第24回 さようなら……
翌朝、龍星を更なる窮地へと追いやることが起きた。ウトウトしかけている時に涼夏が部屋に飛び込んできたのだ。
「龍星様! 起きて下さい、大変です!」
「んー……、どうしたの?」
寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こす。息を切らしながら血相を変えていた。
「先日の反乱軍があのままの勢いで押し寄せ、すでに国境まで迫っていますわ!」
涼夏の話を聞いた龍星は考えが甘かったことを悔やんだ。元はといえば反乱軍はインフェリスに不満を持つ者の集団、あのまま黙って引き下がるはずがない。
「龍星様! すぐに身支度を整え、評定の間に集まって頂けますか!」
「……」
しかし、龍星は首をたてに触れなかった。昨日の帰還した際の光景が甦る。自分は軍師としての器ではない。失敗したらあのような事態になる、そうなった時の責任は自分にはあまりにも大きく、とても背負い切れるものではない。
「龍星様?」
沈痛な面持ちでうな垂れる龍星。涼夏はそんな自分を見て変に思ったのだろう。
「俺はもう……ダメだよ。昨日、あんな大失態を演じてしまったし……、多くの兵を死なせたり、負傷させてしまったのは俺の責任だ。もう軍師を務める資格はないよ」
「何を言われるのです! 龍星様はまだたった二回しか戦場に出ていないではないですか! まだまだこれからですわ」
発破をかける涼夏、しかし龍星の心に刻み込まれたものはあまりに大きい。あのような惨たらしさ極まりない結果を目の当たりにした。加えてそうなった責任が自分にあるとなると、わずか十六歳の少年には耐え難いものである。
「今まで小説やマンガ、ゲームの中だけでしかこういう世界を知らなかったから……、軍師といわれていい気になっていたけど、俺には無理だったんだよ!」
龍星は壁の方を向いて言う。涼夏の顔を見ることができない。
「龍星様、皆が貴方様の参戦を待たれています。どうか評定の間に……」
「うるさいな! 俺には無理なんだよ!」
涼夏の言葉を遮って大声を出す。その剣幕に涼夏が一瞬ビクっとした。
「大体、俺は軍師なんてやりたくなかったんだよ。戦国史が好きで、ちょっとばかしその手の知識があるからって、それだけで一軍を指揮するなんて無理に決まってるじゃないか!」
「龍星様、そんなことはありません。今の時代は戦に継ぐ戦、ならば勝つ時もあれば負ける時もございます。一度くらいの敗戦で気落ちすることはございませんわ」
「俺はそこまで強くないよ……。涼夏みたいに強い人ばかりじゃないんだ。とにかくもう俺には指揮を取るなんてことはできないんだよ!」
龍星は怖かった。また、自分の失敗で多くの戦死者を出すことが……。そしてまた自分の失敗を追及されるのが怖かった。自分はそんな非難の眼や声を耐えられるほど強くはない。
「龍星様が指揮を取らなければ、誰が取るというのです。インフェリスの命運が貴方様の両肩にかかっているのですよ!」
「そんの俺の知ったことじゃないよ。第一、俺はこんな所になんか来たくなかったんだ! 涼夏が勝手に俺を連れて来たんだろう! 俺はもう帰りたいんだ、元の世界に帰してくれよ!」
何もかも放り出して逃げ出したかった。海底だろうと何だろうと、もうこんな命のやり取りを行う世界にはいたくなかった。
「龍星様、わたくしを支えてくれると言ったあの言葉は嘘だったのですか……」
その言葉に思わず涼夏の方を向く、そしてハッとした。何と涼夏が涙を浮かべていたのだ。
「わたくしは龍星様が支えて下さると仰られたから、これからもきっと大丈夫だと思っておりましたのに……」
龍星は興奮のあまり発した言葉を後悔した。しかし、覆水盆に返らずである。
「無理強いして申し訳ありませんでした……」
涼夏は自分に背中を向ける。そして――、
「さようなら……」
と悲しげに呟き、ドアの向こうに姿を消した。
龍星は胸にモヤモヤしたものを抱いたまま、背中からベッドへ倒れ込んだ。
自分は涼夏の力になることなどできない。これでよかったのだ、これで……。だが、そう思えば思うほど涼夏のことが頭から離れない。優しい顔、真剣な顔、起こった顔、そして笑顔―。思えば涼夏と過ごした時間は、生まれて初めて他人と共有した時間であった。
今まで常に一人だった自分が、他人のために頑張ろうと変わりかけるきっかけを与えてくれた人物……。だが、そういった思いを必死で否定しようと、龍星は首を横に振った。
涼夏と自分は何の関係もない。そう、何の関係も……。




