人類防衛軍VS病魔
学生達が無事建物に退避して、十人程度の人類防衛軍しかいない渋谷駅のロータリーにて。
バッサバッサと黒い羽根を上下させながら、青い空から舞い降りてきたのは、天使でも悪魔でもなく――虎だった。
黒と紫色の縞模様で、腹の部分が白。トラックと見紛うほどの規格外な巨躯。人間の頭を丸呑みできそうなでかい口を開けて、鋭い牙を覗かせている。その口から、低い唸り声が漏れる。額には、ビー玉より一回り大きい透明な玉が埋め込まれていた。
カナハは、虎という生き物を生で見た事はなかった。人間以外の動物は全て、大災害があった後、死んだとされていたからだ。
しかし、生で見た事がないカナハだが、生物の教科書では虎の姿を見た事があった。
(でも、あれは、教科書の虎と明らかに違う……!)
黒紫色の化け物は、四本の足でバスの上に立った。「GRYAAAAAAAAAAAAA」と耳を劈くほどの咆哮を上げると、新人類防衛軍達へ次々と襲い掛かる。
カナハも応戦しようとしたのだが――
「ヒィイイイイイイイイイイ! びょ、病魔だあああああああああああ! た、助けてくれえええええ!」
陽炎が突如叫ぶと顔を真っ青にしてバイクの上で縮こまり、左腕を押さえながら、「痛いよっ……痛いよっ……」と涙を流している。
いつも笑顔を浮かべている彼の、こんな姿を見るのは初めての事だった。
「陽炎くん! 一体どうしたの!? って、えっ……!? どうして肘から先がないの!?」
彼の側に寄ったカナハは、そこで初めて気づいた。半袖の制服から伸びているはずの陽炎の左腕が、肘から先が失われていたのだ。
「危ない、カナハッ!」
突然突き飛ばされて、カナハはまともに受け身を取れずに地面を転がった。
直後、カナハが立っていたところに、虎型の病魔が旋風を巻き起こしながら、突撃したのだ。地面が抉れ、破片が飛び散り、その一部がカナハの顔を横切る。瞬間、頬からすーっと血が垂れた。切ってしまったようだ。しかし、傷は浅いようで、痛みはない。
「二人とも平気っ!?」
叫ぶと、その時、ブロロンッ――と遠くの方でバイクのエンジン音が聞こえ、「こっちは平気だから! あんたは大丈夫なの!?」と声が返ってくる。逃げ切れたようだ。
安堵するのも束の間、ぐるりと方向転換した虎は、獰猛な赤い瞳をカナハに向ける。
口を空けて、血のようなグロテスクな赤い舌を出す。その舌の先から涎がだらりと垂れてコンクリートに落ちると、じゅわりと音を立ててコンクリートが溶けた。
「逃げなきゃっ……!! ……痛っ!」
起き上がり走ろうとしたのだが、足にピシっとした痛みが走る。地面に突き飛ばされた拍子に、足を捻ったらしい。苦痛で顔が歪む。
「誰か助けてっ! 足を捻って動けないの!」
必死に助けを呼ぶも、十人程いた人類防衛軍達も、虎との戦闘で傷を負って動けなくなっていた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA]
と虎は天に向かって叫び、カナハの元へゆっくりとした足取りで近く。そして、鋭く尖った爪を生やした前右足を天高く振り上げ――
「《暴飲暴食》――対象はバス一台。わたしの壁となって!」
――るよりも早く、カナハは能力を発動する。ロータリーに止まっていた無人のバス一台がカナハのところへ――まるで磁石に吸い寄せられかのように勝手に飛来すると、そのバスはカナハと虎の間にすっと割り込む。まるで、カナハを守るように。
振り下ろした虎の足は、バスを真っ二つに壊した。ガラスや機体の破片が飛び散り、カナハにそれらが降り注ぐ。
「きゃっ!」
悲鳴を上げて、咄嗟に頭を両手で覆う。手の平サイズのガラス片が、カナハの腕に刺さり、激痛が走る。
「だ、誰か……! 助け、てっ……!!」
何度目かの応援要請を呼ぶも、それに応えてくれる人間は未だに現れないのだった。