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第27回 ハメられた父王

 ブラストの趣味は手紙を書くことであった。君主はとにかく平民の気持ちを察するよう、常に彼らと同じ目線を保つことが必要だと感じ、平民宛に手紙をよく書いていたのだ。

 ブラストは筆による習字が一番の勉強だと思っており、手紙もそうして書いていた。半紙に文章を書き、それを高札として民が見える所に張っておくのである。こうして急用がある日以外は、ほぼ毎日手紙を送っていた。


「今日はいい天気ですね。皆さん、今日は日頃の疲れを癒すべく日向ぼっこでもしませんか。私も城のベランダでゆっくりと過ごします」


 などという文面が掲げられると、国民のほぼ全員がゆっくりと日光浴。とにかく、民衆は国の宝、君主は我が子のように接するべきだと考えていたのだ。

 そんなある日―、

「兄者、いつもお疲れさん。今日から手紙は俺が代わりに張ってくるよ」

 ゼーモンは兄の部屋に入り、そう告げた。

「ん? そうか、すまないな。それじゃよろしく頼むよ」

 兄はゼーモンの素行に良くないものを感じていたようで、一瞬怪訝そうな顔をしたが、元々人が良いのですぐに手紙を渡した。

「よし、後は俺に任せな」

 ゼーモンは笑顔で手紙を受け取ると、部屋を出て行った。

「くっくっく……」

 お人良しの兄を背中で笑い、ゼーモンは計画の一歩を踏み出した。


 ゼーモンは達筆な者を雇い、ブラストの筆跡を彼に真似させた。

 ゼーモンが兄の手紙を代わりに張るようになってから二ヶ月ほど経ったある日。ゼーモンは城の裏手にある人気のない、その者と密談を交わしていた。

「前払いだ。よろしく頼むぞ」

「へへっ、まかしておくんなせえ……、にしてもゼーモン様は悪知恵が働きやすね」

「ふっ、貴様ほどではないわ」

 などと、使い古された時代劇の決まり文句に近いやり取りを済ませ、男はその場を後にした。計画が成功することを予兆するかのように、一陣の風が吹いていった。

 翌日、国境近くで巡礼者の斬殺死体が発見された。この者はインフェリスに捕らわれていた罪人だ。ゼーモンがこの者に手紙を預け、ルファーナに行くように指示したのだ。もし上手くいけば命は助けるという約束であった。もちろん、これはゼーモンの仕掛けた計略である。

発見者は国境にいる兵士である。彼は巡礼者の懐から書状を取り出した。開いて読んでみる。

「密書か何かか? どれどれ……、な、何だと!」

 兵士の顔色が真っ青になった。

「すぐに王様に知らせなければ!」

 兵士は手紙を持ってすぐさま城に向かった。


 ブラストの父、マーロウ・インフェリス。そろそろ定年に近く、建前上は君主であったが、政権は嫡男のブラストが事実上担うようになっており、半分隠居の身であった。今は亡き妻の写真でも見ながらのんびりした毎日を過ごしている。

 頭にアゴ髭、全てが白くなっており、まとっている衣服も全身を包む白の法衣と、白一色であった。しかし、老いたりとはいえ君主の座に二十年も就いていた貫禄は失われておらず、眼にはまだまだ若人に負けないくらいの光が見え、髪形も白一色とはいえ艶やかに整えられており、体つきも精悍さを感じさせ、無駄な肉はついていないように見えた。

 愛用しているチェス盤のある椅子に座る。お茶でも飲みながらチェスをするのが趣味なのだ。

 そんな時、自室のドアが激しくノックされた。けたたましい叩き方であったが、これまでの人生経験により、まったく動じず応答する。

「失礼します! 国境にいる兵士でございます!」

 若い兵士が飛び込んできた。大急ぎで来たのだろう、顔が赤くなり、肩で息をしている。

「そんなに慌ててどうしたのじゃ? まあ、茶でも飲まんか」

 マーロウは白いティーカップを差し出した。中には良い香りの紅茶が入っている。

「それどころではありません! 大変なことになりました! これを見て下さい!」

 兵士が自分に向かって一通の書状を差し出した。

「なになに……


『父は私が善政を敷いていることにより、すっかり安心し切っています。この調子ならそちらが攻め込む機会も近いでしょう。そして、インフェリスを攻め込む際はまたご連絡下さい。私が密かに父の首を切り落として差し上げます。父さえ亡き者にしてしまえば、もうルファーナの侵攻は成功したも同然です。

ブラスト・インフェリス』

な、何じゃと! ブラストの奴が!」

 マーロウは顔面蒼白になった。自分もブラストの手紙をほぼ毎日見ているため、息子の筆跡はよく覚えていた。手元にある書状の筆跡は、まさにいつも目にしている手紙に記されたものと同じであった。信じられない出来事に極度の脱力感が襲い、書状を落としてしまった。

「あ、あのブラストが……、ワシを裏切るなどと……」

 激しい目まいを覚え、足元がおぼつかなくなり倒れそうになる。

「王様、気を確かに!」

 兵士が自分を支えてくれ、どうにか踏みとどまった。

「ブラストめ……、どういうつもりじゃ一体!」

「王様、とにかくブラスト様を呼びましょう!」

「そうじゃな! ブラストと家臣達を即刻、広間に集めよ!」

「ははっ!」

 手塩にかけて立派な武将に育て上げた我が子が自分を裏切るなど、太陽が西から昇っても有り得ないと思っていたが、こんな決定的な証拠を提示されては動かないわけにはいかない。

 今やマーロウは父親ではなく、国を統べる立場として非常な決断を迫られていた。これが、ゼーモンによる陰謀であることも知らずに……。


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