第31回 涼夏救出作戦
「申し上げます! メルフィ様は只今、行軍から少し離れた林の中におり、その周囲をざっと二千の兵が取り囲んでおりまする!」
準備が整ったところへ、ちょうど知らせがやってきた。
涼夏の居所が分かった! 知らせを受けた龍星は胸の高鳴りを覚えた。何としても涼夏は自分が助け出す。それが涼夏を支えると言ってのけた、誓いを守ることであると信じていた。
「全員、マグロ兵に乗りましたね」
「ああ、抜かりはねぇぜ。兵力は五百程度だがな。これでもめ一杯集めたぜ」
ガンファは申し訳なさそうに言うがむしろ好都合だ。少人数ならば小回りが利き、行軍の速度も鈍らない。また、敵からすれば的が小さいわけだから追撃を受ける危険性も小さくなる。
「構いません。では、皆さん。俺達の手で涼夏を救い出しましょう! この国の未来のために!」
龍星はガンファから授かった剣を空に向けて突き立てた。素人でも扱える軽い剣だが、何故かズシリと来る。その重量感は、この出陣がいかに重要であるかを物語っているように思えた。
兵達のオーッという声が城内に響き渡る。涼夏を助けるという気持ちが一つになったことを現すかのように、その掛け声は一糸の乱れも感じなかった。
「天は俺達に味方しています! 出陣です!」
龍星は先陣を切って城の外に飛び出た。
「行くぞ野郎共、龍星に続けぇ!」
ガンファの声にインフェリス兵・総勢五百が出撃。インフェリスの未来を救うため!
マグロ兵にしっかりと捕まりながら、龍星はひたすら前方だけを見据えていた。生まれてこの方、乗馬さえしたことがない自分である。振り落とされないようにするので一杯一杯だった。
龍星は捕まりながらも自分のこれまでを恥じていた。他人と関わることをせず、ほとんど対人恐怖症であった自分に人の温もりを教えてくれた涼夏。そんな彼女を支えると言っておきながら、数日後にはその約束を違えた自分……。
あの時見た涼夏の涙、そして悲しげに言った別れの一言……。思い返す度、穴があったら入りたいほどの恥じらいを覚える。自分がもし新選組の隊士ならば、任務を放棄したことにより、鬼の副長として名を馳せた土方 歳三に、間違いなく切腹を言い渡されているだろう。
そんな腑抜けていた自分に喝を入れてくれたガンファ、自分について来てくれているインフェリスの家臣と兵士。そして、心の師と仰いでいる天才軍師・竹中 半兵衛。
龍星は心の中で強く感じた。自分は一人じゃない! 自分を支えて、信頼してくれるかけがえのない仲間がいる。この方々と一緒に涼夏を救い出すのだ!
そんなことを心に抱きながらしばらく進んだ頃。前方に生い茂る木々が見えてきた。目的の林であろう。
「全軍、止まって下さい!」
龍星の号令に行軍が止まる。
目の前である、涼夏が捕らわれている場所が目の前に……。林の状況は自分が生活している現実世界のそれと何ら変わりはない。だが、そこにはあの涼夏がいるのだ。それを考えると目の前の林は大自然による大きな牢獄のように思えた。
「では、ここで兵を分けます」
一番隊 アナゴ兵 百人
二番隊 カニ兵 百人
三番隊 ウナギ兵 百人
四番隊 マグロ兵 二百人
ウカウカしてはいられない。全員に危機的意識が行き渡っているのだろう。即座に分割する。
ここからが本番である。失敗は断じて許されない。ブラストは涼夏の親族であるが、今は完全に敵対関係にある。涼夏を生かすという希望的観測は通用しないだろう。
龍星はマグロを上昇させ、全軍を見渡せる位置を取った。
「皆さん、今回の戦いは先の一揆軍との戦いとは違います。涼夏を救出できなければインフェリスの未来は完全に閉ざされてしまいます。失敗は断じて許されません。国が存続するか滅びるかは、俺達全員の肩にかかっているのです!」
真剣な表情をして龍星はそう呼びかけた。その言葉が兵士達の心深くまで浸透したのだろう。一人一人の表情が緊張感により、一段と引き締まったように見受けられた。
「へっへっへ、言うようになったじゃねぇか、龍星よ」
ガンファが自分の肩をポンと叩いた。その時の優しげな微笑みと口調は、まるで我が子の成長を喜んでいる父親のようである。
「頼みますよガンファさん。貴方が傷つこうものなら、兵全体の士気の低下に関わります」
プレッシャーに近い言葉を言う龍星だが、はちきれんばかりの緊張をほぐしてくれたガンファの心遣いを内心でありがたく感じており、自分もわずかに微笑みを返す。
「皆様方、勝負はこの一瞬で決まります。目的はただ一つ、涼夏の救出のみ……。突撃ぃ!」
龍星は改めて剣を天に向かって突き立てた。それが敵陣へ命を懸けて突き進む合図となった。そして、その掛け声に呼応した兵達が勝ち鬨以上とも言える声を上げる。




