第28回 ブラスト、祖国を追放される
ブラストにゼーモンに、涼夏の母である涼杏、そして主立った家臣が広間に勢揃いした。全員が見渡せる場所に、マーロウが腰掛けている。
「父上、一体どうなさったのです? 急に呼び出しがかかるなどと……」
兄が怪訝そうな顔をしている父に対して話しかけた。いい気なものである、もう後わずかでこの国にはいられなくなるというのに……。
「身中の虫を駆除するんじゃよ……」
穏やかな口調であるが、父の眼は何か悲痛の決断を迫られている感じがした。そうだろう、もうすぐ最愛の存在である息子に裏切られ、なおかつ排斥しなければならないのだから。
「どういうことです?」
マーロウは無言でブラストへ書状を投げた。広げた瞬間、ブラストの顔から血の気が引いた。
「なっ! こ、これは私の筆跡!」
「そうじゃ! お前がルファーナと共謀し、ワシを亡き者にしようと企んでおったとはな!」
父が怒りを顕にし、椅子から立ち上がった。拳がワナワナと震えている。
「お待ち下さい! これはきっと何かの陰謀です!」
「しらばっくれるでないわ! こんな決定的なものを残しておいて、よくまあそんなことが言えたもんよな!」
マーロウがなおもブラストを非難する。計画通りであることに、ゼーモンはほくそ笑んだ。
「ワシはとんだ勘違いをしておったようだ! 平民の目線で政治を執り行っていたお前が、よもや影でこんなことを企てていたとはな!」
「誤解です、父上! 私は決して謀反など……」
「ええい、うるさい! もう何も聞きたくはないわ! 跡継ぎはゼーモンじゃ! お前はインフェリスから追放じゃ! もう二度とワシの前に姿を見せるでないぞ!」
ついに念願の言葉が聞けた。邪魔なだけの兄を国外追放する算段が整ったのだ。これでインフェリスは自分のものである。
「引っ立てい! この裏切り者をすぐさまインフェリスから追放じゃ! せめてもの情けに命は取らん! その代わり、もう二度とこの国に足を踏み入れるでないぞ!」
父はそう言うと踵を返して広間から出て行った。
「お待ち下さい、父上! 父上―っ!」
兄は数人の兵士達に体を押さえ込まれ、そのまま広間から連れて行かれていった。その情けない様を見て、思わず笑いを堪える。兄のこれからを考えるといくらか同情しなくもないが、これも運命だと思って諦めて欲しいものであった。
呆然とした感じになる広間。兄が追放され、家督が自分に来る以上、家臣達を取り締まるのは自分である。毅然とした態度を見せなければならない。
「皆の者。わざわざご苦労だった。用件は済んだし、もう下がってよいぞ」
ゼーモンの言葉に家臣達は広間を出て行った。
「俺はこうして祖国を追放され、こいつ一つで流浪の身となったのさ」
ブラストは愛用している太刀の柄を握った。
「そ、そんな……お父様が……、そんなことを……」
飲んだくれの父であったが、まさか他人をハメるようなことをしていたとは……。
「だが、俺は諦め切れなかった。祖国を、インフェリスをゼーモンの欲望まみれにはしたくなかったからな。路銀も食べ物もロクになく、何度も飢え死にしかけたよ。だが、祖国の平和のため、逆境に耐え続けてきたんだ。その苦労のおかげで今の俺があるわけなんだがな」
「そうだったのですか……」
涼夏はブラストに同情したわけではない。むしろ、死に掛けている状況から立ち直り続けた、芯の強さに驚いたのだった。
「メルフィよ。俺がインフェリスに攻め込むのは決して侵略目的ではない。ゼーモンの魔手から国を救い出したいのだ。今はもうお前のおジイちゃんは生きていないだろう? きっとゼーモンのことだから、やりたい放題の毎日なはずだ。今のインフェリスの情勢はどうだ? 他国に胸を張れるだけの政治の仕組みを執っているか?」
「それは確かに……」
ブラストの考えは的中していた。今のインフェリスはとても他国に対して誇れるだけの政治体制ではない。何せ、わずかでも裏通りに入れば浮浪者がたむろしている。
「祖国を立て直したいのだ。決してドス黒い陰謀によるものではない。そのためにはお前の力が必要だ。どうか、インフェリスの未来のために協力してくれ!」
ブラストは椅子から降り、何と自分の前で片膝をついた。
「ちょっと、伯父様……」
「私はインフェリスを追放された後、裸一貫で諸国を流浪した。そして、今は遥か南にある小国を治める立場にいる。戦で家族や住まいを失った難民達を迎え入れ、誰もが安心して生活できる国を作り上げた。そして、インフェリスも同様にしたい。今の国民達をインフェリスの民として幸せにしたいのだ。それが私の生涯の目標だ! そのためにはメルフィ、お前の力がどうしても必要なのだ。どうか私に力を貸してくれ!」
今にも土下座しそうな勢いのブラスト。涼夏はどうしたらいいのか分からず慌てふためいた。元々、実の父ゼーモンではなく、この伯父と接する機会の方が多かったし、ブラストが実の父だったらいいのに、と思ったことも何度かあったくらいである。しかし―、
「申し訳ありません伯父様。そのお願いは聞くわけには参りません」
頷けなかった。自分もゆくゆくはインフェリスを背負うため、ブラストの気持ちは痛いほど分かる。もし、逆の立場ならばまったく同じ頼み事をしていたであろう。
だが、涼夏は首をたてに振れなかった。インフェリスを立て直すという考えにおいては伯父と共通しているが、涼夏は自力で国を再建したかったのだ。そう、あの少年と一緒に……。
出陣の際に別れの言葉をかけたものの、どうしてもアイツのことが気がかりであった。一緒に国を復興させようと誓い合った以上、そう簡単に気持ちを断ち切れるはずがない。
「例のリュウセイという少年だな?」
いきなり核心をつかれ思わずビクッとした。
「よ、よく分かりましたわね……」
「あのなあ、私の情報網をなめてもらっちゃ困るんだよ……」
ブラストは呆れたように溜め息をつく。こういう仕草は自分が小さい時から何ら変わってはいなかった。涼夏はわずかに安堵の息をつく。伯父の好きな点は幼少時と変わっていない。
「お前が一揆軍を撃破した際、放った密偵からの話で知ってるんだよ。シオザキ リュウセイという小童がインフェリスの全指揮を取っていた、とな」
「どこまでご存知なのですか?」
「どこまでって……、そりゃあ一部始終を聞いてるよ。まず、ホタテ兵が正面から来る足軽部隊で構成された敵の攻撃を防ぎ……」
ブラストはその後もこと細かく、一揆軍との戦いの詳細を話した。わざと防戦一方になったと見せかけ、敵をあえて勢いづかせる。そして、敵の意識がホタテ兵だけに集中したところで、涼夏がマグロ兵を引き連れ、海流の速さを加えていつも以上の速さで横から突撃。突如のことで敵が浮き足立った瞬間、ガンファ率いるアナゴ兵が地中から現れて追い打ちを仕掛ける。
一揆軍は前方からだけでなく、横手、そして足元と三方向から一斉に攻撃を受け、壊滅的な被害を被るが、最後の意地で兵が乗っていないウニの集団をインフェリスの本陣へ突撃させ、
龍星に深手を負わせた……。
話を聞き終えた涼夏は思わず唖然としてしまった。まるでインフェリス兵として戦場を駆け回ったかのように、細部まで知り尽くしている。
「こういうご時世だ。情報の重要性が戦のカギを握っているといっても満更じゃないからな。どうやって新しい情報を仕入れるか? 隠密部隊の存在は極めて重要なのさ」
涼夏は唖然とした。一揆軍との戦いにブラストは関与してないのに、伯父の立て板に水といった感じの口調は、実際に戦場で合間見えたかのように戦況を正確に言い当てている。
「悪いようにはしない。どうか俺に協力してくれ、インフェリスの未来のためにも!」
拳を握り、力強く言い放つブラスト。だが、涼夏には未だ胸中にわだかまるものがあった。
「伯父様、話は分かりました。ですがお父様をどうなさるおつもりですか?」
「ゼーモンのことか? 知れたこと。あいつはインフェリスを混沌に陥れた。その罪はまさに万死に値する。領民に重税を課し、王族であることをいいことに勝手極まりない振る舞い。この大剣にてあ奴の首を刎ねるまでよ!」
腰に帯びたグレートソードを手に、先ほどよりもさらに確固たる口調で言うブラスト。祖国と我が子のように接してきた領民を苦しめた父をどうしても許せないのだろう。
涼夏は陸上で読んだ小説の内容を思い出した。
時は幕末――。京都で幕府方、最強の剣客集団。近藤 勇を筆頭局長とした、
『新撰組』
新撰組の初代局長、芹沢 鴨。芹沢は局長であることをいいことに、料亭で酒代を踏み倒す、押し借りに入る、などとやりたい放題の毎日。常に女性を侍り、酒池肉林の日々を過ごしていた。芹沢に任していては、新撰組は衰退の一途を辿る。そう考えた鬼の副長、土方 歳三は総長の山南 敬助、華麗な槍捌きの十番隊組長・原田 左之助、そして、新撰組最強の隊士と名高い一番隊組長・沖田 総司と共に芹沢を付き人達もろとも討ち取ったのである。
今のゼーモンは芹沢と同類であろう。その点は否定できなかった。しかし、涼夏はどうしてもブラストの考えには同意できなかった。確かにゼーモンは君主の器とは程遠いであろう。しかし、ここで自分が土方 歳三と同じことをしてよいのか? それを考えるとどうしてもためらわれた。仮にも実の父である。実の娘である自分が反乱軍を鎮圧し、その手柄を持って父に諫言すれば、きっと父も考え直してくれると信じていた。
「わたくしはお父様を信じますわ。伯父様がお父様を手にかけるおつもりなら、わたくしは断じて伯父様には協力致しません!」
「やはり父を信じるか。心清らかなお前ならそう言うと思ったよ。それがお前らしいところだからな。だが、そういう考えでいられる以上、お前は俺の計画に邪魔な存在でしかないからな。当面の間はおとなしくしてもらうぞ! おい!」
ブラストの呼びかけに本陣の幕がめくられ、屈強そうな兵士が二人入ってきた。二人は涼夏の尾のロープを外して手に持つ。
「洞穴を利用した牢屋があっただろう。そこに入れておけ」
涼夏は両脇を側近の兵士に掴まれた。
「伯父様、お願いです! どうか話し合いで父を改心させてあげて下さい!」
涼夏はありったけの思いを込めて、そう叫んだ。しかし、自分に告げられたブラストの言葉は、自分に更なる精神的圧迫を与えるものであった。
「あ奴は追放された私を亡き者にしようと追っ手を差し向けて来たのだぞ! もう話し合いの余地はない。国を省みない人面獣心のあ奴に同情するところはない!」
愕然とする涼夏。まさか父がそこまでするとは……。絶望めいた何かに打ちひしがれ、涼夏は連行されていった。
涼夏は牢に入れられた。城の牢屋を見たことはあっても、実際に入ったことはなく、今回が初めてである。ガランとし、石を積み重ねただけで即席の石室みたいな殺風景な部屋だった。
ロープは解いてくれたものの、太刀を没収され丸裸状態だった。もっとも、鍛え抜かれた鋼の肉体があるため、そこいらの兵士なら百人束になって相手しても、撃破できる自信がある。
ブラストは涼夏を殺そうという気はないらしい。付け入る隙があるとすればそこだ。その気になりさえすれば見張りの兵を薙ぎ倒して、武器をかっ払うこともできるだろう。
問題はやはり龍星であった。去り際にあんなことを言ってしまったものの、やはり気がかりである。涼夏は彼のことを案じると、途端に心に大きな枷を背負わされた気になってしまった。
龍星は涼夏を助けに来てはくれないだろう。あんな捨て台詞を吐いておきながら、今になって助けを求めるなど、御門違いもはなはだしいものだ。
涼夏はゴロリと横になる。ヒンヤリとした石の冷たい感触が伝わってきた。この冷たさがポッカリと空いた心の大穴を埋めてくれればいいのに、と、眼を閉じながらそう思った。




