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黒道刹那

「怪我をしている者は多少なりともいるようだが、大事には至らずに済んで本当に良かった。お前達と再会が出来た事に、心から嬉しく思っており、また顔を見れて安堵している」

 教壇の上に立っているスーツ姿の女性、獅子屋神楽は開口一番にそう切り出した。

 あれからカナハは近場の病院で、特殊医療チーム――治癒系統の能力者達――による診察を受けて、ものの十分程度で負傷した箇所を治してもらった。気絶していた宮下は、遙が物理攻撃をした事により、難なく目覚めた。突然目覚めた彼に対して、医療チームの驚きようといったら、今後忘れられる事は出来ないだろう。

 病院から出ると、カナハ手帳へ見計らったかのように神楽からの連絡が入る。

 そこには『病魔が防衛軍の手によって一体も残らず殲滅された事』と、『学校に来るように』という事が書かれていた。

 連絡が来たのが、十時四十三分。五十体の病魔が襲来してから、三時間も経っていない。あっという間の惨劇だった。第一次病魔襲来の時は、十体の病魔を倒すのに七時間以上もの時間が掛かっていたというのに。

 それは、第一次病魔襲来の一件があって、政府が防衛軍の教育指導の再検討と都市強化を徹底して行ったお陰だろう。

 今回の都市防衛はまさに快挙と言えた。生命力は七十以下にはなっておらず、都市の機能にほとんど影響は及ばなかった。死者が零名だったからだろう。しかし、防衛軍の負傷者が続出した。都市も病魔の無差別攻撃に合い、破壊され放題だった。

 今もなお復旧作業が続いているが、都市の大半は復元しており、あと数分もすれば復旧作業は終わるそうだ。

「で、だ……。防衛軍に所属している者から聞いた話によると、我々一年C組の生徒の中で、人々の安全を守ろうと病魔へ勇敢に立ち向かったチームがいたそうだ。……ノットフラットのメンバー起立!」

 突然の神楽の命令に、カナハは戸惑う。カナハだけでなくカナハの左右に座っている仲間も顔を示し合わせて、困惑気味な顔を作る。

 そんなカナハ達を、神楽は切れ長の目で順番に見ていく。

「そうだ、そこのお前ら三人だ。というかお前ら以外に、ノットフラットというふざけたチーム名が他にあると思うか?」

 その発言にむっとしたカナハは、椅子を倒さんばかりに勢いよく立ち上がった。

「ふざけてるって、獅子屋先生が付けた呼称ですよっ!」

「ああ、そうだ。お前らにぴったりの名前を付けてやったんだ。実にお似合いだろう? 後の二人もさっさと立つんだ。もったいづけるな」

 口の端を持ち上げる神楽。彼女の言葉に乗せられたのだと、カナハは理解した。

 カナハの前の席にいた遙は立つと、ふんと鼻を鳴らして、誇らしげに胸を突き出す。遙の隣に座っていた陽炎は、眼鏡の位置を直しながら苦笑して、立ち上がる。すると、拍手が沸き起こった。拍手が二十秒ほど続き、神楽が「止め」と合図するとぴたりと止む。

「そんじゃあ、ノットフラットのメンバー座れ」

 と彼女が言ったので、カナハ達は席に座った。

「ノットフラット以外の、チームの活躍も聞いている。という事で今回は、生徒全員に十点のチーム評価を加点する」

 神楽は、教壇から教室全体を見渡して言う。途端におおーっと生徒達の間で、歓声が上がる。

 パンと手を叩いて、神楽は騒ぎを沈静化させる。

「まだ終わりじゃないぞ。ノットフラットのメンバーには十点の点数を追加で与える」

 今度は「すげー」と生徒達が口々に、囃し立てる。

 カナハは机の横に引っ掛けていた鞄から生徒手帳を取り出し、広げて起動。顔認証と指紋認証を素早く済ませる。そして、画面左横の、一ノ瀬カナハの文字をタッチする。カナハの情報が次々と現れる。そこには住所・氏名・年齢などなどが事細かに記されてあった。

 しかし、カナハが見たいのはそれらではない。

 人差し指で画面を弾いて下にスクロールし、『チーム:ノットフラット』という文字と、その横にチームのマークである、円の中に凹凸の漢字が描かれたそれをタッチする。

 すると、カナハの3D画像が現れる。遙と陽炎の3D画像もカナハの横に並んでいる。

 その3D画像の上には『チーム評価:Dマイナス/全学年中の順位 2390位』と書かれていた。

《チーム評価》。

 それは通知表以上に、今後の人生を大きく左右する重要なファクターである。

 このチーム評価で、《人類防衛軍(ホライゾン)》になれるかどうかが決まってくる。

 評価があまりにも低ければ防衛軍としての素質がないと講師に判断されてしまい、そのチームごと否応なしに退学させられる。逆に高ければ、通知表の評定がいくらか悪くとも、多少は免除される。

 第二学舎が個人の評価ではなく、チームの評価という一風変わった制度を設けた理由。

 それは生徒らが防衛軍に入ったその日からでも戦力になるように、予め備えているからだ。

 防衛軍は常に二人組のチームで行動している。それはチームプレイを重視しているからで、もしチームプレイが出来なければ、防衛軍を即失脚させられる。

 そうならないためにも、学生の時からチームの重要性を評価という形で示す事で、生徒らの意識を高めているのだ。だから、このような制度が取り入れられたのだと、カナハは授業で習った。

「見て、順位が変わる!」

 遙は興奮して、声を荒げる。カナハもごくりと喉を鳴らして、手帳を凝視する。変化はその後直ぐに訪れた。

 画面に『チーム評価:Dマイナス/全学年中の順位2390位』とあったのが、『チーム評価:D/全学年中の順位:1868位』と書き換わったのだ。

「やった! 念願の千番に達したっ!」

 握り拳を掲げて、遙は嬉しそうにしている。カナハも彼女に釣られて、笑顔になる。「おめでとう!」と言う生徒の暖かい言葉が聞こえてくる。しかし、生徒全員が喜びを共有している訳ではなかった。彼らの中には嫉妬や敵意を剥き出している者がいた。

(そうだよね……ノットフラットの順位が上がるという事はつまり、順位が下がったチームがあるって事だもんね……)

 睨みつけてくる生徒らの中に、その下がったチームがいるのかもしれない。そう考えたら、カナハは複雑な気分になった。

 チーム評価が全てであるからこそ、チーム同士で対立する。そうして対立し合って、上を目指そうという意識が生まれ、評価が伸びていく。それこそがこの学校の狙いなのだとカナハは思った。

「お前らも彼らを見習うようにしろ。ノットフラットはこのクラスの中では、まぁ良くも悪くもない、平均的な順位だが……だがな。彼らの向上心とやる気は誰にも負けていない。今回こうしてがむしゃらに頑張った結果、順位を伸ばしたのだ。お前らも彼らの後に続け」

 教壇の上で、神楽は生徒らを見渡しながら言う。何か思うところがあったのだろう、ノットフラット以外のクラスメイトはそれぞれ真剣な面持ちで頷いていた。

「そんじゃあ、授業を始めるぞ――っと、ああ、そうだった。お前らに、言い忘れていた事が一つだけあった」

 何だろうとカナハは期待半分不安半分の眼差しを、神楽に送る。

 神楽は勿体ぶるように時間を置いてから、口を開けた。

「今日、このクラスに新たな生徒が加わる事になった」

 静まり返っていた教室内に、どよめきが沸き起こる。先程の真剣な顔はどこへ行ったのか、生徒らは目を輝かしていた。

 カナハもその例に漏れず、どんな生徒がこのクラスにやってくるのか期待していた。

「入ってこい、刹那」

 扉に向かって神楽が言うと、外で動く気配がし、静かに扉が横にスライドする。

 そこにいたのは、黒いジャケットを着た少年だ。首元にぶら下がっていたペンダントが、蛍光灯の光を反射して薄く輝いていた。

 彼は神楽の隣に立つと、教室全体を見渡す。しかし興味を失ったのだろう、懐から取り出した『死んだ人間を蘇らせる方法』と表紙に書かれた分厚い本を読み始める。

 その本は年期が入っており、使い古されてところどころ汚れたり、折れたり、曲がったり、破けたりしている。

「あっ、ああああああっ! あんた、つい先会った感じ悪い奴! あんた、刹那っていう名前だったの! あの時、どうして名前を教えてくれなかったわけ!」

 突如として遙は大声を出すと、椅子を蹴飛ばすぐらいの勢いで立ち上がり、刹那と呼ばれた少年をびしっと指差す。

 どこかで見た顔だとカナハは思っていたが――彼女の言葉で思い出した。(あの時病魔を倒し、私を助けてくれた命の恩人だ……)と。

「何だ、お前ら。知り合いだったのか?」

「知り合いと言う程の仲ではないです。というかむしろ、赤の他人と言っても過言ではありません。むしろ、敵ですよ、敵!」

「それは、さすがに言い過ぎだと僕は思うなぁ……」

 目を少しだけ見開いて、驚いた顔をする神楽に遙は苛立ち混じりに答えた。それを、陽炎が苦笑いをしながら落ち着いてと、宥める。

 その間も少年は本に没頭していた。聞く耳を持たない様子だ。その態度が癪に触ったのだろう、遙は「くぅぅうう!」と唸り、歯を剥き出して怒りを露わにする。

「とりあえず、遙は席に着け。言い合いは後でにしろ。話が進められなくなって、授業に支障がでるからな」

 神楽の鋭い眼光に曝されて、遙はようやく大人しくなり、速やかに席へ座った。

「それでは刹那、自己紹介を頼む。そこの教壇の上でな」

 神楽は刹那に、教壇に行くよう命じる。彼は彼女の言う事だけは素直に聞くようで、閉じた本を懐にしまって、教壇に上がった。

 刹那は何の感情も宿していない瞳で教室を、ひいては生徒達を見ながら、口をおもむろに開く。

「俺は黒道(こくどう)刹那。16歳。誕生日は八月十七日。趣味は読書。獅子屋先生に言われて、学校へ転入してきました。好きな物は特にないです。嫌いな物は病魔と能力者です。ですから、今後一切俺とどうか関わらないでください」

 彼は爆弾発言を無感情な顔で、抑揚の無い声でさらりと言ったのだ。

 教室中は響めき、収拾が付かない程になった。

「静かにしろっ! 今は授業中だ! 他のクラスに迷惑を掛けるな!」

 神楽の一喝で何とか冷静さを取り戻した一年C組のクラス。しかし、先程の余韻は残っているようで、カナハの周囲からヒソヒソ声が聞こえてくる。

 内容は言うまでもない、今一番ホットな人物である黒道刹那だ。

 一切関わらないでくれと宣言するだけでなく、生徒達の前で能力者が嫌いだと口にしたら、反感を買われても仕方がないだろう。喧嘩を売ったと思われても仕方がないだろう。

 カナハは、どうして反感を買うような事を彼は言ったのだろう、と気になった。何か理由がなければ、そんな事を絶対に言わないはずだ。ましてや転校初日であるのに関わらず。

(もしかして一人になりたかったのかな……? でもそうだとしたら、やっぱり変だよ……。第二学舎は《人類防衛軍(ホライゾン)》を輩出する学校。だから、二人一組で行動すると知っていると思うんだけど……。それを知っているのに、わざわざ自分から人と関わり合いたくないなんて言ったのかな?)

 怒りや驚きや呆れを抱く生徒と違って、カナハは疑問を覚えていた。

 ごほん、とわざとらしく神楽が咳き込む。生徒達の囁き声が止む。何を言うのだろうかと全員が神楽を見守る。カナハも聞き耳を立てた。

 ポニーテールにした髪の毛を搔きながら、彼女は申し訳なさそうな顔をする。

「あー、こいつは人との交流が極端に少ない。しかもこうして学校に通うのは、初めての事だ。分からない事ばかりだから、今みたいに変な事を口走ってしまう。そんな奴だがみんな、是非仲良くしてやってくれ」

 神楽が弁解すると、生徒らは「まぁそういう事なら」と一応納得していた。しかし、カナハだけは納得していなかった。疑問が解決したわけではなかったから。

「それじゃあ、早速授業を始めるぞ」

 という一声により、カナハの質問はお預けとなってしまった。

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