第15回 父との対面・荒んだ祖国
「これが……涼夏の城かい?」
城の前まで来た龍星は、城の壮観さに思わず息を呑んだ。王位の権力を象徴する建物である。書物で読んだものとは段違いの迫力を誇っていた。
「ええ、わたくしが私が生まれ育った、自宅でありますわ。名をシースターニ城と言います」
海底に降り立った場所からでもこのシースターニ城はハッキリと見えた。日本の城と違い、どちらかというと洋館を数倍大きくしたものといった感じである。屋根の尖った物見の塔がいくつか見え、そして五メートル近くはある巨大な城壁が城全体を囲っていた。即ち外壁の中に城壁と、二重の壁に守られている城である。見た目からして堅固さが漂っている。
これほど巨大な建造物を自宅と言う涼夏。王族と一般市民の感覚の違いを改めて痛感する。
城の前まで来ると甲冑に身を包み、長槍を持った兵士が二人いた。さすがに城の入り口まで無防備にしておくわけにはいかないのだろう。とはいえ、何かを警戒している様子はなく、どことなくのほほんとしているように見受けられた。
その様子に唖然とする。背筋をビシッと伸ばした凛々しい兵士かと思っていたのだが……。
それでも涼夏達の姿を視認すると、緊張した面持ちになる。
「城に何か用かな?」
自分よりも年下の連中が来たので安堵したのだろうか、兵士は穏やかな口調で尋ねてきた。
「用も何もわたくしはここの王女でございますわ。次期王女のメルフィ・インフェリスです。どうぞ通して下さいまし、それからこちらはわたくしの大切な客人でございます」
「め、メルフィ様でございますか!」
どういうわけか途端に兵士は眼に感涙を浮かべた。次期王位継承者が現れたことがそんなにも嬉しいのだろうか? 龍星には他に何か理由があるような気がしてならなかった。
「おーい、メルフィ様が戻られたぞー!」
兵士は慌てて奥へ駆け出していった。そして、すぐに何人もの家臣達が涼夏の前に現れる。
「メルフィ様、よく戻られました!」
「おお! 何と逞しくなられて……」
「家臣一同、お帰りを待ち望んでおりましたぞ!」
「これでこの国も救われる!」
などと、次々に感激の言葉を涼夏に投げかけた。
「龍星様、こちらはわたくしの家臣達でございます」
「あ、ああ……、そうなんだ」
と、突然、自分を紹介され龍星はたじろいでしまった。
「メルフィ様、この者は……?」
「わたくしの連れでございます。怪しい者ではありませんから、ご安心なさって下さい」
涼夏が自分を紹介してくれてはいるが、ブレザーとネクタイという出で立ちが非常に奇妙に見えているのだろう。家臣達は物珍しそうな目で龍星を見やる。
「まあ、メルフィ様がそう言うのなら、大丈夫でしょうな……」
あご髭を生やした男―、すでに老人という年齢に達していると思しき男がそう言った。
「さあ、こんな所で立ち話もナンですわ。まずは、お父様に会わせて頂けます?」
「はっ、畏まりました」
「参りましょう、龍星様」
涼夏が手で隣に来るように促す。
「ん? ああ……」
背後には自分よりもずっと年上の家臣達が何人もいる。歩いている最中、龍星は背中に痛々しいほどの視線を感じていた。年端も行かない若造が君主と一緒にいるというのが、とても不自然に思われているのだろう。龍星は生きた心地がしなかった。
建物の中には真っ赤なじゅうたんに、何千万もすると思われる壷が置かれ、バラがひしめくように生けられている。また、壁にはこれまた非常に高価そうな絵画が何枚も張られていた。そして、天井には煌びやかな光沢を放つシャンデリアが等間隔で吊るされている。夜間、月光に照らされれば昼間と同じくらいに輝くであろうと思われた。
贅沢の粋を極めたという感じの廊下である。これだけの水準に達するには、領民達から搾り取るだけ搾り取る必要がある。街中に浮浪者がたくさんいたのはそのためであろう。
龍星は会う前から、君主に就いている者に対して良くない印象を抱いていた。自らが欲を出せば出すだけ、下々の者が辛酸を舐めるのは当然である。そんな奴が国を束ねているとは……。
そんな豪華というよりは、ただ単に権力を誇示したいだけに派手派手しくしているだけの、悪趣味極まりない廊下をひたすら歩き続けた。
「我がインフェリスは海流が穏やかで土地も肥沃です。それに隣接している国も多く、大きな街道が走っており交通的にも発達しています」
「ってことは経済的にも発達してるわけ?」
「ええ、わたくしが小さい頃は、街は活気に溢れておりました。少なくとも先ほどのように、少し奥を覗いただけで浮浪者が何人もいるような状態ではありません。私がこの街を出て五年近くなりますが、当時の賑やかさはもう微塵も感じられませんわ……」
自国が代わり映えした様子が想像以上なのだろう。涼夏はいつになく厳しい顔になる。龍星も先ほど感じた印象からして、涼夏と心境的には似たようなものであると実感した。
「あちらが父の部屋ですわ」
行く手に木製の大きなドアが見えてきた。これまた漆塗りを施した高価そうなドアである。これ一枚を作る費用で、領民の生活数ヶ月分を賄えるだろう。
涼夏はドアの前に立つとノックした。コンコンという軽快な音がする。
「おーう……、誰だー……」
まだ明るいというのに、すでに酔っ払っているのだろうか? ひどく間延びした声がする。その声を聞いた龍星は主にひどく嫌悪感を覚えた。会う前からこのような気持ちにさせるとは一体どのような人物なのだろうか? 涼夏も同様らしく渋面を作っている。
「お父様、お久しぶりでございます。メルフィですわ」
「おーう! メルフィかぁ、久しぶりだなあ。入れや」
行きますよ、と言わんばかりに涼夏が龍星を見た。そのアイキャッチを感じ、龍星も頷く。涼夏はドアノブに手をかけ、開いた。
「うっ!」
開けた瞬間、鼻腔をつくアルコールの強烈な臭いに龍星は顔をしかめた。ほとんど意識せず、反射的に鼻を抑える。
「前よりもひどくなっているようですわね……」
涼夏も自分同様、鼻を抑え、口の端を吊り上げた。家臣達もその臭いに顔を歪めている。
「龍星様……」
涼夏が心配そうに声をかけてくる。
「ああ、大丈夫……」
涼夏に続いて龍星も部屋の中に入る。そこは異空間であった―、
充満している酒の臭いの中、肌をあらわにした何人もの女性を侍らせ、金ぱくを張り詰めた座椅子―、これ一つ作るのにどれほど領民が苦しんだだろう? そこにでっぷりとした男が座っていた。傍らにはこれまた相当高価そうな大振りの剣が置かれている。紫色の悪趣味なローブを着込んでいるが、そのローブが丸々と肥えた男の脂肪にはち切れるばかりになっていた。龍星はこういうのを酒池肉林というのか、と思った。
一体、どこをどう間違えたらこのような人間になるのだろう? 会う前に抱いていた嫌悪感が一層大きくなるのを、龍星は実感していた。
「おーう、メルフィ。しばらく見ねえうちに大きくなったなあ……。おっ、何だ何だ男なんか連れてよ。お前もそういう遊びに走るようになったのかぁ?」
思わず険しい表情になる。自分を悪く言われたことよりも、涼夏を遊んでいるように言われたことに対して強い憤りを感じた。
「ご無沙汰しておりますわ、お父様。お元気そうで何よりです」
涼夏は丁寧に頭を下げた。父に対する敬意や恩情などは微塵も感じられないが、それでもそのような感情は微塵もおくびに出してはいない。龍星は涼夏の自らの感情を殺す鮮やかさに、嫌味ではなく本心で大したものだと感心した。心の中で拍手を送る。
「まあ、そう硬い挨拶は……なしだって。ヒック!」
「お父様、近隣の農村で我が王国に対して一揆の準備が進んでいるようですわ。何とかして鎮圧する必要がありますわ」
「一揆だぁ……、面倒くせぇなあ……。そうだ、メルフィ! お前、次期君主になるわけだから、お前が軍を引き連れて……ウィッ、一揆軍をぶちのめして来やがれ……!」
久々に再会した娘に自分の尻拭いをさせる……、龍星は呆れてものが言えなくなっていた。涼夏ほどの器に同情などは無用であろうが、それでもこのような者を肉親に持ったとあれば、誰もが近親者に対して憐れみを抱くだろう。
「おーい、そこの少年……。どうだぁ、こっち来て飲まねぇかぁ? お前、結構いい面構えしてるじゃねぇか、気に入ったぜぇ。どうだ、一杯?」
この国は未成年でも酒が飲めるのだろうか? と、どうでもいい疑問が脳裏を過ぎる。
「お父様、彼はわたくしの大事な連れでございます。これから一揆軍鎮圧にも協力して頂きますので、誠に申し訳ありませんが酒宴はまたの機会にして下さいまし」
涼夏がこれ以上話を長引かせないよう、無理矢理話を切った。飲んだくれの相手によるしつこい勧誘を断ち切る術を心得ているようだ。
「そうかぁ、残念だなぁ……。戦が終わったら、また来いよぉ……。そうだ、コイツを使えや」
父は傍らにあった一振りの剣を涼夏に投げて渡した。
父の言葉に対して、涼夏はただ頭を下げるだけだった。龍星と家臣達も涼夏に倣った。




