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第18回 初陣の奇跡

一通り龍星は作戦のレクチャーを終えた。

「……、という段取りでいかがでしょう?」

「むむっ……」

 最初は浮ついた顔をして聞いていた老練の家臣達も、龍星の駆け引きぶりに驚いたのだろう、一人一人が真剣な表情をして龍星の話に聞き入っていた。

「鮮やかな作戦ですわ、龍星様」

 涼夏がポンと手を叩いて笑顔になる。龍星の作戦に大きな感銘を受けたのか、すでに勝利したような感じに見受けられた。

「異論やご質問がないようでしたら皆さん、ご準備の方をお願い致します」

 家臣達は何も言わずに立ち上がった。

「皆様、少々お待ちになって下さいませ」

 立ち上がった家臣が涼夏の声で再びその場に座る。

「この度の戦はわたくしと龍星様の初陣。相手はしがない一揆軍かもしれませんが、わたくしがどういう戦運びをするのか、国中が、インフェリス全体が注目しております。良いですか、ただ勝てばいいというのではありません。いかにして勝つか? インフェリスにメルフィありと言わせるために、どのように戦を展開するか? それが問われる戦であるということを各々の方、しかと胸に刻みつけて頂きたくお願い申し上げますわ!」

 家臣一同を見据えて涼夏はそう言い切る。一片の迷いも蔭りもなく前をひたすらに見つめるその眼光、溢れる貫禄を象徴するかのような長き黒髪、キッと真一文字に結ばれた口元。涼夏が君主の器であることを、万言以上に物語っていた。

「ははーっ!」

 その凛々しさに家臣達は心を打たれたのだろう。全員が一斉に返事をする。単に涼夏の言葉に対して了承しただけであるが、全員の呼吸が一つになっており、寸分の乱れもなく、込められている気合いも確固たるものであった。


 龍星と涼夏は軍を引き連れ、戦の舞台となる平野に来ていた。涼夏の言う通り、見晴らしがよく障害物もないので、激しい海流が来れば影響をそのまま受けそうな感じであった。

「この作戦はタイミングが肝心だ。いつマグロ軍が突っ込むべきか? そこがキモだよ」

「はい、何だか緊張して来ましたわ」

 涼夏軍は平野の端に本陣を敷いた。白い布で四方を囲み、中央には軍議の際に用いる、地図を置くための木製の机が用意してある。

「申し上げます! 一揆軍が反対方向に姿を現しました!」

 偵察に向かわせた者による報告であった。涼夏が布をめくった、龍星もその後に続いて、敵の方を見る。ボロボロの粗末な着物を着込み、手拭いを顔に巻いた連中が地平線のごとく並んでいた。遠巻きに見てもその出で立ちは農民であるとすぐに分かる。そして、手製であろう竹槍を何本も持っていた。はたまた鍬を手にしている者までいる。

「皆様方、いよいよ出陣の時でございます! 皆様方のお命、私が預かりましたわ!」

 涼夏の言葉に再び全員の気持ちが一つになった。龍星は確信した、この戦絶対に勝つと!


「行くぜ野郎共! 俺に続け!」

 ガンファがホタテ兵を率いて一揆軍に突っ込む。その数は大体六百。単純計算では一揆軍の五分の一程度であるが、ホタテは強固な盾により防御に優れているため、踏ん張りが利く。

この世界ではそれぞれの海洋生物に人間が乗り、生物各々の特徴を活かして敵を攻撃するものである。即ち、戦国期の騎馬に代わる、多種多様な乗り物があるということであった。

 両軍がぶつかり合い激しく凌ぎ合う。龍星はその様子を後方で眺めていた。実際、自分は刀を振るうというように武術経験はなく、作戦の駆け引きのためにいるというわけである。

 徐々に一揆軍が押し始めた、予定通りである。龍星は自分の作戦が目の前で大軍を動かし、かつ自らが考えている通りになっていることに大きな興奮を覚え、思わず手に汗を握った。

 一揆軍の勢いが次第に強くなり始めた。と、同時に横手から強烈な流れを感じる。例の流れの速い海流であった。それを感じた瞬間、龍星は手をメガホン代わりに大声で叫んだ。

「今だあっ! 行けえっ、涼夏!」

 龍星は自分の声が戦場全体に響き渡っているのを実感した。逆に言えば、それくらいの声で言わなければ涼夏には届かなかっただろう。そして、龍星の呼びかけに呼応するように、待機していたマグロ軍が一斉に蜂起した。その数、六百。

 本来の姿であるマーメイドになった涼夏が、マグロ軍を率いて一斉に突撃を開始する。

全長が一メートルから二メートルと大小様々のマグロが、海流に乗ったことによる相乗効果だろう、猛烈な勢いで一揆軍の横っ腹をついた。

「はいやーーーーーーーーっ!」

 涼夏の甲高く、それでいて美しくも凛々しい声が、聞こえた。兵士達が興奮する声、武器同士がぶつかり合う音。天を突くような怒号が響き渡る中であるにも関わらず、龍星の声には彼女の声がハッキリと聞こえてきた。龍星自身、涼夏がどんな動きをするのか内心で密かに期待していたので、どれほど騒がしかろうと確実に聞き取れたのである。

「インフェリス王国・第一王女、メルフィ・インフェリス! お相手仕りますわ!」

 マグロの軍勢を率いて、敵中へ勇猛果敢に突撃する涼夏。立ちはだかる眼前の敵を、持っている刀で次々と薙ぎ倒していく。その鮮やかな刀捌きは鬼神をも圧倒するであろう立ち居振る舞いであった。そして彼女の表情は恐怖や迷いは微塵も感じられない。その姿勢に刺激されたのだろう、続くマグロ軍の表情も先ほど以上に引き締まったように見えた。

四千もの厚みをわずか六百で突き破るというのは無謀に思えるが、マグロ群は速さに定評があり、突撃を仕掛けるには適している。そして、海流の流れを味方につけたことでさらに加速し、加えて一揆軍はホタテ軍による劣勢と思わせた芝居で勢いづいていたため、不意打ちに近いマグロ軍の突撃に浮き足立ったように思われた。

 好条件を二つも得た状態で行う突撃。案の定、勢いに任せたことにより、ほとんど一揆軍を分断するような形にまで追い込んだ。

 龍星は流れが完全に自分達に来ているのを実感した。

「第三軍!」

 龍星の掛け声に反応し、アナゴ軍三百が一斉に地中から姿を現した。アナゴの背に乗っている刀、槍、と様々な獲物を持った兵が、敵の足元からという完全な不意打ちを仕掛ける。分断された一揆軍の後方部隊を次々と切りつけた。

「第一軍! 芝居はもういいよ!」

 龍星の声に、待ってましたとばかり、ホタテ軍が勢いを盛り返し、一揆軍の前半部を攻撃し始める。ホタテそのものの防御度は健在で、その間から兵が攻撃する。それに対して敵からは、ホタテ兵達がよく見えないため攻撃しにくいはずである。

「続けていきますわよ!」

 一揆軍を分断した涼夏が、Uターンして戻ってきた。今度は海流の影響を受けないよう、地面スレスレの所を動く。アナゴ軍と共に一揆軍の後方部を攻撃した。

 三部隊の連係プレーが功を奏したようで、涼夏軍の勝ちは決定的なものに見えた。

「うぐっ……、お、おのれぇーっ! ウニよ、行けーっ!」

 一揆軍の前方にいた、リーダー的存在の男がそう叫んだ。そこで龍星はハッとした。敵にも兵科があったことを思い出す。瞬間、一揆軍の背後に潜んでいた、全身がトゲであるウニが本陣へ突撃して来た。ウニ自体に意思があるようで兵士は乗っていない。

「何っ!」

 龍星は驚きに目を見張った。自分が司令官であることがバレたのだろうか? 見るだけで痛々しいほど、鋭いトゲを持った弾丸の集団が一塊で向かってくる。

「龍星様っ!」

 とっさに気づいた涼夏が、マグロ軍を率いてウニ達を叩きのめした。しかし、わずかながらに残ったウニが、まっすぐ本陣へ向かってくる。

 すくみそうになる足に喝を入れ、かろうじてかわした龍星。しかし、ウニが通り過ぎた瞬間、左の二の腕に鋭い衝撃が走った。ウニのトゲがかすったらしく鮮血が吹き出る。そして、本陣に残っていた数人の兵達が応戦し、何匹かを叩き割った。しかし、残った一匹が一揆軍の命運をかけたように、龍星に向かってきた。そして、直撃寸前と思われた時、本陣の近くにいたガンファが気合いと共に刀を投げつけ、ウニを串刺しにした。足元に転がるウニ。龍星はその場に腰を抜かしそうになる。

「ほう……、今ので腰を抜かさねぇとはな。なかなか根性座ってるじゃねぇか」

 見上げた性根だと言わんばかりに、龍星をほめる。

「龍星様っ、大丈夫ですか?」

 慌てて涼夏が本陣へやってきた。

「ああ、問題ないよ……。それより、俺達の勝ちだろう? 勝ち鬨を上げないと……」

 鋭い痛みが腕に走るが、今は自分達が勝利したことを兵達に告げる必要があった。

「そうでしわね。……、我々の勝利です! 皆さん、本当によくやりましたわ!」

 涼夏が全体を見下ろす所まで上昇し、兵全員にそう告げた。兵士達から歓声が上がる。

 涼夏と龍星を先頭に、一同は城へ戻った。


 涼夏が消毒薬を垂らした瞬間、強烈な痛みが患部をはじめ、腕全体を覆った。額に脂汗が出る。出陣前にいた涼夏の自室である。龍星は彼女に手当てをしてもらっていた。

「大丈夫ですか?」

 涼夏が心配そうな面持ちで尋ねるて来る。龍星は感じた。ここはドラマやゲームとは違う、正真正銘命のやり取りをする世界なのだと……。傷の痛みが何よりの裏返しである。

「申し訳ありません、龍星様。私があのウニに気づいていれば……」

「いや、別に涼夏のせいじゃ……、うぐっ……!」

 言いかけた途中で再び鋭い痛みが走る。傷の周囲がミミズ腫れ状態であった。

「龍星様っ!」

 涼夏がまるで自分が痛がっているように、龍星の肩を抱いた。息がかかるくらいに顔が近づく。本来ならばいつぞやの岩場のように、真っ赤になるところだが傷の痛みが現実に思想を引き留めており、それどころではない。

「いいんだよ……、涼夏のせいじゃないから……」

「こんなことに巻き込んでしまってゴメンなさい。それと、ありがとうございます……」

 涼夏は愛用しているピンク色のハンカチを患部に結えてくれた。柔らかく、それでいて温かい布地が傷に当たる。その温かさは龍星にとって、どんな特効薬よりも効果があった。

 潤んでいる涼夏の目を見て、龍星は自分のためにここまでしてくれる存在に気づいた。そして、自分を必要としてくれている人がいることを実感したのであった。

「今後は俺が涼夏の手足となって支えるからね。軍師ってのはそういうものだから」

「はい、よろしくお願い致しますわ!」

 満面の笑みを浮かべて、涼夏は力強くそう言った。


 二人でインフェリスを立て直すという大事業は、ここより始まるのである。




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