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第23回 元の世界に戻りたい……

満身創痍でインフェリスに帰還した涼夏軍。龍星はずっと後方にいたから外傷らしい外傷はなかったが、涼夏はヒラメ軍の奇襲を受けたことにより、見た目からして痛々しい傷がいくつかあった。しかし、彼女はまだ良い方でガンファを始め、イカ軍による槍衾の直撃を受けた前線の弓隊が負ったダメージは、被害規模が軍団の中でも最大のものであり、歩くことすらままならない者も大勢いた。武器を杖代わりにする者、足を負傷し仲間に肩を借りる者、手の神経を傷つけられたのだろう、腕をダラリと下げながら歩く者様々である。まともな勝負にならず惨敗を喫したことが、火を見るより明らかな状態であった。

 街を囲う壁から中に入った。すれ違う人々による、突き刺さるような視線。

「お父さん!」

「お前さん!」

 兵士の家族であろう、往来から駆け寄って来る人がいた。

「す、すまない……、お父さんは……もうダメだ……」

 兵士は最愛の息子の顔を撫でる。そして、そのまま力尽き、前のめりに倒れた。

「お父さんっ!」

 息子が父である兵士を揺り動かす。しかし、兵士は動かなかった。戦死したのだ―。

「お前さんっ!」

 兵士の亡骸の前で泣き崩れる母と息子。その他にも次々と兵士の家族が駆け寄ってきた。

「………………」

 龍星は眼前の光景を見て頭の中が真っ暗になった。兵士達は自分が生活している世界でいう社会人、即ち家族を養う立場であるのだ。満身創痍になった家族を抱きかかえる妻と子供。それならばまだいい、戦死した者もかなりいるようで、あちこちから泣き声が聞こえてきた。

 家族という何物にも代えがたい存在を突如失った多くの者達。その様子を見た龍星はここが戦場であることを、命のやり取りが日常的に行われる所であることを、そして死が最も身近であり、決してやり直しがきかない場所であることを痛感させられた。そして、息子がキッと顔を上げ、自分を涙目で、なおかつ鋭い視線で睨む。

「人殺し!」

 息子―少年は龍星に向かって石を投げつけてきた。

「お前のせいで、お父さんは、お父さんは……死んだんだ!」

 石をぶつけられたことなど特に気にも留めてないが、反面その言葉が胸に突き刺さる。十六年間生きてきて、最も辛辣な言葉だった。

「こらっ! よしなさい! 申し訳ありません」

 母親が慌てて止めるが、その言葉が龍星の心を深くえぐった。

「行きましょう、龍星様……」

 涼夏が龍星を促す。龍星は黙って従った。今はとにかく戦場とは違う、別の意味の修羅場であるここから立ち去りたかった。背後から泣き叫ぶ少年の声が、背中に突き刺さった。

「気にすることはありませんわ、龍星様」

 自分が沈んだ表情をしていたことに気づいたいのだろう。涼夏が声をかけてきた。しかし、今はその涼夏の優しさが煩わしく思えてしまった。今はとにかく一人にして欲しかった。


 龍星は自分に当てられた部屋のベッドに横になった。負傷した兵士達は臨時として設けられた医療施設、野戦病院のような所で手当てを受けている。その他の者は家族の元へ戻った。

 いくらか落ち着いたものの、やはり先程の光景は龍星にとってあまりに過酷な現実であった。多くの人が亡くなり、遺族は一生消えない心の傷を背負ったまま生きていかなければいけない。

今まで自分が携わってきたものは全てテレビの中のドラマや、パソコンのゲームといった全てがフィクションである。失敗してもいくらでもやり直しが効く。しかし、先ほどの光景はどうだろう。自分の判断ミスがあのように取り返しのつかない惨事を招いてしまったのだ。

 全軍の指揮をとる軍師としての責任の重さ、いつ死んでもおかしくない世界。今まで龍星が見てきたものは、所詮は虚構の中に過ぎない。その世界に立つことで背負わされる二つの重圧。

 龍星は後悔した、敵の動きを読めなかったことに、敵の手の内を知ることができなかったことに……。悔やみと遺族に対する申し訳なさで目頭が熱くなった。

 これが戦というものの惨たらしさなのだろうか? 今まで見てきた知将猛将の生き様を見てその人物達に憧れを抱き、戦国史を追求し始め武将の生き様を学んだ。しかし、所詮は机上の空論に過ぎなかった。

 龍星は加賀百万石の大名になった前田(まえだ) 利家(としいえ)の四男、前田 利常(としつね)の言葉を思い出した。


「経験のない者が説く軍法など、何の役にも立たない」


 と、ある浪人が利常の治める城下町で軍法を説いた。しかし、利常はその浪人が一度も合戦に出たことがないことを知ると、

「一度も戦場に出たことがなくて、なぜ戦の仕方が説けるのだ。そんなものは畳の上の水泳と同じで、何の役にも立たない。むしろ害になる」

 一揆軍との戦いでは偶然上手く行っただけだ。最初は周りがチヤホヤしてくれるから、どんなことも上手く行く。しかし、二度目からはそうは行かない。

 龍星は今まで身につけてきた武将の名言が胸に突き刺さるのを実感していた。大好きな武将達が今度は牙を向いて自分に襲い掛かって来る……。

龍星の心の中で憧れを抱いていた竹中 半兵衛が、稲葉山城を陥落させた時と同じく十六人で龍星を取り囲んでいた。半兵衛は主君・龍興に対し、油断するとこういう目に遭うということを諫言したかった。その半兵衛が現れるということは、まさに今の自分は無能な君主の代名詞、斎藤 龍興と同類ということであろう。

 陸上の、学校の寮に戻りたかった。自分はこの現実に耐えられない。平凡でも穏やかなあの学校生活に戻りたい……。もう、こんな命のやり取りが行われる世界は嫌だ。歴史研究会の部室に戻りたかった。

 龍星はそんな気持ちを抱きながら、そのまま眠ってしまった。


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