第三話『ミラクルガールズ』――Bパート『同性愛、好きですか?』
「ずっと前から好きでした! サイン下さい!」
いきなりバカが少女の両手を『ガシッ』と握り締めて告白した。バカすぎる。
しかし、奇跡と名乗った少女にとってその反応は予想外――目を丸くして驚いていた。ついでに言うなら、このバカのバカな行動を『宣戦布告された直後、自然な流れで相手の両腕を拘束した』という感じにちょっぴり深読みしちゃってました。
だが、次の瞬間――
『私の妹に汚い手で触らないで! 穢らわしい!!』
蔑むような言葉とともに放たれた殺気にイクサは反射的に飛び退く。
ソレはヘタをしたら命にかかわっていた『矢』による『狙撃』にも軽く対処した男が恐怖するぐらいの、もうマヂで殺す気満々の殺意。
その発生源は――奇跡の背後から。
「――!? 神音ちゃん!!」
イクサはホントにいまさらながら、そこに居る精霊少女が神音に似ていると気づいた。
実は先ほどの登場シーンでは『人物』よりも『シチュエーション』に注目してしまったために、彼は精霊少女の顔をあまり気にしていなかったのである。理想の女の子によく似た顔をした相手に対しこの反応……これこそノリで生きる男の真骨頂!
『なんで私の名前を知っているのかしら? もしかしてストーカーなの? 穢らわしい! 変態! 死ねばいいのに! っていうか、なんでアナタみたいなのが生きてるの? 恥ずかしくない? 生まれてきてゴメンナサイって謝りなさい! それから死んで詫びなさい』
『……そこまで言うですか』
イクサに否は……思いっきりあったけど、それでもちょっと言い過ぎだと神音は諌めた。
だけど同じ顔をした少女は止まらず――そのまま、決定的な一言を少年に告げる。
『私は、男なんて……大ッキライなのよ』
「……あ、あああぁぁぁ――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
精霊少女の言葉に心を砕かれたイクサが膝をついて泣き崩れ……。
『……って言うか、なんで泣いてるんですか、お義兄ちゃん?』
そして、そんな情けないイクサの頭を踏みつけた姿勢で尋ねる神音。
何故踏みつけるのか? 他の女に嫌いと言われてショックを受ける恋人にムカついてさ!
「だ、だって……神音ちゃんが、俺のこと……だ、大ッキライって……」
『あれは私じゃないのですよ。あれは――』
そう言って神音は、自分によく似た精霊少女を指さし――告げる。
『一応、私達の敵? ……なのですよ』
『お姉ちゃんを敵呼ばわりするなんて、イケナイ「妹」ね――解ってるわ。言わされてるのよね。まあ、少し待っていなさい。私がそこのゲスを排除して、アナタを開放してあげるから』
いつの間にか神音まで妹扱いされていてビックリ。
ちなみに、彼女のマスターはその発言にちょっとムカッとしていたが今はスルーしておく。
「クッ……神音ちゃんと同じ顔で俺をゲス呼ばわりするなんて……イケナイ扉が開きそうだ」
『『死ねばいいのに』』
そう言ってイクサを責める二人は、本当の姉妹のようでしたとさ……。
……と、まあそんなワケで一気に混沌と化した戦場。
かろうじてマトモなのは奇跡と名乗った少女のみ――ゆえに彼女は勝利に向かって動く。
「……花音お姉様、『Y2フィールド』展開してください」
『フフ、了解よ』
マスターからの指示に軽く了承し、精霊少女がその右腕をイクサ達に向ける。
ただそれだけで――
「――ッ! ガハッ!?」
『お義兄ちゃん!?』
イクサが盛大に血を吐いてスプラッター。
何が起こったか解らずに驚く神音――彼女には何も起こっていないから、何が起こったか全然解らない。何も解らないから、ただオロオロすることしかできない。
――……肩を抱くこともできない、のです。
何もできないから、彼女は精霊である身を呪う――ネガティブモード(弱)突入。
そんな神音に、イクサは苦しみながらも微笑み、喋りかける。
「……『Y2フィールド』……おそらく、Yは百合の頭文字。神音ちゃんに効果がなくて俺がこうなってるってことは……たぶん周囲を『お嬢様が通う女学校』のような空間に作り変えるような能力。穢れ無き乙女の園――それは『汚い男』を物理的に排除する禁断領域! ここは既に男は存在することもできない百合の楽園にされちゃっているんだ!!」
『…………身体はってまで冗談言うな、なのです』
「そのとおり! これこそ花音お姉様の能力『ユリユリ《Y2》フィールド』! いますぐフィールド圏外まで逃げないと命にかかわるわよ!」
そのあんまりにもあんまりな御言葉に呆れる神音さん。
イクサの冗談だと否定しようにも、敵さんから肯定されたらどうしようもない。
事実、彼女の目の前には吐血しちゃってるイクサがいるので洒落にならない。吐血=内蔵にダメージってコトでマヂヤバです。現実逃避したいけどできない彼女の心中を察しよう。
『で、でも、なんでですか? 精霊に物理的攻撃力は……』
「神音ちゃん、葵さん達との戦いを覚えてるだろ?」
『……っ! もしかしてイメージのフィードバックですか!!』
この戦いにおいて精霊による物理的なダメージはありえない。
だが、人間とは不思議なもので精神のダメージをその肉体に反映させてしまうコトがある。
それをイクサ達はどつき漫才をする度にやってたから、よーく知っていた。
つまり、この能力はイクサにとっては命にかかわる危険な能力ということで……神音は呆れとシリアスが混じった微妙な表情で溜息一つ。テンション急降下で、もうなにもかも投げ出したい気分。だ・け・ど――
「しか~も、お姉様には能力がさらにもうひとーつ」
まだ相手のターン中なので途中退場は不可でした。
……この戦いは基本調子に乗ってる限り『ずっと俺(私)のターン』でお送りされます。
「乙女を魅了する『お姉様属性』があるのよ!!」
は~い。とても解かりやすい能力名ですね。
そして――どこかで聞いたような能力ですね。
「なんかデジャヴッ!?」
『いやぁぁん! お姉様ぁぁぁぁん』
「やっぱりかぁぁ――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」
神音さんが源氏の時と同じように速攻でオチました!
その後の展開も、あの時と同じような感じ――『フラフラ~』っと熱に浮かされたように花音の元へ行って、『フラフラ~』っとしなだれかかって甘えてる。抵抗する気皆無ですよ!
『ふふ、可愛い子ね』
『お、お姉様ぁ』
人差し指でアゴを『ツ~』っとされるのを潤んだ瞳で受け入れる神音さん。
Y2フィールドの影響下にあって身動きできないイクサには、その光景を黙って見つめる事しかできない。自分にはあまり甘えてくれない神音がデレデレになって甘えているのを見ることしかできない。でも彼女が甘えてる相手は女の子で、彼女と双子のようにそっくりで……。
「…………」
「アハハ。ショックすぎて言葉もないのかしら?」
「……双子美少女の百合っていいかも」
「フ。そこは激しく同意するわ」
敵対関係を乗り越えて心を通じ合わせ、生ぬるい空気を漂わせる男と女。
だが、悲しいけどこれは『勝負』――たとえ趣味を理解しあえる同士といえども決着をつけなくてはいけない。望むモノを手に入れるためには勝たなくてはいけない。勝者だけが夢を掴むことができ、敗者は何も掴めない。誰かを踏み台にしなければ夢には届かない。
それを理解しているからこそ、奇跡は心を鬼にして非情に徹する!
非情に徹して、イクサを踏みつける。リアルに! 頭を! グリグリっと!
「死にたくなかったら、シッポを振って逃げなさい。あの娘は私達が貰うけど」
「……絶対にノゥ、だ!」
イクサも負ければ失うことを知っているから――諦めない。諦められない。
頭をグリグリ踏まれても、『ご褒美です』と言わんがばかりに不敵に笑って、奇跡の提案を跳ねのける。でも身体がうまく動かないため彼女の足は跳ねのけない。身体が動いたら跳ねのけるのかは不明ですが……。
そんな二人だからこそ、行き着くところまで行かなければ終わらない。
そして、現状を見ればイクサの敗北は決定的で時間の問題――
『そこまで、だよ』
なハズだった。
彼と彼女が来なければ。
「だれっ!?」
奇跡が振り向くと、そこには――
「私ですか? 私は通りすがりのイケメン好きです」
『人は僕のことを「光る君」と呼ぶね』
ビシッとポーズを決めて立つイクサの幼馴染とその相方の姿。
ちなみに光源氏とは『光り輝くように美しい源氏』という意味であって彼の本名ではなかったりします。そして、大ピンチだったイクサには彼の姿がその名のとおり輝いて視えていたそうな……でも、ときめいたりはしない。ここ重要。
「……負け犬さん達がいまさら何のつもりかしら?」
一目見て彼女達を『負け犬』と呼ぶ奇跡――どうやら『図書委員』からは敗者の情報も提供されるらしい。
「ええ。アナタの言うとおり私達は敗者ですから――」
葵はイクサの方を見向きもせず、ゆっくりと前へ進み――イクサを庇うように立つ。
柔らかな微笑みを浮かべ、穏やかな口調で語りかける葵……だが、長い付き合いのイクサには彼女が静かに怒りを燃やしている事がわかった。怖いぐらいわかった。って言うか怖い。
「私達に勝った人に勝ってもらいたいって思うだけですよ。フフフ……」
――……負け犬って言われたことにマジギレしてる!?
確かにここに来た理由は口にしたとおりなのだろうが、怒っている理由は間違いなくソレだとイクサは確信した。別に確信しても悲しくなるだけで意味は無いけど確信した。
『じゃあ、今すぐその儚い願いを打ち砕いてあげましょう。期待は大きくなればなるほど、叶わなかった時にツライから、小さいうちに「プチ」っとね!』
けっこう外道なことを言いながらY2フィールドを展開・拡大する花音さん。
単体攻撃でなくマップ攻撃であるY2フィールドは回避が困難というか不可能――為す術もなく源氏もフィールド圏内にとりこまれる。
勝利を確信し、笑みを浮かべる花音。人間であるイクサですら死線をさまようその能力に源氏が、剥き出しの精神体である精霊が耐えられるわけがないのだから。
が、しかし――数秒後、そんな彼女の考えは軽~く打ち砕かれる。
『Y2《ユリユリ》フィールドが通じてない……ですって……!?』
「イケメンなら百合小説にだって登場できるのは常識です!」
『けっこう辛いけどね』
『きゃあぁぁん! 源氏様ぁん! カッコいぃ――――――――――――――――――ッ!』
鼻で「フフン」と嗤う葵さん。
彼女らしくないその態度に、彼女の怒りが見て取れる。
だが、そんな彼女の余裕は長く続かなかった――自分達に花音の能力が効かないように、相手にも『源氏の能力』が効いていないことに気づいたから。
「そんな源氏様の『魅了』が効いていない!?」
「私の花音お姉様が男なんかになびくわけないでしょう!」
『……男なんて、男なんて、男なんてーッ!!』
「なんかワケありです!?」
『きゃあぁぁん! お姉様ぁぁん! 愛してるぅぅ――――――――――――――――ッ!』
「「ちょっと黙ってなさい(です)」」
『…………ゴメンナサイです』
女マスター二人に怒られ、ショボンとする神音さん。
だけど、元を正せばこの状態異常は彼女達のせいなのでとっても理不尽。
「そうだ! 精霊に能力が効かないなら、読み手の方を狙えば――花音お姉様!」
『りょーかい』
阿吽の呼吸で能力――『お姉様属性』発動。
その能力に絶対の自信を持つがゆえに、花音の顔に笑みが浮かぶ――が、しかし、彼女達は東野葵という女の子をあまりにも甘く見すぎていた。甘く見すぎていたのである……。
『……――そんな!? お姉様の能力が効いてない!? あ、アナタ、一体何者なの!?』
「私ですか? 私はどこにでもいる遺伝子レベルのイケメン好きですよ」
『「『遺伝子レベルッ!?』」』
呆れながら驚く女性陣。
でも実際に能力が効いていない以上、無駄に真実味のある発言でした。
そんな冗談のような展開で硬直する戦況。無駄に高まるシリアスムード……そんな空気を壊すように、イクサはとりあえずツッコミを入れる。
「葵さんは御先祖様に謝った方がいいと思うんだ」
「何を言ってるのですか、イクサくん? ウチは『源氏物語』を家宝にしてる家系ですよ」
「言われてみればたしかに! ……オジサンもジッチャンもかなりのイケメンだったよ!!」
「ウチの母と祖母はイケメンじゃない男性とは口も聞かないのです」
「え、俺には普通に喋ってくれるけど?」
「イクサくんはお母様達から見て最低レベルでギリセーフな『残念イケメン』ですから! 私が良いのをつかまえられなかった時のために、優しくしてキープしてくれてるのですよ。娘を思う親心……必要ないけどありがたいですよね」
「……俺の幼馴染が家族ぐるみで残念すぎる」
残酷な真実に人を信じる心を失いそうなイクサだった。
だが、とりあえず今は彼の信じる心よりも花音の能力が葵に効かないことを喜ぶべきであろう。イクサの犠牲は無駄じゃない……そう思わないといくらなんでも不憫すぎるわ。
結局、一人の少年の心を犠牲にしただけで、膠着した戦況に変化はなかった。
だが、源氏も花音も相手の能力の影響は受け続けている――何もしなければ能力の強いほうが勝つだろうが、どちらの能力が強いかは実際に試してみないと解らないという消耗戦。解っているのはこのままだとイクサは確実にお陀仏ということだけ。
それが解っているから――源氏は少々焦る。イクサへの好意ゆえに焦っていた。
『……拮抗してるね。どうする葵さん』
「長期戦ですか? 望むところです」
「望んでいいの? そのイケメンはともかく、そっちの残念イケメンなお兄ちゃんはあんまり持たないよ?」
「望むところです!」
「望むの!?」『望むのですか!?』『望むわね』「望むなーッ!」『望んじゃだめだよ』
賛成2、反対2、無効2で先延ばしされました。良かったね。
でも、時間が経つほどイクサは消耗していきます。イクサのライフはもうレッドゾーンよ!
そんなワケで、自分の命を守るためにイクサは考えた。思いっきり考えた。いかにして神音とイチャラブするのかと同じレベルで考えて……………………打開策をひとつ、思い出した。
「……ねえ、神音ちゃんの能力を使えばこの状況を壊せないかな?」
『……「ないかな?」と言われてもですね……、その、私は……』
「いいか、神音ちゃん――」
神音の肩を『ガシッ』と掴み、真っ直ぐ瞳を合わせるイクサ。
見る者全てを誤解させる神技パントマイム炸裂! この場面でソレが必要なのか? と聞かれれば必要だと答えよう。何故なら――
「――キミにならできる」
『――ッ! はい、です』
こんな感じに弱気な娘の背中を押すのに雰囲気作りはとても重要だから!
イクサの演出した空気に見事に流された神音は、瞳を閉じて、両手を祈るように組む。
かって葵が分析した神音の『信じる相手に奇跡を与える能力』――凄いけど凄くないと断言された物理的には役立たずな能力。しかし、物理的にではなく精神的になら? 例えば、同じ精霊にその能力を使ったのなら……。
『信じるアナタにキセキを――』
瞳を開き、両手を源氏に向けて掲げる神音。
その身体から極彩色の光が放たれ、源氏を包み込む。
ちなみに葵達への合図とかは何もなし――ゆえに葵はモチロン、対峙していた奇跡達も驚きに動きを止め状況を見守る。
『うおおおおおおおぉぉぉぉ――――――――――――――――――――――――――ッ!』
光の中から聞こえる源氏の叫び――瞬間、光の中から、その服装を平安貴族らしくないカジュアルなモノから平安貴族らしい豪華絢爛なモノへ変えた源氏が顕れる。
『光源氏・太政大臣モードッ!』
「「「『『変身した――――っ!?』』」」」
人間も精霊もみんなビックリ。
もちろん花音もビックリして、一瞬その能力を止めてしまい……勝機到来!
『くらえ、必殺――ゲンジ・フラッシュっ!!』
「「「『『光った――――――――――――――――――――――――――ッ!?』』」」」
輝く笑顔炸裂! その価値はプライスレス!!
眩い光がこの戦場に集った全員を包み視界を奪う。
そして、光が治まった後そこには――
『きゃああん! ゲ・ン・ジ・さまぁん』
「素敵です~。源氏様~。抱いてくださいなのです~」
ダメダメに魅了されたイクサの味方(?)二人と、源氏の『魅了』に抗った結果、精神を限界まで削って立ち往生……訂正、立ったまま気絶している奇跡の姿。
そんな最後の最後まで己の愛に殉じて抗い続けた誇り高き少女に対しイクサは「俺も死ぬ時はかくありたいものよ」と、感動の涙を流しながら敬礼を贈るのだった……。
――……サヨナラ、ミラクル先生。貴女のことは絶対に忘れない!
●平成二十三年七月七日(木曜)午後三時――暁学園、校舎裏。
「……私の負け、ね」
「えっと……ホントにいいの?」
イクサが確認するのも当然といえば当然だろう。
葵達の参戦で二対一という形になってしまった以上、公平な勝負とは言えない。しかも相手は女の子。これで勝ち誇れたら漢としてダメすぎる――と、考えるイクサに奇跡は言う。
「アナタはスーパー戦隊が五人がかりで悪役をボコるのを卑怯だって責める? 違うでしょ。悪役は一人でも勝てるって自信があるから一人で戦ってるの。それは『悪』の誇りなの。勝者を責めるのは敗者への侮辱。勝者を貶めることも、敗者に鞭打つことも私の乙女のプライドが許さない」
乙女というより、むしろ漢らしい……彼女がタチでお姉様がネコに一票!
「じゃあね。もう会うこともないでしょう」
そう言って奇跡は夕日に向かって歩き出す――が、そうは問屋がおろさない。
「って、待てい! 『会うこともないでしょう』はダメだって! 神音ちゃんを人間にする儀式には参加してもらわないといけないんだから、せめて連絡先ぐらい教えてよ!!」
「お断りよ! 男に連絡先教えるなんて絶対にノゥッ! ストーキングされちゃう!!」
……その後、連絡先は葵さんが教えてもらうという事でその場は落ち着きました。
これでイクサ達の三連勝。
神音を人間にするために倒すべき敵は――残り一組。