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第26回 ブラストを陥れた、父親の策略

「う、うーん……」

「眼が覚めたか?」

 涼夏は呻き声と共に意識がハッキリし始めた。両手を後ろ手に縛られ、尾っぽも動けないようにグルグル巻きにされた上に、そのロープは地面に突き刺さった杭に結わえられていた。今の自分は言うならば、鎖につながれた状態の飼い犬である。これではさすがに動けない。

「メルフィよ」

 涼夏はハッと眼を見開いた。

「伯父様? わたくしは……」

 自分は負けたのだ、こうして鎖に繋がれている現状が、自分の敗北を明確に物語っている。

辺りを見回すと自軍と同じく、白い布で囲まれた本陣である。ブラストと呼ばれた男の他には誰もいない。どうやら人払いをしてくれたようだ。

ブラストは木製の椅子に腰掛け自分を見下ろしていた。先程は分からなかったが、ガッシリとした筋肉に覆われている。アンダーシャツを着ているが、筋肉の線が浮き出ていた。

 そして、着ている状態では椅子が壊れてしまうのだろう。傍らには青のプレートアーマーが置かれていた。そして六尺ほどもあるだろう、大振りのグレートソードを帯びている。

 頭はほとんど白いもので埋め尽くされているが、確固たる意思を帯びた眼光に、一分の迷いもないことを象徴しているかのように、真一文字に結ばれた口元。そして精悍さが滲み出ている顔立ち。年齢はそれなりに達しているだろうが、堂々たる佇まいが衰えなど無縁だと象徴しているかのように感じられた。

「先ほどの動き、見せてもらったぞ。随分と逞しくなったな」

 腕組みをしながらブラストは言った。言葉尻からしても皮肉や嫌味ではなく、本心から姪っ子の成長振りを喜んでいるようであった。

「幼くもおてんばだったお前がこうまで成長したとはな。ガンファと共に男に負けない猛将になれるよう育てた甲斐があったというものだ」

 ブラストは微笑みながら言う。その笑顔は涼夏が小さい時に見たものと同じであった。


 昔から飲んだくれだったゼーモンに成り代わって、自分に学問と武道を教えてくれたのは他ならないブラストとガンファだった。武道はガンファが、学問をブラストが指導してくれた。

「いいな、メルフィ。猛将ってのは確かに強い。だが、強いだけじゃあダメなんだ。強いならそれに見合っただけの学問が必要だ。分かるな?」

「はい! オジさま、よろしくおねがいします!」

 ブラストの学問の指導は厳しいものであったが、逆に言えばそれだけ実りある時間ということである。涼夏が歴史研究会で猛将のことを深く知ろうとしたのも、ここに由来していた。

 涼夏はブラストの澄んだ眼が好きだった。厳しくも優しさを内包したあの眼……。強くあることは同時に人に対して優しくもあるということなのだ。

涼夏はブラストから学問と同時に、猛将以前に人としてどうあるべきかを教わった。そして、色々な意味でブラストを本当の父親のように慕っていたのだった。


 そのブラストが今こうして軍を率いて、インフェリスを攻撃しようとしている。仮にも彼にとっては祖国であるインフェリスを……。

 涼夏は龍星に見限りをつけられたことと、父親のように慕っていたブラストが生まれ育った国を攻めようとしている事実に、目の前が真っ暗になりそうだった。自分はもう何を信じて生きていけばいいのだろう? 何にすがっていけばいいのだろう?

「メルフィよ。誤解のないよう言っとくがインフェリスを攻めたのは、侵略のためではないぞ」

 意外な言葉に涼夏は思わず眼を丸くする。確かに己が野望や欲のために他国を侵略するような者とは違い、自分に学問を指導してくれた時の輝きを放っていた。

「メルフィよ、俺が何故インフェリスを去ったのか知っているか?」

 涼夏は記憶を辿る。よくよく思い返せばブラストはある日突然いなくなってしまったのだ。涼杏やガンファに聞いてみたものの、明確な返答はなくそのままうやむやとなっていた。

「そういえば、お母様もガンファ様も教えてくれませんでしたわ」

「実はな、俺がインフェリスを出たのは俺の意思ではない、お前の父であり俺の弟であるゼーモンの陰謀によるものだったのだよ」

「っ! お父様が……」

 ブラストは語り出した。自分のこれまでを―。


 ブラストはインフェリスの跡継ぎとして将来を嘱望されていた。税を軽くし、目安箱を設置して民の声を聞くなど、常に民の目線に合わせた善政を敷いていた。

 領民達もブラストの政治に理解を示し、インフェリスの内政は揺るぎないものとなった。しかし、ブラストの人望を疎ましく思う者がいた。弟のゼーモンである。

「ちっ、兄貴の野郎……、下っ端の評判集めやがって……」

 ゼーモンはいつか贅沢三昧の酒池肉林の日々を過ごしたいと思っていた。自分はそのために王族に生まれてきたのだと、そう信じてやまなかった。しかし、その日々を実現させるにはブラストの存在は邪魔でしかない。何とかしてブラストを排除しなければならなかった。

「ん? 待てよ……」

 インフェリスにかつて何度も侵略をして来た、隣国の存在が脳裏を一瞬過ぎった。

「そうだ! あの国との関係性を利用すれば……」


 ルファーナ共和国。インフェリスの隣国である。このルファーナ、共和国とは名ばかりであり、国を統べる元首が完全な君主体制を敷いていた。それだけならばまだしも、この君主は非常に好戦的な人物であり、よくインフェリスに侵攻を企てたのだ。それでもインフェリスが敵の手中にならなかったのは、両国の間にゼラルド海溝という天然の防壁があるおかげであった。この海溝は陸地でいう山脈のように、国同士を平然と分断するくらいの規模を誇っており、国境線として考えても十分な域に達している。加えてゼラルド海溝には間欠泉があり、不定期に百二十~三十度近くもの熱湯が吹き出して来るのだ。そのため、元首は侵略を目論み、この海溝を越えようとした際、大自然の死神によって阻まれてしまったのである。

 少人数なら何とか行けないこともないが、大軍を進めるとなると全体の行軍速度も鈍るため、正直、骨である。ゼーモンはルファーナの存在に、ニヤリと笑った。


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