第25回 龍星とガンファ抜きで勝利できるか? 強敵伯父・ブラストとの激突
涼夏はこみ上げる涙を振り払い、評定の間に出た。辛いがここで投げ出すわけにはいかない。自分は次期王女である。こういう時だからこそしっかりしなければならない。自分が沈んでいては周りの者の士気は間違いなく低下する。それだけは避けなければならなかった。
「あの龍星という少年はいかがされましたか?」
「龍星様は……、前回の戦いで負傷してしまい、今回の参戦は見合わせるということでした。今回の指揮は私が取りますわ」
龍星とはもう縁を切ったのだ。その者の名を口にするのはどうにも気が引ける。
「ところでガンファ様のお姿が見えないようですが……」
「はい、ガンファ殿も先の反乱軍との戦いで腕を負傷され、今回は出陣が厳しいとのことです」
家臣の報告を聞いた涼夏は愕然とした。龍星だけではなくガンファまでもが不参戦だと言う。自分を支えてくれ、なおかつ心を通わせる存在が一気に二人もいなくなったことで、涼夏は思わず目まいがしそうになった。
「仕方ありませんわね。それで現在、軍の状況はいかがでしょう?」
「はっ、先の戦いで負傷者の数はざっと四百人に上りました。現在の動員能力は一揆軍の時と同じく千六百程度でございます」
千六百……、あまりよい数字ではない。一揆軍との戦いの時と同じ兵力で、あの反乱軍を撃破するというのは正直骨であろう。それに反乱軍は先の戦いでインフェリス軍を打ち破っている分、勢いづいているはずである。対し、自軍は先の戦いで大敗を喫しているため、良くない雰囲気が漂っているはずだ。
「メルフィ様、一国の猶予もなりませぬ。今すぐ出陣の準備を!」
龍星とガンファのことが頭から離れないが、今はとにかく出撃するのが先決だった。自分は軍全体を統べる立場にいるのだ。意気消沈していては、家臣はもとより周囲に示しがつかない。しかし、そうは思っていてもなかなか気持ちの面で立ち直れなかった。
「皆様方、これは復讐戦でございます! 勝って昨日の雪辱を晴らしましょう!」
「おーっ!」
家臣達が揃って拳を天井に向けた。士気が鈍ってないようで、涼夏はわずかに安堵する。
「出陣の時にございます!」
「涼夏……」
自室の窓から出撃する涼夏とインフェリス軍を見下ろし、龍星は呟いた。彼女の後ろ姿を見て、またも言い知れない気持ちが胸中を駆け巡った。
これでよかったと自分に言い聞かせてきた。しかし、今、涼夏の姿を見てまたしても言い知れない迷いが生じている。涼夏を支えると誓ったと言うのに、一体自分は何をしているのだ?
泳ぎながら涼夏は良くない気持ち―、迷いや不安めいたものを抱えていた。これから強敵と戦う。しかし、武道部に殴り込みを仕掛けていた時のように高揚感を覚えなかった。同じである、強者と戦う際に感じたあのワクワクするような気持ち。街中で不届き者を捕らえる際にも感じたあの胸の高鳴り。どうして感じなくなってしまったのだろう……?
そして、涼夏は思い浮かべていた。アイツのことを……。
涼夏は首をブンブンと振った。今は戦に集中しなければならない! 去っていった者のことなど考えている余裕はない。自分は全体を取り仕切る立場にいるのだ。
涼夏はそう自らに言い聞かせ、戦場へと向かった。
「何か前よりも多くなっている感じですわね……」
敵の情勢を見た涼夏は思わず一人ごちた。
「メルフィ様。敵軍の数はざっと五千ほどでございます」
物見に出していた家臣からの報告を受けた涼夏は、渋面になった。今のインフェリス軍は反乱軍のざっと三分の一。真っ向からぶつかり合ってはとても勝機がない。
「また、敵は先のようにエビ兵を前線に配置しております」
改めて見直すとオレンジ色の物体が並んでいた。今回もまたあのような心理の裏をかいた作戦に出るつもりだろうか? はたまた本格的な持久戦に持ち込む気か……?
「では、こちらもホタテ軍を配置しましょう。前回のイカ軍の攻撃に備えて防御を固めますわ。そしていつでも攻め込めるように、五百の兵をマグロ軍に乗せて頂きます」
こんな時、龍星なら……、と涼夏はついつい縁を切った人物のことを思い浮かべ、苦笑した。それからしばらくして、敵側に動きがあった。弓兵が自軍に向かって弓矢を放ってきたのだ。しかも意図的に外しているようで、こちらには被害らしい被害がない。
「おのれ……、ナメた真似を」
兵士達は敵の挑発にまんまと乗ってしまったようだ。このままでは怒りに任せて敵陣へ突撃するだろう、そうなってしまっては敵の思う壺である。
「お待ちなさいっ!」
涼夏は兵達を一括した。そして前線よりも前に歩み出る。
「わたくしはインフェリス王国第一王女。メルフィ・インフェリス! 敵方の大将、お出ましになられよ! 一騎打ちを所望致しますわ!」
涼夏は高らかに宣言した。敵の総大将―、頭さえ切り落としてしまえばどんなに大きな獣も死ぬように、兵力の差で劣る場合は、一騎打ちで大将同士の勝負に持ち込むのも一つの方法だと、書籍で読んだことがある。後は敵の総大将が乗って来てくれるかであるが……。
「ほほう……、大将自らのご氏名とはな……」
軍の後ろから重々しい声がした。しかし、どこか懐かしいような感じがする……。
「ブラスト様!」
敵兵達の声にハッとした。ブラストと言えばゼーモンの兄、即ち涼夏の伯父である。十年前、自分がまだ幼稚園児くらいの時に、突如として蒸発し姿を消してしまったのだ。
ブラストは身の丈二メートル近くもある大男である。体格的にいえばおそらくガンファよりも上であろう。腰には大振りのグレートソードをおびえている。
「久しぶりだな、メルフィ」
「伯父様! 伯父様なのですか!」
「そうだ、大体十年ぶりか。立派になったな」
姪の成長を喜んでいるようである。
「もしかして、この反乱軍は伯父様が……」
「そうだ、俺がこの軍を統べる総大将だ!」
涼夏は唖然とした。ブラストは飲んだくれの父、ゼーモンと違い立派な人格者で、よく涼夏も遊んでもらったものだった。それどころか学問の指導をしてくれたのもこの男だった。そのブラストが何故、今になって祖国に牙を向く軍団を統べる立場にいるのだろう?
「ガンファに教え込まれた武術の腕、試させてもらうぞ」
ブラストは愛刀であるグレートソードを抜き放った。刀身がキラリと光る。
「そんな……、伯父様と」
龍星に見限られ、ガンファが負傷、第二の父親ともいうべきブラストが敵軍の総大将となり、自分と直に剣を交えることに……。涼夏は胸中にドロドロしたものが染み渡るのを実感していた。もう何がなんだか分からなくなってしまっていた。
「メルフィ! 今は伯父でも姪でもない! 戦う者として相手をしっかりと見据えるんだ!」
ブラストの一喝に涼夏はハッとした。ここで自分が倒されてはインフェリスの今後はない。自分が託された最後の希望なのだ。
「伯父様、行きますわよ!」
「おう! ドンと来い!」
涼夏はかつて慕っていた存在に真っ向からぶつかっていった。ガンファ仕込みの剣術、そして自分で開発した人魚ならではの動きであった。




