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新チームの誕生

「今日は新時代の歴史と、それの関連づけで地球や病魔や日本東京についての事をおさらいする。刹那にも分かりやすく説明するが……お前なら全部知っているかもしれないな」

 黒道刹那の衝撃的な発言後、何事もなかったかのように、歴史の授業が始まった。

 獅子屋神楽は、教壇で熱弁を振っている。一ノ瀬カナハ以外の生徒達は真剣な眼差しで神楽の言葉を聞き、一字一句逃さぬようタブレット端末にタッチペンで筆記していた。

 けれど彼らとは違って、カナハはそれどころではなかった。

 カナハの席は窓際の列の一番後ろ。そこは生徒の間では快適さ故に特等席と呼ばれている場所だ。

 今の時期だと窓から気持ちの良い風が侵入する。春になると暖かい日差しが差し込み、秋は学校に咲く木々の紅葉が望める。冬場になればゆらゆらと降ってくる雪を最初に見られるだろう。更にカナハの席は教室の一番端にあるため講師の目が付き難く、だから授業とは違う事をしても、あまり気づかれない。だから、生徒の間では特等席と呼ばれている。

 しかし、今のカナハにとって、快適さとは無縁だった。

 カナハの前には悠木遙が座っており、くるりんと外に跳ねた長い髪の毛が見える。彼女の隣では――カナハから見ると右斜め前には、眼鏡の位置を直しながら黒板を凝視している宮下陽炎の姿がある。

 問題は、カナハの隣の席だ。ちらりとそちらに目を向ける。

 タブレット端末の操作に慣れてないのだろう、ぎこちない手付きでタッチペンを走らせる生徒――黒道刹那がいるのだ。

「ああ、そうそう。刹那は一ノ瀬の隣の席だ。そこしか席が空いてないからな。一ノ瀬は面倒見が良いと生徒達から聞いている。こいつをよろしく頼むぞ」

 と、神楽が言ったせいで、このような状況になってしまったのだ。

(誰だって、あんな事を言われたら断られるわけがないよ……。ううん、私が断れないと分かっててあえてそう言ったのかも……。もちろん断る気はなかったけど)

 一人で勝手に納得していると、「おい、一ノ瀬!」と突然名前を呼ばれた。

「は、はいっ!?」

 驚きのあまり、カナハは勢いよく立ち上がる。

「ぼーっとするな! ここが戦場でなかったからまだしも、もしそうだったとしたら、お前は真っ先に殺されていたぞ! 上官の命令を聞かずに身勝手な行動を起こし、敵陣に突っ込んで無駄死にだ。今度から人の話はしっかりと聞け? いいな?」

 神楽からお叱りをもらうと、カナハは「はい……」と返事をして、その場でしゅんと項垂れた。隣の刹那に視線を向けたけれど、彼はカナハに目もくれず、黙々とタブレット端末を弄っていた。

「それじゃあ、特別にもう一度だけ説明してやる。何故人間は空での生活を選んだのか? この問いに答えてみろ。常日頃から予習、復習をしていれば分かる問題だ」

「えっと……その昔、地球が生物も無生物も滅ぼしてしまう《毒素(ベアトレイアル)》を地表に吐き出しました。人類は地上での生活を諦めざるをえなくなり――だから空での生活を余儀なくされました」

 カナハは授業で習った事を記憶の引き出しから引っ張り出して、何とか答えた。神楽は教壇で深く頷く。

「そうだ、その通りだ。――では、続けて質問だ。何故、地球は毒素(ベアトレイアル)を吐き出した?」

「……ごめんなさい、分からないです」

「これも授業で教えたところだぞ……? もしかしてまた居眠りして、私の話を聞き逃したのか、お前は……?」

 ううう……だって、過去の歴史を夢想するのは好きだけど、歴史の授業は根本的に苦手なの、とは言えなかった。しかもこの席、暖かくて睡眠に最適だから、とも言えなかった。

 下を向いたまま黙っていると呆れたのだろう、神楽は溜息を吐いていた。

「おさらいするためにもう一度話をするから、一ノ瀬以外の生徒もしかと聞いておけ。地球が毒素(ベアトレイアル)を吐き出した理由、それは星が意識を持ったからだとされている。いつから意識を持ったのか正確には分かっていないが、私の予想では、地球は私達人間と同じように成長していく過程で――年月を経ていく内に宿したのだろう」

 一旦言葉を区切ると、ここからが本題だと言わんばかりに、神楽は今まで以上に真面目な顔する。

「意識を宿した地球は、己の身体が酷く汚れている事を知ってしまった。だから動物や植物、菌類、原生生物、更には人間が苦労して作り上げた文明、文化、遺産といった不必要な物を排除するために毒素(ベアトレイアル)を噴出した。そうして穢れきった身体をリセットしたのだ」

 しかし、と神楽は言って、背後にある銀幕サイズのタッチパネルに、タッチペンを使って『人類』と書く。そして、その文字を強調するようにフォントを大きくし、何回も円を囲むと振り返る。ポニーテールの髪が彼女の動作に合わせて揺れた。

「私達の先祖の時代は津波や地震、火山噴火や暴風、吹雪や干ばつといった《自然災害(カラミティ)》が各地で発生していた。先祖はその現象を、地球が警告を発しているのではないか、と推察したのだ。これ以上身体を汚染するならばただではおかないとでも言うように。このままでは地球に殺されかねない、と危機感を覚えた旧時代の人達は、空へ退避する事を選んだ。その結果空中都市が造られ、そこで人々は暮らすようになり、今に至る」

 そう……人類だけが生き残りを賭けた戦いに勝ったのだ! これは快挙なんだ! と神楽は力強い口調でそう言い放った。

 カナハは何故だかそれが、生徒に向けた言葉ではなく、ここにはいない他の誰かに伝えているように思えた。

 生徒達の困惑した態度を察したのだろう、神楽はごほんと咳き込んでから続ける。

「しかし、敵も一筋縄ではいかなかった。星は……お前らもなじみ深い言葉と言ったら変だが、病魔(アポストル)と呼ばれる災害と同じぐらいの脅威を差し向けてきた。毒素は千メートル以上噴き上がらないから、空中都市に逃げた私達を殺せないと悟ったのだろう……。その病魔だが、《混合物(キマイラ)》である事が特徴だ」

 混合物。生物から非生物までが組み合わさった、異様としか言いようのない存在。種類は豊富で、動物と動物の病魔や、植物と重火器の病魔や、細菌と動物の病魔などその数は幾通りもある。神楽の話では、五千種類以上の病魔がいるそうだ。

 このような姿になったのは、地球が毒素でありとあらゆるモノを滅した時に、そのモノの情報を汲み取ったからだとされている。

 カナハが今朝方見た病魔は、虎と鴉とが掛け合わさったキマイラだった。 

 第一次病魔襲来の際は、生物と非生物のキマイラ――ゴリラと自動式小型銃(アサルトライフル)が組み合わさったような病魔が多くいたとされ、それにより日本東京は大打撃を受けたらしい。

 というのも当時、カナハは十一歳だった。人類防衛軍や親に守られていたため、周囲で何が起きているのか、皆目見当もつかなかった。どうしてみんな頭を抱えて怯えているのだろう、とどこか他人事ように感じていた。

 しかし、歴史の勉強をしていく上で――第一次病魔襲来時の証拠映像や記録媒体を見て、どれだけ自分が愚かな考えを持っていたのか知った。

 映像では、人々の屍骸の山が無残にも地面に転がっており、ケーキをフォークで掬ったかのように建物は破壊され、何十体もの病魔が平気で街中を徘徊しているのだ。

 それを見た時の衝撃といったら計り知れない。自分が多くの人々に守られ、助けられた命なのだと知り、やりきれない思いを抱いた。同時に、語り尽くせない程の感謝もした。

 今でも時々、脳裏にその時見た映像が生々しく甦る事がある。いくら忘れようとしても脳に染みついて、中々離れないのだ。たぶん、生涯忘れる事は無い、とカナハは思った。

 神楽は、大型のタッチパネルに病魔という字を新たに書いた。

「病魔の厄介なところはその特殊な形態ではなく、死に難さにある。腕を消し飛ばしても、胴体に風穴を開けても、頭をかち割っても死ぬ事はまずない。……もちろん、ヤツらにも弱点が一つだけ存在する。《地球の雫》を破壊すれば必ず死ぬ。だから、決して不死身ではないのだ。ただ、死ぬ確立が低いってだけだ。だが、死ぬ確立が低いと言う事はつまり、死ににくいという事だ。――しかし、どんなものでも死は存在する。生物と非生物によって死という概念の差があるかもしれないがな……」

 と言ったところで、授業終了のチャイムが鳴った。

「まだ話足りなかったが、仕方がない。それじゃあ、授業を終わりにする」

 神楽は教室から出て行こうとしたところで立ち止まり、振り返る。

「ああ……そうそう、言い忘れてた事があった。一ノ瀬と刹那、それから《ノットフラット》のメンバー、私に着いてきてくれ」


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