにこき使った上、用済みともなればゴミのように平気で捨てる……。あのような人物が一国の主だとは……。龍星はゼーモンの言動に対して、呆れて物が言えなかった。

「涼夏……」

 自分はこんな時、どうすればよいのだろう? 軍師としてではなく、一人の人間としての器を試されているように思えた。今の涼夏は武将ではなく、完全に一人の少女となっている。ともすれば、今の自分がすべきことは当然、同世代の少年としての何かであろう。

「涼夏、落ち着いて聞いてくれ」

 未だ項垂れたままの涼夏の肩を抱き、龍星は話を切り出した。

「涼夏が今後、インフェリスの君主になるという覚悟はよく分かった。ただ、そうするとなると、もう避けては通れない道なんだ。辛いが君の父親を無理矢理にでも排除するしかない。もっと言ってしまえば、君の父親を……」

 ここまで言った龍星だが、さすがにこれ以上の言葉をかけるのは気が引けた。言わなければならない。しかし、一人の少年として涼夏の心境を考慮すると……。

「討たねばならない……。ですよね?」

 龍星の心を涼夏は分かっていたのだろう。いや、涼夏ほどの人物が分かっていないはずがない。武将としての頭角を現し、君主たる器を有する彼女である。だが、それ以前に十六歳と言う少女からすれば、眼前の出来事はあまりにも精神的に辛辣であろう。

「俺も一緒に戦う。辛さを分け合おう。涼夏の苦しみは俺の苦しみ。俺はこれからずっと涼夏と一緒にいるから。大丈夫だから、後一息だから……ね」

「うん……」

 初めてだった。お嬢様言葉ではなく、一人の少女としての言葉を涼夏から聞いたのは……。龍星はしばらくそっとしておいた方がいいだろうと思い、自分はテントから出た。


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