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第37回 国が一枚岩になる時

涼夏は城の米蔵にある米俵全てを運び出した。龍星をはじめ疑問の声が上がったが、もう一度あの農村に行く、その時に詳細を話す。と、だけ告げた。今は一刻も早くこの米俵をあの村に持って行くことが先決だと踏んでいた。

「……………………」

 再び農村への道を歩きながら、涼夏は気持ちを集中させていた。これから、自分が君主の器であるか否かを問われる、大きな課題に臨む。先程、農村に堂々たる入場を遂げたが、これから行うことはそれよりも更なる試練である。結果がそのまま生死の結果となるだろう。生きて帰れたらならば天が自分を必要としている。しかし、もしそうでないならば……。

 涼夏は首をブンブンと振った。悪い方向へ考えたらキリがない。加藤 嘉明はこう言った。

「帯は前か横で結べ」

『後ろで結ぶと何か事が起きた際、手が後ろに行ってしまう。前か横で結べば走りながらでも結び直せる。これは帯だけに限らず、人間の心構えに対しても同様だ。』

 後ろを振り返ってはいけない。自らの信念という帯を背中に持って来てはいけない。常に前を見据え、現実の苦難・困難から眼を背けてはいけないのだ。龍星が立ち上がって危険を顧みず自分を助けてくれたように、自分も自らの運命に向き合わなければならない。

 父・ゼーモンの後を継いで、インフェリスにメルフィありと言わしめる! その決意を胸に、涼夏は改めて村の中に入ったのだった。


「こんなにたくさんの米俵、どうする気だね?」

 山積みにされた米俵を前にして村長は怪訝そうな顔をした。涼夏はあの後、城の米蔵にある米俵という米俵、数百俵全てを持ち出し、この村に持ち運んだのだ。

「皆様にわたくしの誠意と覚悟を知って頂くためですわ」

「どういうことだね?」

 村長の問いかけに、人魚の自分はゆっくりと上昇。全体を見渡せる場所まで昇り詰めた。

「この米、全て皆様方に差し上げますわ!」

 と、予想だにしないことを言い出した。農夫はおろか、兵士達の間からも驚きの声が上がる。

「おい、涼夏!」

 下から龍星の声がする、涼夏は一瞬だけ彼を見下ろすと小さく微笑んだ。

「わたくしは実際に皆様方の苦労を知りません。それで協力してもらうと言うのは確かに虫が良すぎたかもしれません。この米俵の献上はわたくしから皆様方への誠意の現れです」

 口で言うだけなら誰にでもできる。涼夏は自らの覚悟を知ってもらうため、このような決死の覚悟に出たのだ。国を統べる者としての信念を信じてもらうために。

「我がインフェリスは未曾有の危機にさらされています! この窮地を脱するに当たって私だけでは到底力不足。皆様方の協力が不可欠です! 今のわたくしに必要なのは水や食料などではございません。皆様方の心意気でございます! 共に力を合わせてこの国を守り抜いて欲しいのです。この兵糧米は全て皆様方に御献上致します! これがメルフィ・インフェリスの決意と覚悟だとお知り下さいーーーーっ!」

 涼夏の決死の覚悟による掛け声だった。自分は言いたいことを言い切った。ここで、この村々が立ち上がらなければ、自分はそこまでの器。天は自分を必要としていないということだ。

「私が言いたいことはこれだけでございます! この兵糧米は約束通り差し上げます!」

 涼夏の魂からの叫び。その覚悟の程が伝わったのだろう、農夫一人一人の表情に先程とは明らかに違う色が見え始め出した。

「王女様!」

 村長が涼夏を君主と認めたのだろう。懇願する眼で彼女を見上げている。

「王女様!」

「王女様!」

 一揆を起こしたように、元々農夫達の団結力は固い。村長に続いて、あちこちで涼夏を君主と仰ぐ声が発せられた。

「インフェリスの未来のために、今こそ立ち上がりましょう!」

“おおーっ!”

 何という光景だろう。頼もしい、あまりにも頼もしい存在が自分の元に集ったのだ。

彼方の山々を揺るがす鬨の声を上げた農夫達。インフェリス内での絆は今、この時に置いて結ばれたのであった!


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