日常・4
翔は人が良すぎるのか何でも快くしてくれて、優羽もついて来ることになってしまった。
俺の本音としては遠慮したかった。
それは迷惑だからとかじゃない。
行方探しと言っても結局は身内の問題である以上、こっちが優羽に負担や迷惑をかけたくなかったからだ。
好意がありがたいのは、本当に本心からそう思っていた。
するとそこまで読み取っていたのか、優羽は顔を近づけて小声で俺に囁いてきた。
「私たち、仲良しの幼馴染なんだからね…?煌太は何でも一人で済ませようとする悪い癖があるんだから、少しは私を頼ってよね?」
「優羽………。…………お前、大声じゃなくても話せるんだな」
「あー!人が真面目に話すとすぐにそんなこと言っちゃうんだから!失礼しちゃうなぁ!」
「あっはは、悪い悪い。普段があまりにも大声だからさ」
俺は茶化したが、それは恥ずかしかったからだ。
心がくすぐられたような気持ちになってしまったから、はぐらかすように言ってしまった。
…うん、ありがとうな優羽。
言葉にはしないが凄く嬉しいぜ。
だから俺はお前のことを嫌いになれない。
「そうだ、なら裕太達も誘おうよ!きっと香奈恵なら急接近するチャンスとか言って、すっごく喜んで賛成してくれると思うよ!」
「それは想像つくが、急だな。それにそこまで人が多い必要は…」
俺は翔の様子を伺うように視線を送った。
その視線に気づいた翔は良い笑顔で頷いてくれた。
「僕は別に多くても構わないよ。それに煌太君のお兄さんも一人で行ったわけじゃないんだ。少人数とはいえ複数人でも行方不明になる可能性があるから、大人数の方が安全に探索できると僕は思うよ」
「翔さんがそう言ってくれるなら…。そうだな、誘うだけ誘ってみるか。優羽、一応言っておくが強制的に参加させるようなことは言うなよ」
俺が一応釘を刺すと、優羽は口を尖らせて眉間に軽くシワを寄せた。
反論したそうな態度を見せているが、俺の知っている優羽なら問答無用に連れて行くようにしか思えない。
日頃の態度を恨むんだな。
「私はそんな無理やりに話に割り込んで、勝手に決定するような無心の女子じゃないよ!煌太ってけっこう失礼だよね!」
「悪いが優羽にだけはそう言われたくない」
そんな出来の悪い漫才のような無駄話をしながら俺と優羽と翔の3人で、香奈恵と裕太が対戦しているゲーム台に近づいていった。
相変わらずと言えばいいのか、香奈恵は涙目になりながら喘いでいた。
俺からしたら苦しそうに見えるのによく続けている。
内心嬉しいのか負けず嫌いで悔しがっているのか全く分からない。
「あっ…ゆう、た。私………このままだと…もう………精神壊れちゃいそう…。やっぱり人の話聞いてないし、泣きそうよ私…。熱くなるのはいいけど、そこまで熱くなられたら少し困るわ」
裕太は完全に画面に没頭していて、周りの音や声など気にはしていない。
香奈恵が可哀想な気がしてきたから、俺は香奈恵の肩を叩いた。
「ガード維持したまま俺と代われ。俺がお灸をすえてやる」
「え?わ、分かったわ。私も少し休みたいと思っていたし…」
香奈恵が席を立って俺はすぐにその席に座り込んだ。
そしてレバーに手をかけてボタンに指をそえる。
すると今度は裕太から喘ぐような声が聞こえてきた。
「あ、あれ?おいおい、ちょっと香奈恵?香奈恵さーん?いきなりプレイスタイルが変わりすぎだろ。あっ…あっ…そんな。なんでいきなり俺がこんな受けに回らないといけないんだ。待て…そこはっ…!」
俺が次々と裕太の技を捌いていって、コンボを的確に当てていくと一気に逆転するほどになっていた。
その様子を見ていた香奈恵は、生唾をごくりと飲んで驚いた表情で呟いた。
「裕太の指さばきも大概だったけれど、煌太の指使いは更に変態的ね…。あんな煌太の攻めでは裕太でも耐えれないと素人の私でも分かるわ…。これだとすぐに裕太はダウンするわよ」
「まぁ煌太はゲーム好きなお兄さんの練習相手にされてたみたいだからね~!それで嫌でも上達するはめになったって言ってたよ!」
「そう…通りで上手なわけね。あそこまで経験豊富なら、初めての私では相手にならなそう…」
変態とか心外なことを言われてしまっているが俺は気にせずに裕太を叩きのめした。
あっさりと2KOでゲームは俺の大勝で終了。
俺は席を立って裕太に声をかけた。
「まだまだ俺の相手にはなれないな裕太」
「あっ!今のは煌太か!通りで変態的なプレイヤーだと思ったよ。全く…、びびったぜ」
まさか裕太にまで変態と言われるとは、絶対に裕太は香奈恵は思考が同調してるだろ。
二人に同じこと言われるなんて狙ってるようにしか思えない。
俺はため息を吐いてから、切り替えて本題の話をする。
「変態で悪かったな。それで裕太、一つ頼みがあるんだが聞いてくれるか?」
「おぉ、煌太が頼み事とはいきなり美少女が転校して来て、隣の席になるより珍しいな。はたまたはいきなり自分が超能力者として目覚めるような出来事だ」
「俺の頼みごとは創作物の領域までいくのかよ。それより手伝って欲しいんだよ」
俺がそこまでしか言ってないのに裕太は聞く前から了承してくれそうで、親指を立てて俺に好意的なアピールをしてきた。
ただ個人的に、あまり見ていて心地良い笑顔じゃない。
本人は良い笑顔してるつもりだろうが、悪いが俺には挑発してるようにしか見えないぞ。
「いいぜ、煌太に頼み事されるという貴重な体験を逃す手はないさ。で、いくら出してくれるんだ?」
「おう、ゲンコツくれてやるよ。で、肝心の頼みごとは行方不明の兄探しだよ」
このままだと話が進まない気がしたので、俺はあっさりと流して頼みごとを言った。
するとさすがに茶化せないと裕太は感じたみたいで、神妙な顔つきになった。
普段からこういう顔をしていれば、顔が良いと俺でも思えるのに勿体無い奴だ。
「あーなるほどな。手がかりか何かでもあったのかよ。それなら手伝うぜ。久々にお前の兄貴とゲームしたいからな」
あくまで理由は自分のためと言いながら裕太は気兼ねなく了承した。
こいつも結構お人好しだな…。
本当、裕太は良い友達で腐れ縁だよ。
俺は少し嬉しくなって軽くにやけるように、自然と笑顔になってしまう。
そこに香奈恵が、羽みたく会話に強引に割って入って来た。
「あらあら、二人で何をいかがわしい話をしてるのかしら?私を蚊帳の外に、そんな話するなんて無粋な真似は許さないわよ?」
色々と言いたいことがある発言だが、俺が呆れ気味に返事してあげる。
そんな香奈恵の獲物を狙う女狐の目がおいしそうな話は逃さないと、はっきりとすでに訴えかけてきてた。
「何を聞いたらそんなでまかせを言えるんだ?俺はただ裕太を誘っていただけだぜ」
「誘っていたって…やっぱりいかがわしい話じゃない。真昼間からそんな話なんて関心しないわよ」
「そうだそうだ!」
なぜか優羽は、香奈恵のいい加減な言葉に乗って大声で言っている。
こいつら絶対に俺をいじめて楽しんでいるだろ。
まさかここまで俺を貶めて楽しんでくるとは一体何なんだ。
「違う違う。俺の兄探しに手伝ってくれって言っただけだ」
「あら、それだけなの。残念ねぇ。でも手伝うって闇雲に街中で探すつもりなのかしら?」
「それも違う。…それについては俺より翔さんに言って貰った方がいいな」
俺の説明では、余計な返答やボケがどんどん飛んでくるのは目に見えてるからだ。
翔は俺に促されて、みんなに小さく一礼してから説明と自己紹介を簡潔にしてくれた。
「僕は煌太君のお兄さんの友達の翔と言います。話を聞く限り、君が裕太君で綺麗な君が香奈恵さんだね、よろしく。それで、僕がお兄さんの行方に心当たりがあるから案内しようって話になっていたんだ」
「へぇ、そうなのね。よろしくね、翔さん。で、その心当たりある場所ってどこなのかしら?」
「だいぶ田舎というか自然が多い場所になるんだけど、そこに屋敷があるんだ。そこへ探検しに行ったまま、行方不明になったんじゃないかって推測してるんだよ」
それを聞いた香奈恵が興味薄そうな表情から、明らかに目の色が変わった。
ピクっと眉が反応したことにすら俺たちが気づくほどに、香奈恵の顔は変化していて特に口元がにやけてもいた。
「へ、へぇ~。それは裕太と急接近するチャンスじゃない!私も行くわ!絶対に!断っても影のように離れないから!」
優羽の予想通りの台詞まで吐いて、香奈恵はこちらが有無を言う前についてくることになっていた。
多分、断るのは不可能だ。
それほどに香奈恵の表情には、下心丸出しながらも決意に溢れていた。
裕太の予定は自分の予定、だったか。
だとしても、ちょっと遊びにでかけるとはワケが違うのに即決すぎる。
本能で動いてしまっているのかと疑いたくなる。
だから、やたらと狙われ続けている裕太が堪らず
言った。
「おいおい、香奈恵~。遊びにいくんじゃないんだぞ?目的は煌太の兄貴探しだ、分かってるのかよ?」
「分かってるわ、裕太。そして私が見事見つけ出して、その活躍で貴方が私に惚れることも分かっているわ。これはそういう運命なのよ」
「本当に分かってるのかよ…」
さすがの裕太も呆れて、余計なことは口に出せずにいた。
一番厄介な思考をしてるのは案外香奈恵かもしれない。
全ては自分のために繋がる発言と思考しかしてない以上、自己中心的と思われても仕方ないのだ。
だからいくら香奈恵に容姿的な魅力があっても、裕太を惚れさせる事は今までできていなかった。