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司倉理事長

「本当にそれで良かったのかねぇ……、獅子屋先生」

 と、女性の溜息を零しながら言う。

 神楽はカナハ達を解放した後、理事長室に訪れていた。理事長室は学舎の最上階、三階の中央に位置している。

 室内はだだっ広く、二部屋分の面積を有している。部屋の四隅には、全長二メートル程の観葉植物が置いてあった。右手の壁際には硝子張りの棚があり、その棚の中には生徒達が獲得した数々のトロフィーが並べられていた。左の壁には、今まで第二学舎の理事長をしていた人物の顔写真が額縁に入られて、飾られてある。

 視線を前に向けると、高級そうな木彫りの机に肘を突き、組んだ両手の上に顔を載せている女性の姿があった。

 彼女がこの学舎の現理事長。名を、司倉美結(つくらみゆ)という。美結は、理事長にしては珍しく女性の方で、今年で齢五十歳を迎える。だというのに白髪は一つもなく、若々しい風貌をしている。ぴっしりと着込んだ高そうなスーツは、彼女の威厳を体現しているかのようだ。

 第二学舎の理事長は少々特殊で、高校と中学に一人ずつおり、美結は高校の理事長だ。

 神楽は、先程の事を理事長に説明していた。

「後悔をしていないと言ったら嘘になりますが、これが最善の策かと……」

「そうかもしれないねぇ。でも、些か急すぎるというものだよ。しかもわたくしに相談無しに話を進めたのは、頂けないねぇ」

「申し訳ございません。相談しようとは思っていたのですが、独断でしてしまいました」

 事は一刻も争う。もたもたしている内に、あっという間に事態は取り返しが付かなくなってしまうかもしれない。そうならないために、神楽は自己判断で話を進めてしまった。

 そう、神楽はカナハ達に嘘をついたのだ。本当の事も一部あるが、それ以外は全て作り話。

 つまり、神楽は自らを慕う生徒を、大切な子供達を手塩に掛けたのだ。

「どうしてそんな真似をしたのかねぇ、獅子屋先生。特別な理由とやらがあるんだろう? でなければおかしいからねぇ。このわたくしに話してくれないかな?」

「それは……残念ながら出来ません。外交官を自らの意志で辞職し、それから路頭に彷徨っていた私を拾ってくれた命の恩人とも言うべきお方でも、話すわけにはいきません……」

 視線を底に向けて、神楽は言った。美結の顔を見てられなかった。彼女にNOと突き付けたのは初めての事だったからだ。罪悪感が募る。後悔が押し寄せてくる。自分を責めたくなる。

 何か言われるだろうと身構えたが、美結は「ふむ……」と発しただけだった。

「そこまでして頑なに拒むのかねぇ。――でも、大体の事は理解したよ。わたくしでも……いや、人類のほとんどが知らない何か大きな事が裏で起きていて、それに獅子屋先生が荷担しているのだね?」

「……」

 何も言えなかった。彼女の言葉通りだったからだ。

 沈黙を是と受け取ったのか、彼女は「それは、このわたくしでも解決出来ない事なのかねぇ?」と聞いてきた。

「おそらく無理ではないかと……。これは、私とそしてこれからの未来を背負う彼らが役目を果たしてくれるはずです」

「なるほどねぇ、だから多少強引だったけれど彼らに話を進めたわけねぇ……」

「そういう事です……。どんな責任も私が全て負います。司倉理事長に教師を辞めろと命じられたのであれば、素直に従います。そのぐらいの覚悟は出来ています」

「責任ねぇ。老婆心から言うが、責任というのは一人で負えるものでないよ。そんな立派な人間はこの世に誰一人として存在しない。そんなのがいたとしたら、神か化け物ぐらいかねぇ。子共の責任は親が負う。親の責任は、そのまた親が負う。そして親の親の責任は、親の親の親が負う。そういう風に、世界は出来ている。……この学舎の親はわたくしで、子共は貴方達全員という事よ。だから獅子屋先生が負う責任は、わたくしが請け負う」

 下を向いていた神楽は、彼女の言葉を聞いて、ばっと面を上げた。

「司倉理事長は、私の愚行を許すのですか……?」

「許す許すまい以前に、獅子屋先生は悪い事をしたのかねぇ? 確かに生徒やわたくしを騙したのはいけない事だよ。でも、それはこれから起こる大きな事件を解決するためなのだろう? 必要な事だったんだろう?」

「それは、はい……そうだと思います」

 と、小さく頷く。

「なら、責める理由にはならいよねぇ。むしろ、良くやったと褒めたいよ」

 暖かい微笑みを浮かべる、学舎の最高責任者。美結は何に対しても一枚上手だった。神楽が彼女に言葉で勝った事は一度たりともなかった。それは、神楽が美結と出会った頃もそうだ。教師という前職からかけ離れた職業を選んだのも、彼女の巧みな話術に乗せられたからだ。

 ――そして今回も同様に、神楽は理事長の言葉に納得させられていた。

「……ありがとうございます、司倉理事長」

 深く、誠意を見せるために、長く頭を下げた。


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