とある密室
かすかな灯りが照らす、小さく狭い一室。
その部屋は無機質に思えるほど寂れており、生きた人間が装飾のように吊るされていた。
吊るされている人は若い男性だ。
青年の服にはべっとりと不自然な赤色が付着している。
赤色は腹部から首もとにまで塗られているため、どうしても汚れが酷く目立つ。
更に青年の両手首には縄がキツく縛り付けられ、縄は天井へと括りつけてあった。
足は僅かながらも冷たい床に届かず、ご丁寧に両足首まで縛られているせいで身動きの自由が取れない。
だから時間が経つほど青年の両手は次第に感覚を失っていく上、肩を大変痛めている。
しかし、青年はそれらの不調を然程気にかけていない。
これから自分の身に降りかかる災難を思えば、今体験している苦痛は取るに足らない問題に過ぎないのだ。
「家に帰りたい……」
弱々しい泣き言が漏れる。
当然、こうして縛られていなければ一刻も早く逃げ出したい一心だ。
この部屋と建物から、間もなく自分を襲う恐怖と脅威から逃げたい。
しばらく青年が抵抗もできずにいると、この薄暗い部屋に唯一あった扉が開く。
開いた扉から姿を現したのは下にジーンズを履いて、黒のシャツと手袋を身に付けた男性だ。
この男性は覆面を被っていて顔は分からない。
だが、体型に関しては丹念に鍛えられた肉体であり、腕の筋肉や胸筋がシャツに表面化するほど逞しい体つきをしている。
その男性が様々な工具が入った道具箱を手に青年へ歩み寄ると、青年は子供のように怯えた。
「何だよ、やめてくれ。頼む」
青年が男性に慈悲を懇願をすると、男性は道具箱を床に置いた。
それから素早く腕を振り上げて青年の顔を硬い拳で殴りつけた。
それだけで頭が吹き飛んでしまったのかと錯覚してしまうような、強く鋭い衝撃が彼の顔面を襲った。
ボクサーの素手は凶器扱いされるが、それは正しい事実なのだと青年は思い知らされる。
トンカチで殴られたみたいで、意識が一瞬飛んでしまう威力と痛みだ。
あいにく青年には、痛みに悶える暇は無い。
男性は折り畳み式の小さなナイフを取り出して、青年の腹部に突き刺した。
今度は熱く体が縮みそうな痛みだ。
体中に自然と力が入り、青年は苦悶の表情を浮かべながら息を荒くして叫んだ。
「…ぁあっ!!あぁあぁ!あああぁぁああ゛ぁ!!」
今までに感じたことの無い違和感と痛み。
体を捨てたいと思いたいほどの気持ち悪さ。
更に男性はナイフで肉を抉ろうと手首を回して、ナイフの刃が青年の腹部を小さく裂いてしまう。
だから青年は更に悲痛に叫んだ。
「ああぁあぁぁぁあ゛ああぁぁぅああぁ!!」
叫んでいると、傷口から血は垂れ流れ出して、深く大きな傷ができてしまったのが分かる。
ただ流れ出したのは涙も汗もだ。
それからすぐに男性はナイフを抜いて、次にビンを取り出してきた。
青年はビンの中身を見て顔を更に歪める。
ビンには生きたゴキブリが入っていて、元気に蠢いている。
でも一体何をするつもりなのか、痛みで青年は想像が及ばなかった。
男性はビンの蓋を開けて、青年の傷口に当てる。
それだけでは無く、男性はライターを手にビンを炙り出した。
するとどうなるか。
ビンの中にいるゴキブリは熱さから逃げようと、青年の傷口に向かっていく。
青年の傷口がゴキブリにとっては熱からの逃げ道で、傷は丁寧にも入りやすく虫には大きい穴だ。
だからゴキブリは…………。
「うわあ゛ぁぁああああぁああぁ!ひぃいいいぃぃいいいぃぃぃいぃいいぃぃぃいぃぃいいいい!!」
青年はさっきまでと比べ物にならない悲鳴をあげた。
体が気持ち悪い。
自分の体がおかしい。
体の中に何かがいる。
小さい何かが動いていて、体を蝕られているみたいだ。
あまりにも気持ち悪くて、頭の中が酔ったみたいに混濁としている。
「うおぇぇっ…………!」
青年は胃液を吐く。
体を捩らすこともできないので、体内にある悪寒は吐いて泣いて垂れ流して出そうとする。
空になったビンは投げ捨てられて、男性はドブの汚水が付いた布巾で傷口を塞ぐ。
鼻に衝く臭い。
青年にはそんな臭いを気にする余裕は無い。
続いて男性は傷口に布巾を当てたまま、床に置いた道具の一つである有刺鉄線を手に持った。
有刺鉄線を青年の腹に巻いて布巾を固定するのだ。
強く縛られた有刺鉄線のトゲは青年の皮膚にくい込み、血を滲ませた。
その時はついさっきまで叫んでいた青年の口は静かになっていて、みっともなく泣くだけだった。
端から見ても悪意にまみれた行為。
痛みに消耗した青年。
でも男性は手を止めない。
次は細い針金と裁縫針を手に、男性は青年の顔に針を向けた。
これには青年も何をされるかは想像はつく。
しかし青年は叫ぶ力も首を動かす力も失われつつある。
やがて細く鋭い針は青年の目に近づけられ、青年は続く痛みに耐え抜くしかなかった。