第43回 インフェリス軍快進撃!
「な、何だ! この娘っこは?」
「コイツがインフェリスの次期王女か?」
ブラスト兵達が迷いや恐れをはらんだ眼で涼夏を見やっている。空を蝶のように舞い、剣の斬撃が蜂のように刺し、尾のなぎ払いという変幻自在の二段攻撃を繰り出す自分に恐れをなしているのだろう。流れを掴んだのを実感した。敵は臆病風に拭かれている。この心理的な隙をつけば、人数差による窮地などひっくり返せるだろう。そうなれば自軍の士気も上がるはずだ。
「おらおらぁ! よそ見してると死ぬぞ」
涼夏の心の支えであるガンファの声。
「はああああああっ!」
涼夏も負けじと声を出す。自らの気合いが兵達を鼓舞する太鼓であるのだ。龍星達が来るまで持ち堪えなければならない。傍らではガンファが気合いと共に敵を押し返し、その勢いで自らも敵の中へ突っ込んでいく。だが、涼夏の野生の勘が危険を感じた。
「ガンファ様、突っ込み過ぎてはなりません!」
だが、時すでに遅し――、
「ぐあっ……!」
敵の集団からの攻撃を受けたガンファ。額の辺りを斬られ、鮮血が迸った。
「ガンファ様っ!」
慌てて駆け寄り抱き起こす。涼夏の研ぎ澄まされた野生の勘が危機を知らせていた。ガンファが倒されたとあればこちらの士気は下がり、敵はがぜん勢いづいてしまう。そうなってしまうと龍星の救援が駆けつけるまで……。
「敵の首領を倒したぞ! かかれーっ!」
ブラスト兵の掛け声により、形勢が逆転してしまいそうだった。涼夏は負けじと、太刀を持つ手に力が入る。こうなったら自分がやるしかない!
「皆さん! 龍星様は必ず来てくれます! それまで耐えて下さいっ!」
ありったけの気迫を込めて叫ぶ涼夏。次いで、周囲の敵を片っ端から斬り倒していく。ガンファが倒れた以上、兵の士気を支えられるのは自分しかいないのだ。
「ぁぁぁぁ……」
涼夏は腰を低く落とし、獣のような咆哮を上げる。体から発せられる裂帛の気迫が敵を威圧したのか、自分には斬りかかって来なかった。
「この首欲しくば、見事取って下さい!」
そう言い放ち、再び敵を攻撃していく。自分は猛将になれただろうか? ずっと憧れ続けていた猛々しい人物になれているだろうか? ガラにもなくそんなことを考えた時――、
「涼夏――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!」
城壁の外から強く逞しく、それでいて妙に懐かしいような感じの音が聞こえてきた。騒々しくも、今の涼夏にとってこれ以上ないほどの救援サイレンといえよう。
「龍星様っ!」
涼夏は城壁の上に現れた救世主の姿に、満面の笑みを浮かべるのを禁じ得なかった。
「もう大丈夫だよ!」
「はいっ! 皆様、龍星様が来て下さいました! 勝負はこれからです!」
龍星の後詰めにより、自軍の士気が一気に高まった。反撃開始とばかりに掛け声を上げ、勢いを一気に盛り返し、敵を叩き伏せていく。
「来てくれたか……、龍星」
「ガンファさん! その傷は……?」
「なぁに、こんなのかすり傷よ。さぁて、俺も行くとっすか!」
深手を負っているにも関わらずガンファは立ち上がった。やせ我慢しているのは明白である。
「ガンファ様、しかし、その傷ではガンファ様が……」
「連中が戦ってるってぇのに、俺一人だけオネンネしてるわけにはいかねえだろ? いくぜ!」
そうだ……、今は一丸となってこの窮地を脱しなければならない。龍星は涼夏に先陣を任せ、自分は後方支援に徹することにした。涼夏が後ろを気にせず前だけを見据えられるように……。
戦いは続いていた。兵力も五分五分、龍星が駆けつけたことで勢いを盛り返したため、士気においてはインフェリスの方がいくらか上であった。
「この城に誘い込めば敵はいない! ここからが私の作戦の駆け引きにおける真骨頂よ!」
城内を一望できる本丸でブラストは次々に指示を出す。この城はインフェリス城と比べると小規模な城であるが、それゆえ通路も細く大軍は通りにくい。ブラストはそこに目をつけた。
「ヒラメ軍、壁からメルフィ達に向かって横槍を入れろ!」
細い通路の両側から数百のヒラメ軍が、涼夏に不意打ちを仕掛ける。何の変哲もなかった壁に攻撃される――、涼夏軍は完全に意表をつかれたようで、なかなか奥へと進めなかった。
「こいつぁ、例のヒラメ軍だな。野郎共、周囲の壁を手当たり次第に壊しまくれ! そうすりゃぁ敵の不意打ちを防げるし、通路も広くなって進みやすくならぁ!」
ガンファと彼を取り巻くインフェリス兵達がこぞって、周囲の壁を破壊し始めた。そして、姿が見えたヒラメ軍を斬り倒していく。廃城であったため、老朽化が進んでいるのだろう。一撃加えるだけで、簡単にヒビが入っていく。
何たる豪快さ……。ブラストはガンファの予想だにしなかった行いに、忌々しげに舌打ちをした。昔からあの男の男気溢れる様には、いつも度肝を抜かれたものだった。
壁が次々と崩されていき、次から次へとインフェリス兵が雪崩れ込んできた。城内では兵科による特殊能力を使うと、同士討ちの危険性があると思ったのだろう。ウナギやマグロから降りて、全員が剣、槍、棍といった様々な得物を手にした足軽兵となっている。
「壊せ、壊せぇ! 広くすりゃあ、それだけ大勢の兵が入り込めるんだ!」
ガンファの掛け声に、涼夏を始めインフェリス側の士気が上がったようで、先程よりも壁を崩すペースが上がってきているように見えた。だが、ブラストは冷静さを失わずほくそ笑んだ。広くなったということは、それだけこちらの兵科を動かす余地ができたということである。
「エビ軍! 前に出ろ!」
オレンジ色の外骨格をしたエビが涼夏達の行く手を塞いだ。
足軽と違って、兵科は海底世界であるだけに中空を漂うことができる。ともすれば動きのバリエーションが増えるため、あらゆる角度から攻撃ができるのだ。仮に相手が屈強な兵といっても足軽兵ならば戦展開を有利に運べし、数の優位性も消すことができる。
「かかれーっ! 我らの底力を見せてやるのだ!」
ブラストの指示により、長い尾をムチのように振り回す。硬さに定評のある腕や尻尾を巧みに扱い、打っては払い、払っては打つという続け様の連撃を涼夏軍に加える。さらに騎乗―、もといエビ乗している兵士達による巧みな剣捌きにより、インフェリス兵は倒れ伏していく。
エビというと強靭な外骨格に覆われ、高い防御力を誇っているため、防御というイメージが強いが、実際はこうして攻防共に優れているのである。また、乗りこなす兵もエビの変幻自在な動きについていけるよう、それ相応の訓練が必要であった。
「よし、次はイカ軍!」
全身白一色の悪魔がエビ軍の背後に姿を現した。フワフワと風船のように空を泳いでいる。
前回と同じく、尖った頭を槍と化し集団で突撃する槍衾が炸裂。遠巻きに見ていても、部隊の動きに一部の乱れも無く、部隊そのものが鋭い槍となって、インフェリス兵を次々と串刺しにしていった。さらにエビと同じく、イカ乗している兵士達による剣術で敵に追撃を加える。
エビ兵、イカ兵の奇抜な動きによる攻撃に、インフェリス兵達は次々と斬り倒されていった。流れが完全に相手側に傾いているのは明らかである。
「姫! ダメです! もう全滅寸前です!」
「龍星様が助けに来てくれたのですよ! 弱音を吐いてはいけません!」
涼夏が必死に周囲の兵を鼓舞している。あの堂々たる立ち居振る舞い、自分が手塩にかけて育て上げただけの事はある。やはり自軍に招き入れたいものだ。
「かあああっ! 命惜しくない奴は前に出ろ! 俺の剣の錆にしてやらぁ!」
一括と共にガンファが大剣を振り回す。この二人の決して諦めない強固な心が、インフェリスの強さの源だろう。それを思うとますます配下に欲しくなった。これほどの窮地に陥っても
希望を捨てない……、これほどの逸材は早々いるものではない。やはりインフェリスを建て直すに当たって、涼夏とガンファはなくてはならない存在だろう。
涼夏とガンファが奮闘し、自軍にもそれなりの被害を出している。だが、やはり押されているのは涼夏側――、インフェリスの方で兵士達も疲弊しているようだ。
「ぐくっ! はあ……はあ……」
体力には自信があるガンファらしいが、さすがに疲れが出ているようで、肩で息をしている。もう苦しめることはないだろう。一息に蹴りをつけて捕縛するのが思いやりというものだ。
「皆の者、敵は勢いが落ちている! せめてもの情けだ、早く決めて楽にしてやれ!」
ブラストの声に自軍が沸き立った。士気においても差がある。もう勝負はあった。
「はいやあーーーーーーーーーっ!」
場違いなけたたましい雄たけびが聞こえた。あの龍星がウニ兵を率いて突撃して来たのだ。
「涼夏を助けるんだ。俺に続けーっ!」
龍星の指示で一斉にウニ兵が鋭いトゲを活かして、次々と自軍の兵を攻撃していく。招かれざる客による突然の闖入に味方が浮き足立った。加えて――、
「わたくし達も負けてられませんわ! 反撃開始です!」
涼夏の兵が一気に勢いを盛り返し、自軍の兵を攻撃していく。
(気力を失いかけていたメルフィの兵が……、あの小僧の気迫で生き返ってしまった……)
一瞬で形勢が逆転してしまい、唖然とする。やはりあの少年の存在は無視できなかった。
「殿! 勢いづいた敵が本丸目前まで迫っております!」
「くっ、やるなメルフィよ!」




