第34回 涼夏の温もり、そして誓い
「龍星よ、いってぇどういうことなのか説明してもらいてぇな」
城に戻り兵を解散させた後、龍星は涼夏とガンファと共にバルコニーにいた。陽はとっぷりと暮れ、辺りは静寂に包まれている。
「はい……」
ガンファが険しい顔つきで龍星を見つめている。いや、睨んでいるといった方がいいだろう。学級内で勝手なことをした生徒をしかる担任……、などといった生易しいものではない。まさにこのような世界ならではの、武人が見せる凶暴極まりない眼光であった。
「ヤッコさんはなぁ、俺達インフェリスに大きな不満を持っていやがる、言っちまえば一触即発の状態の連中ばかりを統率する奴なんだぜ。そんな奴相手にロクに武芸の稽古もしたことの奴が単身で斬りかかるなんざぁ、勇敢を通り越して無謀としか思えねぇよ。」
そう、ガンファの言う通りである。龍星は打ちひしがれ、何も言い返せなかった。自分はもう自分だけの体ではない。涼夏と共にインフェリス軍全体を動かす存在なのだ。そんな立場にいる自分が身勝手な行動をしていては、兵達も動揺し士気が低下するのは必定である。
「今回は何もなかったからよかったけどよ。お前が勝手な動きをして、勝てる戦を落とし、ボロ負けすることだって有り得るんだぜ。軍師ならその辺、もちっと考えて欲しいもんだな」
「ガンファ様、龍星様は……」
言いかけた涼夏を、ガンファは黙って手で制した。
「いいんだよ涼夏。俺は軽率すぎた。ガンファさんがこう言うのも当然だ。ガンファさん、言い訳はしません。全ては感情に流されて独断で行動した俺の責任です」
龍星はそう言うと深々と頭を下げた。
「まあ、十分反省してるみてぇだからこの辺にするけどよ。今後は慎んでくれよな」
「はい」
「でもまあ、お前がメルフィのために動いてくれたってぇのは嬉しいもんだな」
それまで厳しい表情をしていたガンファが、にこやかな顔になる。
「どういうことです?」
「俺はご覧の通り独りもんだ。メルフィは俺が手塩にかけて育て上げた、俺にしてみれば娘みてぇなもんなんだよ。大切な存在のために体を張ってくれたんだ。世話役としてこんな嬉しいこたぁねえ。武将としてはまずかったが、お前は男としては立派に一人前だ!」
ガンファはそう言うと龍星の肩をポンと叩き、バルコニーを後にした。龍星はその男の背中に向かって、先程以上に頭を下げた。と、同時に目頭が熱くなる。ガンファは自分を男として認めてくれたのだ。今まで強い者に頭が上がらなかった自分。
ビクビクしてばかりいる自分が星は初めて、困難や恐怖をしっかりと見据えた。その男意気をちゃんとガンファは評価してくれているのだ。龍星にしてみれば師に認めてくれたようなものであり、感涙が眼を満たした。そして、涼夏が言葉もなく自分に抱きついてくる。
「涼夏……」
龍星はこの温もりを二度と忘れないと誓った。
それからしばらく、二人だけでバルコニーにいた。穏やかな風が頬を撫でる。涼夏はついさっきまで、命のやり取りをする戦場にいたことが嘘のように思えた。
「それにしても、君のような人が涙を流すことがあるとはね……」
久々に聞いた、龍星による自分を突っつく言葉である。
「なんですってぇ~!」
自分でも目が釣りあがるのを実感する。
「お、おいっ! ちょっと待てって! うわーっ!」
龍星の静止を聞かず、次の瞬間、彼を一本背負いで投げ飛ばしていた。ドサッと言う我ながら小気味良い音がする。
「もう、こんな時にそんなことを言うなんて……、ひどいですわ龍星様ったら……」
背中から倒れている龍星を見下ろし、涼夏は呟いた。
「また、お見事な一本背負いですなぁ……」
逆に自分を見上げている龍星からは皮肉が発せられた。
こんなことをした涼夏であったが、実際は龍星とこれからもずっと一緒にいたいという気持ちがあった。龍星自身に降りかかる身の危険を顧みず、自分を助けに来てくれたこと。
ガンファやインフェリス兵など、支えてくれる存在がいたとはいえ、ロクに武術の稽古もしたことがない龍星が初陣で全軍を率いると司令官という、大変な難事業を成し遂げたのだ。歴代の武将も初陣で軍を率いることはなく、大半は父親やガンファのような指導役に引き連れてもらう形で出陣することがほとんどである。事実、あの信長も父親の織田 信秀と共に、今川勢と戦ったのが初陣であった。
また、海底に引き連れた時、家臣には戦力になると言ったものの、実のところ胸中では「大丈夫かな?」という思いが交錯していたのだ。もっと言ってしまえば、龍星は自分の正体を知っている厄介な存在以外の何物でもないと、陸上にいた頃は思っていた。
そして、龍星に対する信頼が芽生えると共に、自分のためにああして体を張ってくれたのが何よりも嬉しかった。王女という恵まれた生活環境であった涼夏だったが、庶民と違ってどうしても薄くなってしまうものがあった。友人関係である。
王族と庶民とではどうしても生活体系などで確執が生まれてしまう。子供は自分と同じ匂いのする者を友達に選ぶもの、逆に言えば少しでも異質なものがあると白い眼で見られるものだ。
涼夏は王族であることを示すかのように、身なりが庶民のそれとは違っていた。当然、同年代の子供達は自分を奇異な眼で見つめ、自分達のテリトリーへ涼夏を入らせないようにしていた。そのため、自分は龍星と出会うまで友達という存在がいなかったのである。そんな自分を龍星は王女としてではなく、友人として助けに来てくれたのだ。それが何よりも嬉しかった。
「こんなことを言えるのは涼夏くらいなもんだな」
龍星はゆっくりと立ち上がりながら言った。
龍星も自分と同様なのだろう。涼夏は彼と初めて会った時、他人のような気がしない感覚を覚えたものだが、今になってようやくその理由が分かった。彼は自分と同じなのだ。
生活環境こそ違えども、龍星も友人と呼べる存在がいなかったのだろう。だから、涼夏にはああして冗談を言ったり、からかったりするのだ。それが龍星にしてみれば、涼夏を等身大の存在だとみなしている何よりの裏返しなのだろう。
そして、涼夏も何故、龍星を今のようにドツき回したりしていたのか? それは龍星に対しては着飾らない、ありのままの自分でいられるからであると、この瞬間、悟ったのだった。
「温かでしたわ、龍星様の胸……」
「そ、そうか?」
龍星は照れ隠しのつもりだろう、頭をポリポリと掻いた。そんな龍星に追い打ちをかけるように、涼夏は彼の胸に倒れこんでいく。
「おっとと」
今度は龍星が涼夏を抱きしめる番だった。
涼夏は小さい頃、ガンファに抱きしめられたことを思い出した。あの時感じた、ガンファの逞しさと温かさ……。龍星からも同じ匂いがする。
「国の再興に龍星様の力は不可欠ですわ。どうかわたくしにお力添えをお願い致します……」
「ああ、もちろんだとも。俺は君の影になる。君と一緒に夢を見てみたい、この国に栄華をもたらしたい。この命を捧げる覚悟はできていますよ。王女……いや、涼夏!」
王女としてではなく、涼夏に、自分自身に協力してくれると龍星は言ってくれた。
「うん!」
涼夏は強く実感していた。自分は一人じゃない、ガンファにインフェリスの兵士と国民という、自分を支えてくれる人達がこんなにもたくさんいるのだ!
龍星の言葉に、涼夏は満面の笑顔を浮かべて大きく頷くのであった。




