表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ピュアintoダーク

作者: 琉珂

「ちっくしょう、あの馬鹿ども。くそっ。早く死んじまえっ」


友達が隣で女とは思えないような悪態を吐いた。

私はそれに驚きつつも、いきなり彼女がそんなことを言い出した原因に気が付いた。

高校前のバス停のベンチに、柄の悪い男子高校生たちが数人たむろしていたのだ。

私は電車だが、彼女はバス通である。

バス通の彼女はもちろんあのバス停を利用する。

それなのに、そこにはあまり近寄りたいとは思えない方々が。


「ねぇ、あれ私たちの高校の人じゃないよね」


私がバス停を指差して尋ねると、彼女は思いっ切り顔をしかめた。


「あいつらはあ・そ・こ」


そう言って指差した先は、私たちの高校のすぐ横に隣接している私立高校。

私たちも私立だが、いかんせんあそことは偏差値に天と地ほどの差がある。

私たちの高校は県内トップだがあっちは県内最低という何を意図して建てたのか全く不明の立地関係なのだ。


「あいつら馬鹿のくせに周りに迷惑かけることしかしなんだよね。ほんと邪魔。車に突っ込まれて死ねばいいのに。ていうかむしろ死ぬべき」


普段から口の悪い彼女だが、今回の群を抜いた口汚さは少し異常な気がする。

私はうーんと首を傾げて唸った。


「でもさ、バス停に乗る人がベンチに座るのは自由じゃない?」


「はっ、それならあたしだってこんなに言わないよ」


「え?」


「あいつらバス乗んないの。あそこでだらだらしてるだけ。こっちは正真正銘バス待ちしてんのにさぁ」


低能は低能らしく薄汚い地面に這いつくばってろ、と最後に彼女は呟いた。

多分たむろすならコンビニの前でしろと言いたいんだろう。

正直コンビニ前でも結構困る。


「にしても死ねはちょっと酷いって」


あたしは苦笑いをして、腕時計に目を落とした。

電車の時間までまだまだある。

彼女が待つバスが来るまで、話に付き合う暇はあるみたいだ。


「いくらあの高校だからって、頭の良さで人を判断しちゃいけないよ」


「でも金髪とかに染めてんだよぉ? 日本人のくせ。」


「でも、実はすごく良い人たちかもしれないじゃん。たとえ金髪でもさ」


言いつつも、我ながら綺麗事を口にしてるなと思った。

どっかの漫画や小説でいくらでも出てきそうなありがちな台詞だ。

それでもそんな台詞で彼女に反論してしまうのは、そのベタな台詞にこそ何らかの真理が隠れていると私が信じているからだった。


「どんなに素行が悪くてもちゃんと挨拶出来る人もいるでしょ?」


「裏を返せば、挨拶さえできればそれ以外の点で非常識な行動を取ってもいいのかってことだけどね」


「うん、あんまり痛いとこ突かないでね」


「あ、ごめん」


そのとき、私たちの横を一人の女子生徒が通り過ぎた。

その子は果敢にも不良たちの喋り場となっているバス停に近寄り、掲示されている時刻表を見ようとした。

だが、時刻表のすぐ下に座り込んでいる男子生徒のせいで、よく確認できていないようである。

迷惑そうに眉根を寄せているその子の表情に気付いていないのか、彼らは全くどこうとしない。

……確かに、あれはちょっと庇いきれない非常識さというか。

うーんとまた唸り声を上げそうになったとき、変化が起きた。

座っていた男子生徒、が時刻表を見ようとしているその子にやっと気付き、立ち上がって移動したのである。

その子は少し驚いたような素振りを見せたあと、時刻表を確認してバス停から離れた。

さっき移動した彼はベンチに腰を下ろしている他の友人に話しかけている。

目を細め、嬉しそうな表情。

それが目に入った瞬間、私は胸に、何やらひどくざらついたものを感じた。


「今あいつがあの子のためにどいたからって擁護しないでよ」


友達が相変わらず悪い口ぶりで言ってきた。


「そもそもあんなトコに座ってんのが悪いんだから。ていうか、存在自体がまず悪だから」


どうやっても彼女は彼らを嫌いらしい。

これだけ徹底的な批判を言われているのを聞いて、やはり彼らに同情を抱いてしまうのはどうしようもない人の性なのだろう。

私は胸中のざらつきを忘れ、反論するような口調にならないよう気を付けて口を開いた。


「それなら、あんな人たちを救済できる法律があればいいのにね」


救済とは、どんな救済か。

特にはっきりとは思いつかないけど、そう思った。

私たちと違って大学進学というモラトリアムの延長を望めない彼らはあの学校を卒業したらすぐに社会人にならなくてはいけない。

あの高校で取れる資格?

そんなもの、小指の甘皮以下の価値にしかならないだろう。

専門学校に行くという手もあるが、最近はそれすら少ないらしい。

では、そんな彼らが就ける仕事とは一体なんなのだろうか。

私は、以前目にした高校別の進路表を思い出した。

確か、あの高校の卒業生で、一般企業へ就職した人は過去五年間で十人ちょっとだった。

ということは単純計算毎年二、三名。

残りはなんだっただろうか。

鳶職関係が多かった気がする。

しかしそれも年を追うことに減っており、代わって増えていたのは無就職者の数。

それらの大半はバイト生活で食い繋いでいると、あの表を見せてくれた人は言っていた。

つまり、そういうことだ。

彼らの前の可能性は限りなく少ない。


「あいつらに救済なんて必要ないよ」


しかし、友達はまたも私の意見を一刀両断した。


「あいつらに未来が無いのは、過去に努力を馬鹿にして努力することをを怠ったからっしょ。真面目に勉強しようとか、そういう考えをつまんないって否定してさ。そういう何も努力してない奴らへの救済なんて、努力してる人たちの頑張りをゴミだって言ってるようなもんじゃん」


彼女の声に熱が込もったのが分かった。

彼女が私たちの通うこの高校に入るため、どれだけの努力をしたかを、中学の違う私は知らない。

けれど、彼女は自分の努力を無下にされたくないのだ。

費やした時間を無駄なものだと思われたくない。

そんな心理が、彼女の言葉から汲み取れた。


「あーあ、それにしても、なんでこんな漫画みたいな設定なんだろうね。あたしたちとあいつらの立場」


彼女は指を二つの高校に交互に向けた。


「ガリ勉の学校と、吐き溜めの学校」


「うん、私も漫画みたいだなって思ってた」


「でしょ? でもさ、そういう漫画の中で悪者役はあたしたちの方なんだよね」


片眉を下げて、友達はまるで外国人のように両手を持ち上げる。


「勉強しか出来ず学力で物事を判断しがちなあたしたちは心の冷たい駄目な子で、人の迷惑をかえりみないで自分に正直に生きるあいつらは人間味溢れる子ってな具合にさ」


その言葉に、私は思わず声を出すことを忘れてしまった。

そうだ、そうなのだ。

私たちは『悪役』なのだ。

別に、まわりに思われているほど私たちは真面目じゃないという自覚はある。

授業をサボって遊ぶことだってあるし、校則を破ってピアスを開けてる子だってたくさんいる。

それなのに、私たちはおかしな包み紙に囲まれているのである。

全てを勉強で埋めつくされたつまらない人間、と。


「つっても、結局は学歴社会だからね。今の日本は」


彼女の引き戻すかのような声に、いつの間にかうつむいていた私は顔を上げた。

相変わらずさっきのポーズを続けている。


「漫画の中では自分たちが有利だろうと、現実は違うから」


丁度そのとき、停留所にバスが一台停車した。

彼女が待っていたバスだ。

彼女は私にありがとうと告げて手を降ると、颯爽とした足取りで彼らのたむろすバス停に足を向けた。

私はすぐにでもその場を立ち去っても良かったが、どうしても彼女がバスに無事乗る姿を見届けたくなった。

小声で話していたので、彼らに私たちの会話が聞こえていた心配はない。

むしろ、私が気掛かりなのは友達の方だった。

あそこにいる彼らに絡んだりはしないか。

もしそうなった場合はすぐにでも止めに入るつもりだったけれど、さすがに彼女にも理性と常識があるらしく、まっすぐバスへと歩いて行っていた。

そうして彼女がバスの入り口に近付いたとき、そのすぐ近くに立っていた彼らの一人がさっとその場をどいた。

多分、彼女の邪魔にならないように。

その動作は、さっきの時刻表を見に行った子のために場所を移動した彼を思いださせるものだった。

もちろん彼女がそんな彼らに感謝するはずがなく、そのまま何もなかったようにバスに乗り込む。

私はどいた少年に視線を移した。

確かめたいことがあったのだ。

少年は隣に立つ友人に笑いかけていた。

何か喋っているようだが、ここまで聞こえてくるわけがない。

ただ、少年の笑みは、さっきの彼がベンチに座る友人に見せたものと、ほとんど同じものだった。

ざらつきが再び姿を現した。

それと共に、確かな不快感が沸き出す。

彼らの笑みの意味に、私は気付いてしまった。

あれは彼らの自己陶酔の表れなのだ。

自分は『素行は悪い』が『心配りはできる』素晴らしい人間である、と。

世間でよく言われるただの駄目な人間とは違う、自分には良識があるのだ、と。

私は、無意識に手を握り締めていたことに気付いた。

開いてみると掌の色は白くなっており、爪痕がいくつか残っていた。


「挨拶さえできれば、他の行い全てが帳消しになるわけじゃない……」


友達の言葉の真の意味が、私にはようやく理解できた。

彼らは勘違いしている。

僅かな思慮さえあれば、それだけで大丈夫であると信じこんでいるのだ。

そして、その僅かな思慮がある自分を素晴らしい、そうまるで漫画の主人公ような、人間であると信じこんでいるのだ。

現実は何一つとして違うのに。


「……電車の時間になっちゃう」


私は時計を確認して、バス停に背を向け歩き出した。

いまだ掌に残る爪の痕を触ると、胸中のざらつきが一層逆立つ。

すれ違った車を見て、突っ込めば良いのに、とふいに思った。

車が、あのバス停に突っ込めば良いのに。

有り得るわけがないことを知りながらも、脳裏をよぎったその期待を、私は自分に対して隠す気にもなれなかった。


軽く危険思想です。

というか軽くどころじゃないかもしれませんね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ