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からくり屋敷の悪夢  作者: 鳳仙花
・序章
1/22

とある密室

かすかな灯りが照らす、小さく狭い一室。

その部屋は無機質に思えるほど(さび)れており、生きた人間が装飾のように吊るされていた。

吊るされている人は若い男性だ。

青年の服にはべっとりと不自然な赤色が付着している。

赤色は腹部から首もとにまで塗られているため、どうしても汚れが酷く目立つ。


更に青年の両手首には縄がキツく縛り付けられ、縄は天井へと括りつけてあった。

足は僅かながらも冷たい床に届かず、ご丁寧に両足首まで縛られているせいで身動きの自由が取れない。

だから時間が経つほど青年の両手は次第に感覚を失っていく上、肩を大変痛めている。

しかし、青年はそれらの不調を然程(さほど)気にかけていない。

これから自分の身に降りかかる災難を思えば、今体験している苦痛は取るに足らない問題に過ぎないのだ。


「家に帰りたい……」


弱々しい泣き言が漏れる。

当然、こうして縛られていなければ一刻も早く逃げ出したい一心だ。

この部屋と建物から、間もなく自分を襲う恐怖と脅威から逃げたい。


しばらく青年が抵抗もできずにいると、この薄暗い部屋に唯一あった扉が開く。

開いた扉から姿を現したのは下にジーンズを履いて、黒のシャツと手袋を身に付けた男性だ。

この男性は覆面を被っていて顔は分からない。

だが、体型に関しては丹念に鍛えられた肉体であり、腕の筋肉や胸筋がシャツに表面化するほど(たくま)しい体つきをしている。

その男性が様々な工具が入った道具箱を手に青年へ歩み寄ると、青年は子供のように怯えた。


「何だよ、やめてくれ。頼む」


青年が男性に慈悲を懇願をすると、男性は道具箱を床に置いた。

それから素早く腕を振り上げて青年の顔を硬い拳で殴りつけた。

それだけで頭が吹き飛んでしまったのかと錯覚してしまうような、強く鋭い衝撃が彼の顔面を襲った。

ボクサーの素手は凶器扱いされるが、それは正しい事実なのだと青年は思い知らされる。

トンカチで殴られたみたいで、意識が一瞬飛んでしまう威力と痛みだ。


あいにく青年には、痛みに悶える暇は無い。

男性は折り畳み式の小さなナイフを取り出して、青年の腹部に突き刺した。

今度は熱く体が縮みそうな痛みだ。

体中に自然と力が入り、青年は苦悶の表情を浮かべながら息を荒くして叫んだ。


「…ぁあっ!!あぁあぁ!あああぁぁああ゛ぁ!!」


今までに感じたことの無い違和感と痛み。

体を捨てたいと思いたいほどの気持ち悪さ。

更に男性はナイフで肉を抉ろうと手首を回して、ナイフの刃が青年の腹部を小さく裂いてしまう。

だから青年は更に悲痛に叫んだ。


「ああぁあぁぁぁあ゛ああぁぁぅああぁ!!」


叫んでいると、傷口から血は垂れ流れ出して、深く大きな傷ができてしまったのが分かる。

ただ流れ出したのは涙も汗もだ。

それからすぐに男性はナイフを抜いて、次にビンを取り出してきた。

青年はビンの中身を見て顔を更に歪める。

ビンには生きたゴキブリが入っていて、元気に蠢いている。

でも一体何をするつもりなのか、痛みで青年は想像が及ばなかった。

男性はビンの蓋を開けて、青年の傷口に当てる。

それだけでは無く、男性はライターを手にビンを炙り出した。

するとどうなるか。


ビンの中にいるゴキブリは熱さから逃げようと、青年の傷口に向かっていく。

青年の傷口がゴキブリにとっては熱からの逃げ道で、傷は丁寧にも入りやすく虫には大きい穴だ。

だからゴキブリは…………。


「うわあ゛ぁぁああああぁああぁ!ひぃいいいぃぃいいいぃぃぃいぃいいぃぃぃいぃぃいいいい!!」


青年はさっきまでと比べ物にならない悲鳴をあげた。

体が気持ち悪い。

自分の体がおかしい。

体の中に何かがいる。

小さい何かが動いていて、体を蝕られているみたいだ。

あまりにも気持ち悪くて、頭の中が酔ったみたいに混濁としている。


「うおぇぇっ…………!」


青年は胃液を吐く。

体を捩らすこともできないので、体内にある悪寒は吐いて泣いて垂れ流して出そうとする。

空になったビンは投げ捨てられて、男性はドブの汚水が付いた布巾で傷口を塞ぐ。

鼻に衝く臭い。

青年にはそんな臭いを気にする余裕は無い。

続いて男性は傷口に布巾を当てたまま、床に置いた道具の一つである有刺鉄線を手に持った。

有刺鉄線を青年の腹に巻いて布巾を固定するのだ。

強く縛られた有刺鉄線のトゲは青年の皮膚にくい込み、血を滲ませた。


その時はついさっきまで叫んでいた青年の口は静かになっていて、みっともなく泣くだけだった。

端から見ても悪意にまみれた行為。

痛みに消耗した青年。

でも男性は手を止めない。


次は細い針金と裁縫針を手に、男性は青年の顔に針を向けた。

これには青年も何をされるかは想像はつく。

しかし青年は叫ぶ力も首を動かす力も失われつつある。


やがて細く鋭い針は青年の目に近づけられ、青年は続く痛みに耐え抜くしかなかった。

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