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一ノ瀬カナハ

 ここから先が《新時代(しんじだい)》の幕開けである。

 

 新平成百四十九年の七月二日の金曜日。

 この頃になると人々の記憶から恐怖は薄れ、平穏な暮らしを送れるようになっていた。

 

「行ってきまーす! お父さん、お母さん!」

 少女は元気な声を上げて、家から飛び出した。

 一之瀬(いちのせ)カナハ。腰辺りまで伸びた赤茶色の髪を一本に結び、それを肩の前に下ろしている。小柄な体躯で、ぱっちりお目々が印象敵で、控えめに盛り上がった二つの丘は、制服の上から存在感を主張しようと頑張っている。雪かと見紛うほどの真っ白な手がすらりと伸び、弓のように流線を描く足が地を蹴る。首には、《アブソーブ》と呼ばれている首輪のような装置を巻いている。

 カナハは新平成八十五年生まれの十五歳。大災害の恐怖を経験していない、新時代の人間だ。だが、そういった事実があった事を、歴史から学んで知っていた。

「熱いよ、太陽さん……! これじゃあ、肌が荒れちゃうよ! 干涸らびちゃうよ!」

 通学路を駆け抜けるカナハは、ひさしを作りながら空を恨みがましく睨みつけた。

 雲一つ無い澄み切った青空には、丸い太陽が燦々と輝いており、日の光がカナハの白くて柔らかな肌を容赦なく直射する。

 カナハが踏む地面は、正確には大地の上ではなく、空中を移動する都市の上だ。地上とさほど変わりない。むしろ、台風や地震や津波といった自然災害がない分、空の上は地上よりも快適な生活を送れるのだ。

「焦らなくてもまだ大丈夫かな……」

 立ち止まり、カナハは鞄から生徒手帳を取り出して、広げる。それは、旧時代の産物であるスマートフォンの仕組みを、手帳に転用したものだった。画面の右上には、七時二十分と表示されていた。電車の到着時間は七時三十分。ここから駅までは十分も掛からない。まだ余裕がある。なので、歩く事にした。

 住宅街を抜けて、大通りに出て、ひたすら歩き続けていると、最寄り駅の世田谷駅に着いた。

 予め予約しておいた一人乗り用の電車に、カナハは乗客する。

「旧時代の暮らしってどんなのだったのかな……。そういえば、旧時代の電車は、一つの車両に何人もの人間が乗っているんだっけ。みんなと同じ場所を共有するなんて、今考えたら不思議……。きっと、旧時代は人との関わり合いが親密だったのかも」

 歴史の授業で習った事を思い出した。

 カナハは何も知らない旧時代の事を想像する事が好きだった。それだけで、頬が緩んでしまう。旧時代に憧れを抱いていたのだ。

『次のニュースです。今朝未明、渋谷区の駅前にある機械量販店で、《超能力者》による強盗事件が発生しました。現場は一時騒然としたものの、《人類防衛軍(ホライゾン)》の手により無事、超能力者を逮捕したとの事です。次のニュースです』

 その楽しい雰囲気を壊したのは、電車内に流れる映像だった。

 座席の前にテレビサイズぐらいのモニターがあり、そこには深刻な顔をしたニュースキャスターが映っていた。

「また、《能力者(ミュータント)》による事件……! どうして、人は過去に死ぬような思いをした事があったというのに、こんな酷い真似が出来るの! 世界の平和が一番なのに!」

 握り拳を作り、窓を思いっきり叩いた。ドンっ! と軽い音がした。

 カナハは本気で怒っていた。本気で嘆いていた。本気で悔しがっていた。

「こういう人達がいるから、また能力者の偏見が増すんだよ……。どうして、その力を人々のために使わないの……」

 カナハは悲しげな表情を作った。

『次のニュースです。明後日で各国の空中都市が百周年を迎えます。それに伴い、《アメリカワシントンB・C》が日本東京と都市連結をする予定です。なお、このように記念日の日に国同士が連結するのは初めての試みで、アメリカワシントンB・Cと日本東京の友好関係の強化を世界各国に見せつける狙いがあるのではとの事です。――ニュースは以上です』

 ニュースを見続けるのを躊躇われ、カナハは窓の外の風景を眺めた。

 視線の先に、巨大な時計塔が見えてきた。

《イノチの(とう)》。

 それは、日本東京の中央に建てられた、日本東京最大の建築物である。全長五百メートルあり、全体が筒のような円い形をしている。頂上には、時計塔の特徴であるアナログ式時計が、時を一秒の狂いもなく刻んでいる。

 イノチの塔は時計塔であるが、時計はあくまで付属で、建てられた理由は別にある。

 平成の時代に建築されたこの塔は、人々に装着を義務づけられたアブソーブから人々の生生命力を吸収し、その吸収した生命力をエネルギーに変えて都市を稼働させているのだ。

 人の命と同等、もしくはそれ以上に大切な建物なのだ。

 また、生命力が現在どのくらいあるのか人々に分かりやすく伝えるために、時計の真下には、温度計のように100~1の目盛りが表示されている。

 今は、94・5%と高い値を示していた。

 カナハは駅に到着するまで、塔をぼーっと見詰めていたのだった。

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