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第35回 涼夏の君主としての器

「さて、皆様。いよいよブラスト伯父様と雌雄を決する時がやってまいりました」

 評定の間に家臣を集めた涼夏。そして、涼夏の穏やかなるも祖国の未来がかかっている非常に意味深な切り出しである。龍星は緊張により思わず生唾を飲む。ゴクリという重々しい音が鼓膜に響いた。ガンファと家臣達も同様らしく、それぞれの表情に緊張の色が浮かんでいる。

「龍星様、今回はいかがされます?」

 龍星は涼夏の呼びかけにより、一同の視線が自分に注がれるのを感じた。今まではそのプレッシャーによりたじろいでしまったものだが、自分は涼夏の影となって彼女を支えると約束したのだ。ある程度の緊張感はあっても迷いはない。

「密偵の話によると敵はこの空っぽだった、ほとんど廃城を本拠地としています」

 龍星は床机に置かれている地図の一部を指差した。ざっと城から二十キロほどである。

「そこで我々はこの城を挟んだ平原の向かい側にある、この山に陣を敷こうと思います。ここでしたら敵側の城を一望できますし、敵を牽制するにも適しているでしょう」

 龍星の案に涼夏にガンファ、家臣達はウンウンと頷いた。異論はないようだ。

「それから、敵側の所有兵科を知りたいのですが」

「はい、それなら……」

 インフェリスの密偵を総括する家臣が手をあげた。

「今のところ、ブラスト側が所有しているのはわずか三つです。まずエビ兵、イカ兵、そして、

この前の戦いでは見なかったのですが、ヒラメ兵です。このヒラメ兵というのがまた曲者で、カメレオンのように周囲の景色に同化し、不意打ちを仕掛けるのが得意だそうです」

 不意打ちと聞いて、龍星は自軍のアナゴ兵を思った。敵を驚かして浮き足立たせるという点では絶大な威力を発揮する。現に一揆軍戦と、先の涼夏救出戦ではアナゴ兵が活躍してくれていた。そのアナゴ軍と同じタイプを敵も所有している。もっとも、あのブラストならばそれくらいの準備をしていたとしても、何ら不思議ではないだろう。

「現在、兵力はいかほどですか?」

「現在は二千少々ですね。対してブラスト側は万に届くほどの兵力を有しています」

 龍星は頭を抱えた。今度の舞台は平原である。海流の影響もある程度はあるかもしれないが、それにしても二千と万ではさすがに厳しい。山岳戦のように、大軍が大軍の意味を成さないような場所でなら、まだ勝機はあるかもしれないが、平野戦でこれほどの兵力差はキツい。

「その件ですが、わたくしに考えがあります。兵に関してはわたくしに任せて下さいませ」

 涼夏が席を立った。単なる開き直りではないことが、その凛とした表情から見て取れる。

「皆様方にはこれからわたくしに命を預けて頂きます。よろしいでしょうか?」

 口調こそ穏やかであるが、涼夏の気迫は凄まじく、それこそ女の一念岩をも徹すという言葉通り、何事をもひれ伏せる強烈な王女ならではの気配を発した眼光を発していた。

 龍星は涼夏の気配により、一瞬で鳥肌が立ち背中に冷たいものを感じた。今まで見たコトがない眼差しであった。武道部に殴り込みを仕掛けるところから、闘争心が高い奴であることは前々から分かっていたことであるが、今の涼夏の眼に秘められたものは闘争本能といったものではなく、もっと彼女の人生全てを賭けた何かであるように思えた。

 居合わせる家臣、あのガンファまでもが、自分同様、息を呑んだような顔をしている。

「わたくしに同行して頂きますわ。皆様はわたくしの後について来るだけでよいのです」

 何はともあれ、涼夏に任せるしかなさそうだった。一同、席を立つ。


「おい、涼夏。ここって……」

 龍星は辺りを見回した。自分が初陣を果たした一揆軍戦。今、自分達が向かっているのは、その一揆を起こした農夫達が生活している村落であったのだ。

 涼夏は本来の姿であるマーメイドで、宙を進んでいた。その涼夏を見て、龍星は改めて自分が海底に来たことを認識する。フワフワと浮き沈みする尾が妙に可愛らしかった。

 涼夏以外の面々、龍星、ガンファに続いて家臣達は、マグロ兵に乗っていた。龍星は今更ながらであるが、速さがウリのこの生き物、戦国期で言うなら武田 信玄が用いる騎馬兵に相当するだろうと、実感していた。馬もマグロもとかく速さで敵を威圧するのが特徴である。

「おい、涼夏、こんな所に来てどうしようってんだよ?」

 戦場ではないのでマグロはとかくゆっくり進んでいる。ほとんど自転車と同じくらいの速さなので、龍星も特に怖がることはなかった。

「…………………………」

 涼夏は無言だった。先程の評定の間の態度といい、何か思いつめていることがあるのだろう。龍星はそれ以上何も言わないことにした。

「皆様、これより先が正念場です。ここからはかつて、敵の本拠地である場所。わたくし達に刃を向けることもありますでしょう。しかし! 伯父様の軍勢とまともに戦えるようにするには、この方々の信頼を得るしかないのです。オドオドせず、全てをわたくしに委ねついて来て下さい。いいですね、王家の人間らしい凛とした態度で臨むのですよ」

「おう!」

 涼夏の意図を組した龍星が真っ先に気合いを込めた返事をした。ガンファ達もそれに倣う。涼夏は龍星を始め、配下の者達を見渡すとゆっくり進んで行った。


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