チームの解散そして・・・
時刻は、十二時十三分。場所は、三階の一番端の部室。
そこは空き教室となっているため、今はもう誰にも使われていない。けれど定期的に清掃が入っているのか、中は綺麗だった。しかも、隣の教室は化学準備室で、人の気配は皆無。話し合いには打って付けの場所だ。
「あの……私達を呼び出した理由って何ですか……?」
カナハはおずおずと聞く。神楽は「入り口の前で立っていたら話にならないから、とりあえず席に座れ」と促した。
言う通りにしないと話をしてくれなさそうだったので、カナハ達は教壇近くの席にそれぞれ座った。
神楽は授業の続きだと言わんばかりに教壇に立つと、切れ長の瞳をこちらに向けた。
「お前らを呼び出したのは他でもない。――この際だから率直に言うが、メンバー調整をする」
言った直後、その場から驚きの声が複数上がった。ただ一人、刹那を除いて。
「ちょっと待ってください! それってつまり、チームを解散するって事ですかっ!?」
遙が席を勢いよく立ち上がると、たっぷりと育った豊満な胸と手入れの行き届いた髪が揺れる。
「物分かりが良くて助かる。頭の回転の速さが、悠木の良いところだ。……だが、お前は直ぐに人様に喧嘩を売る癖がある。それが仇となっているところが残念だ。そこを直せばお前は美人だし、多くの男性にモテると思うがな」
冷静に対応する神楽とは違って、遙はぽっと瞬間湯沸かし器のように顔を赤くし、顔を伏せた。長い髪に隠れていたため、今どんな表情をしているのか分からない。
不自然な行動が気になったのだろう、陽炎が隣の席に座っている遙に「どうした?」と心配そうに聞くが、彼女は「こっちを見ないで! 見たらその眼鏡かち割るから!」と言った。
「よく分からないけど、そこまで言うなら見ないようにするよ……本当にやりそうで怖いからさぁ」
あはははと苦笑いしながら、彼はズレた眼鏡の位置を直す。
カナハは彼女達の、微笑ましい遣り取りを見ながら、遙と神楽の話を整理した。
「大体の予想は出来ていますが……、もしかして私は彼と……その、黒道くんとチームを組むのですか?」
ちらりと隣に座っている刹那の顔色を窺う。彼は、いつの間にか本を読んでいた。
その本は『死んだ人間を蘇らせる方法』というタイトルで、そういえば教室に来た時も読んでいたような、とカナハは記憶を手繰り寄せた。
そして、彼が自己紹介した時の事も思い出した。
刹那は、能力者が嫌いな物だと言っていた。今後一切俺とどうか関わらないでくださいとも言っていた。
そんな事を言われたぐらいでカナハは彼を嫌ったり、彼と一緒のチームになりたくない、と思ったりはしない。むしろ逆で、どうやったら能力者を好きになってもらえるか、どうやったら生徒達との交流を増やせるか、を考えて、カナハはそのためなら頑張ってしまう。
親友の遙に「あんたはアニメに出てくるお節介焼きの幼馴染かって!」と指摘されたぐらいである。だから、カナハは刹那とチームを組む事に異論はなかった。
しかし、問題はカナハではなくて――刹那の方だ。いくらカナハがチーム組みたいと思っていても、彼が拒否すればチームは組めないのだから。
神楽はカナハの問いに、うんと頷く。
「そうだ、そういう事だ。そして、悠木と宮下の二人が新たなチームメンバーとなる」
「ちょ、ちょっと! それはいくら何でも急過ぎませんかっ! こっちは心の準備が出来てないんですから!」
と、遙は声を荒げて言う。
「それに、いろんな問題が発生しますよ! チームの名前はどうなるんですか? チーム評価は? 順位は? どうしてあたし達に相談もなしで、勝手に決めるんですか!」
「そう立て続けに質問を重ねるな。お前らの知りたい事は、出来るだけ答えてやる」
一呼吸おいてから、神楽は説明し出した。
「先に断っておくが、これは私が決めた事ではないんだ。人類防衛軍の上層部の人間が提案して、それを理事長に相談を持ちかけ、そして理事長が私達教師に内容伝えてみんなが話し合った結果だ。とはいえ、私も直ぐにお前らに伝えた方が良いとは思った。だが、刹那がいた方が効率的だと判断したからこうしたんだ。お前らに伝えるのが遅くなってしまったのは、本当にすまないと思っている……」
頭を深く下げる神楽。ポニーテールにした髪が揺れていた。
真摯な謝罪を、しかも何の罪もない担任の教師にされたら、いくら遙でも彼女を責める気にはなれないでいた。
けれど、彼女の説明には納得しきれていないのか、悔しそうに握り拳を作っている。
「ずっと……ずっと三人でやってきたんです。楽しい時も、辛い時も、嬉しい時も、悲しい時も、苦しい時もどんな時だって一緒だったんです! 他のチームとは違って、三人で一つのチームなんです! それなのにチームが解散するなんて……考えられないって!」
最後の方は、声に涙が混じっている。その時初めて、カナハは遙の本音を耳にした。
それだけではなく、彼女の涙を見るのも初めての事。あの気丈で誇り高い遙が、まさか人前で泣くとは思いも寄らず、衝撃が走った。
「遙ちゃん……」
とカナハは呟く。席を立ち上がり、俯いている彼女の傍に寄り、頭を優しく撫でる。
遙の特徴とも言える長くて綺麗な髪が、今は光沢を失い、ボサボサになっている。まるで、彼女の心情を表しているかのように。それをカナハは丁寧に直してあげた。
「……僕は、決定には逆らおうとは微塵も思わないですよ。喧嘩とか争い事はあまり好まないので。ですけど、一つだけ言いたい事があります。僕も悠木と同じ気持ちです。チームが解散するなんて、今でもなお信じられないです……」
と、陽炎は神楽に、訴えかけるような瞳を眼鏡の奥から覗かせる。
「陽炎くんまでも……。みんなありがとう。……私も二人と同じ気持ちだよ。二人と離れ離れになるのは絶対に嫌。――けど、ここでずっと立ち止まっていても駄目。何も変わらないし、変えられない。前を向かないとっ! 一歩を踏み出さないと! 人っていつかは離れ離れになってしまうものだから……。それにっ! 今生の別れでもないから。この学舎にいる限りいつでも会えるから、だから……ねっ? 二人とも悲しい顔をしないで」
微笑むと、遙と陽炎は「「分かった……」」と同時に小さく頷く。しかし、悲しみの色は色濃く顔に残っていた。
「カナハのお陰で少しは怒りが収まったけど……。でも、まだ納得してないから」
遙は、気持ちを落ち着かせるように、カールした毛先を指先で弄りながら言う。
「それで……これからどうするんですか? 獅子屋先生」
そう問われて、神楽は弾かれたように面を上げた。その目は驚きからか、少しだけ大きくなっていた。あの遙かが文句の一言も言わなかったからだろう。
途端に神楽は顔を横に背ける。どうにもカナハには、申し訳なさからというよりは、隠し事がバレないよう懸命に隠しているかのように見えた。
何か裏があるのではないか……。と、思い始めると、思い当たる節がいくらでも頭の中で甦る。
高校一年生の二学期の始まりからカナハの横に置いてあった机と椅子。空き場所はいくらでもあったのに、わざわざカナハの横に置いていた。しかもそこの席は、後々刹那が座った。今思えば、あまりにも出来過ぎた話だ。
それだけではない。神楽の発言もよくよく考えてみれば、おかしな事だらけだ。
人類防衛軍の上層部というお偉いさん方が、何故、防衛軍候補生であるカナハ達の事で話あっていたのか。しかも、三人組のチームは異例の事態なのだ。新時代になってから連綿と続いている第二校舎の歴史の中で、初めての事例だろう。
その特例を認めたという事が、そしてチームが解散するまでの事が、何もかもが裏で糸が引かれていたのではないか、とカナハはそう思えてきた。
あくまで予想であって、事実かどうかは定かではない。
だから、問い質そうとしたのだが――それよりも速く、神楽が話を切り出した。
「ああ……先も言った通り、悠木と宮下チーム、そして一之瀬と刹那チームに分かれてもらう。そして、チーム評価と順位についてなのだが……これは少々特殊で、ある事をしてもらって、どちらかのチームに《凹凸》の評価と順位を譲渡する」
「……つまり、片方のチームは一から何もかもやり直すって事ですか、獅子屋先生?」
声を震わせながら問う遙に、神楽はそうだ、と冷静に返した。
「お前らには酷かもしれないが、これも決まった事だ。今更変える事は出来ない」
「そんな……!」
遙の顔が見る見る内に真っ青に染まっていく。
それもそのはずだ。要は、神楽は人類防衛軍の資格を剥奪すると言っているようなものなのだ。人類防衛軍になるために、第二学舎に入学したカナハ達にとって、それはもはや死と同義。
しかも、遙は人類防衛軍に異常なまでの執着心を持っている。彼女の両親は共に超能力者であり、今はもう引退したらしいが、どちらも人類防衛軍で大活躍した人物だと聞いた。
遙は、生粋の超能力者なのだ。
だから一族に、人類防衛軍以外の者が輩出する事は、恥だと不名誉だとあり得ない事だと思っているようで、今回の一件は彼女にとって余程衝撃の大きい出来事だったようだ。
「獅子屋先生。そのある事って、一体なん何ですか……?」
彼女の発言の中で、カナハはずっと引っ掛かっていた言葉を口にする。
神楽は勿体ぶるように、一呼吸してから説明する。
「とある事というのは、簡潔に言ってしまえば、お前ら二つのチームが戦うのだ。勝ったチームがノットフラットの評価と順位を引き継いでもらう。負けたチームは……言わなくても分かるな?」
「なっ、何それ! どうして仲間同士で争わなければならないのよ!」
一転して、遙は眦を釣り上げて、怒りを露わにする。
そんな彼女を、神楽は糾弾するかのように切れ長の瞳で見据える。
「我々の学舎は、他の学校とは違って特殊な授業がある。それは、練習訓練と呼ばれているものだ。病魔といざ対面しても怖じ気づかないように、直ぐに臨時態勢に移せるように、訓練で得た経験を活かせるようにするためだ。お前らも練習訓練を何度もやった事があるから知っているだろう。その練習訓練で悠木はクラスメイトと戦っていたが、それについて何とも思わないのか? しかも、練習訓練で勝ったチームは評価と順位が上がると聞いたお前は、人一倍対抗心を剥き出しにしていたな。だというのに、一ノ瀬にだけ贔屓するのか? 一ノ瀬以外のクラスメイトは仲間ではないのか……? どうなんだ?」
痛いところを突かれたのか、何も言えなくなった遙は歯を食いしばって横を向く。
「これ以上言い争っても利益には繋がらない。兎に角、そういう事だ。チーム対抗戦は、明日の午後の練習訓練の際にする。異論はないな?」
そう問われて、部屋は水を打ったようにしんと静まり返った。
「ああ、そうだ。もう一つ、お前らに重大な事を言い忘れていた」
この期に及んで、一体何を言うつもりなのか。カナハは不安と警戒心とほんの少しの期待を込めた瞳で、神楽を見た。
「一ノ瀬、今日からお前は刹那と同じ寮の部屋で寝てもらう」
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