からくり屋敷へ
車が発進して間もなく、優羽は落ち着きなく車内を見渡して運転中の翔さんに声をかけた。
「ねぇ翔さん!ワゴン車ってことはまさか家庭持ちとかなの!?」
翔さんはその言葉に含み笑いをして、愛想笑いをしながら返答する。
それにしても車内でも大声とは、なかなか迷惑な奴だ。
「ははっ、違うよ。ただ仕事とかプライベートで便利だからね。そのためにわざわざワゴン車を買ったんだ。かなりいい値段したけどね」
「へぇ!でも翔さんってモテそうだからなぁ!恋人とかいるんですか!?」
ずいぶんと優羽は突っ込んだことを訊いていく。
初対面と大差ないのに、この神経の図太さには恐れいる。
俺には真似できない。
「残念ながらいないよ。言い訳に聞こえるかもしれないけど、それほど僕は出会いを求めてるわけじゃないからねぇ。でも、優羽さんみたいな可愛い子ならぜひお付き合いしてみたいね」
その言葉にいち早く反応したのは優羽じゃなく裕太だった。
裕太は翔さんのジョークに乗って、茶化すようにわざとらしく驚きの声をあげた。
「おぉー、翔さんって結構言いますね。これは絶対、知らないうちに枕を濡らしている女の子がいるぜ、間違いなくな」
「あははっ、それはどうかな」
「あら?私は毎晩裕太のことを思うと布団を濡らしているわよ」
香奈恵がいつもの調子でそんなことを言ってしまうものだから、俺はつい癖で突っ込んでしまった。
口に出すつもりはなかったのに、もはや条件反射だ。
「枕じゃなく布団を濡らすって、それだとお漏らしになるだろ…」
「失礼ね。それだけ涙を流してるってことよ」
この日常的なやり取りに、翔さんは小さくだが噴き出す。
そのおかげで妙な会話は途切れて、皆が翔さんの方へ向いた。
それで翔さんは運転しながら、笑い声混じりに楽しそうに喋りだした。
「いやいや、ごめん。一昨日も思ったけど君たちってすごく仲がいいんだね。今の会話だけでもそれがよく分かるよ」
一瞬、翔さんを除く俺たちは顔を見合わせた。
確かに仲は悪くはないが、特別に良いとも思ってもいない。
そもそも誰かとは言わないが、変人のような奴が少なくとも一人はいるせいで、こんな掛け合いになるのだ。
あとは昔からの馴染みというのが一番の理由になるのか。
俺は席に寄りかかって翔さんに言葉を返した。
「昔からいつも一緒にいる友達ですから。香奈恵は高校からの知り合いですけど、その……こんな性格だから馴染んでいますし」
「ちょっと煌太?今の言いよどみは何よ?気になるわ」
俺は香奈恵の横槍には気にせず、そのまま言葉を続けた。
「だからもう仲が悪いとか良いとかそんな言葉で言えない関係になっているんですよ。家族っていうか仲間っていうか…、すみません口下手で…」
「本当に口下手だね!ここは親友だから仲良しなんです!の一言でいいんだよ!」
優羽は俺の代わりに言い切った。
親友、か。
そうだ、俺たち四人全員が親友だ。
それはきっとみんな思ってくれているはずだ。
一方だけが親友と思っていたとか、そんな悲しいことじゃない。
これは全員の共通認識だ。
その答えを聞いた翔さんは遠い目をして小さく呟いた。
「親友、か……」
その言葉を聞いて、俺は訊こうとしていたことを思い出す。
翔さんは蒼輝兄貴とどのように知り合ったのだろうか。
特に深い意味はないが何となく気になっていた。
「そういえば翔さん。俺の兄とはいつから知り合ったんですか?」
「え?そうだねぇ…、何て言えばいいかな。一応、煌太君のお兄さんとは高校の時は同じクラスだったんだよ。でもね、そのときはまだ接点は無かったんだ。接点ができたのは高校の卒業が近い時さ。同じ大学に通うってことを知った彼から、僕に話かけてきたんだ」
「ってことは、そんな長い付き合いってわけじゃないんですね」
兄が大学通い初めて二年目だ。
つまりは友人としての関係は一年ほどにしかならない。
でも年月に関係なく友人は友人だ。
だから俺は兄について質問してみた。
「兄は…大学ではどうでしたか?」
すると翔さんは不思議そうに、素っ頓狂な声をあげた。
それからハンドルを切りながら昨日の裕太と同じことを言ってきた。
「変な質問だね、煌太君の方がよく知っているんじゃないのかな。もし疎遠な関係だとしても、蒼輝とはあくまで家族なんだから」
「あ、いや。やっぱり本人から聞くのと他人から聞くのは違いますから。それでどうなのかなーって、ははは」
俺は誤魔化したが、本当は本人から大学がどうかなんて一言も聞いたことはない。
一方的に蒼輝兄貴から言ってきたことはあったかもしれないが、全て聞き流していて何一つ記憶していない。
今ならその行為には後悔している。
「うん、彼は明るかったよ。学科は違ったから全部に詳しいわけじゃなかったけど、他に親しい友人はいたし、大学を楽しんでいたんじゃないかな。うーん、この言い方だと少し他人事っぽすぎたかな?」
「いえ、そんな…」
俺は蒼輝兄貴がどうだったかなんて全く知らない以上、他人事な言い方でもそれで十分だった。
それほどに俺は何も知らなすぎる。
事実、翔さんという友人がいたかどうかも俺は知らなかった。
でも何でだろう。
高校の時に同じクラスと言っていたのに、蒼輝兄貴の高校のクラス写真には翔さんの姿は無かった気がする。
俺の見間違いだろうか、それとも単に写っていなかったのか分からない。
それから車は山の中へ入っていき、途中で舗装されていない道を通っていった。
その事に裕太がそれとなく口にする。
「よく道が分かりますね」
「あ、あぁ。昨日一応道を確認しておいたからね。そろそろ見えてくるはずだよ」
翔さんの言った通り、木々の間から屋敷の姿が見えてきた。
黒っぽい外装した大きな屋敷だ。
一見すると三階建てで、殺風景な造りをしている。
あとは窓があるだけで模様とかに華やかさはない。
ただ年代が相当経っているのか、古ぼけた印象を受ける程度には木々が屋敷に絡まろうとしていた。
「うわぉ!雰囲気あるね!まるでお化け屋敷って感じ!」
優羽は車窓から、屋敷を覗き込んで歓喜に似た声をあげた。
楽しそうにしているが俺には不気味にしか見えない。
香奈恵も窓から覗きこんで、全員に訊くように尋ねた。
「あら、こんな所に本当に屋敷なんてあるのね。無人なのかしら?」
「どうだろうね。僕は無人と聞いているけど、その割には綺麗だから管理している人はいるのかもしれない」
管理人がいるなら入って大丈夫なのだろうか。
そもそも鍵が掛かっていて、入ることすら難しそうだ。
車は屋敷の前に停車させて、俺たちは荷物を手に車から降りていった。
みんなは屋敷を見上げていたが、俺だけは周りを見渡す。
でも緑の木々ばかりで蒼輝兄貴が乗っていたであろう車は見当たらなかった。
車がないなら、屋敷にすら来てなかった可能性がある。
どちらにしろ屋敷内は探索しないと何も手がかりは得られない。
俺は車のことは口に出さないで、屋敷へ向きなおした。
するとすでにみんなは屋敷の扉の前で俺を待っている様子だった。
「煌太ー!何してるのー!早くおいでー!」
優羽が大きく腕を振りながら俺を急かしてきた。
俺は荷物が入ったバックをを持ち直して駆け足でみんなに近づいていき、早速鍵について尋ねる。
「鍵、かかってないんですか?」
俺の質問に翔さんが扉の前でがちゃがちゃと音を鳴らして、ドアノブを捻りながら答える。
「うん、どうだろ。大丈夫だと思うけど…………、大丈夫だね。あいてるよ」
そう言って翔さんは扉を押し開けて、俺たちが先に入るようにと道をあけてくれる。
俺たちはそれに促されるように流れで屋敷内へ入っていった。
そして最後に翔さんは外を一瞥してから、中へ入って玄関扉を閉めた。