旧時代
以前、電撃に向けて書いていた作品なのですが、作者の身の回りでごたごたがあり、電撃に送れなくなりました。なので、富士見に向けて書こうと思ってます。心機一転、本文も多少なり前作と変わっていますので、ご了承ください
『人間は、空で生活する事をなくなく選んだ』
〈とある旧人類の人間の言葉より〉
■幕間 とある少年の記憶
「うわあああああああああ! くそっ! くそっ、くっ、くそおおおおおおおおおっ!」
少年の瞳から流れた涙が、頬を伝って顎から地面に落ちる。
「何がっ……! 何がっ、守るだっ! 何が助けるだっ! 結局、俺は何も出来なかったじゃないかっ!!」
だんっ! と少年は地面を思いっきり殴った。
その少年の前には、目を閉じて安らかに眠っている少女の顔があった。首から下はなく、首元には何者かによって食い千切られた痕が生々しく残っている。
その時、コツコツという音がして、少年の前に夏だというのに黒いジャケットを羽織った女性が現れた。歳は、二十代後半ぐらいだろうか。黒いストッキングと黒いパンツを履いている。黒髪を後頭部で結い、ポニーテールにしていた。
全体的に黒い彼女は、それが逆に似合っており、出来る女を醸し出している。
「私達――《人類防衛軍》が遅れたばかりに、一人の犠牲を生んでしまった。すまんな少年……。お前だけでも、助けてやる。でも、残念ながら彼女はもう助からないな……」
女性は吸っていた煙草を地面に落として、黒い靴の先で踏みつけると、眼鏡の奥から少年を見る。切れ長の瞳は見る者をひれ伏させせるような、威圧感があった。
コツコツという音はどうやら、踵の高い彼女の靴が鳴った音だったようだ。
「嫌だ! 俺は……俺は、死にたいんだ!」
激しく首を振った。そんな少年を女性は睥睨した。
「死にたい……だと? オレの顔を見てもう一度言ってみろ」
少年の態度が癪に触ったのだろう、女性は少年の胸倉を掴み、鬼の形相をする。
「桜のいない世界で、生きていたって無意味だって言ったんだ! これなら死んだ方がましだ! なぁ、あんたが俺にトドメを刺してくれよ、お願いだ!」
掠れた声で少年が叫ぶと、頬に深い痛みが走った。そこから次第に熱が帯び始める。
少年は頬に触れる。女性にぶたれたのだとようやっと気づいた。
彼女は怒りが頂点に達したのだろう、元々釣り上がっていた眦を更に釣り上げて、人が殺せそうな鋭さを目に宿した。
「いいか、よく聞け少年! 少年のように悲惨な目に遭っている人間は、巨万といるんだ! 今、この瞬間にも! でも彼らは生きようと必死になっているんだ! 何故だか分かるかっ!? 《生命力》で動くこの都市を停止させないようにしているんだ! みんながみんなのために、生き残るために、助け合っているんだ! それなのにお前一人だけが、死ぬと宣言している! お前はみんなの前で、殺してくれと頼めるのか! 天で見ている彼女に格好悪い姿を曝すのか! 生きろ! 生きて生きて生きて生き抜いて見せろ! 彼女の分まで無様に、這いつくばってでも生きるんだ! それが、今生きている人間の精一杯出来る事だ! 彼女に出来る、精一杯の償いだ!」
女性は、有りっ丈の思いをぶつける。すると、ついに少年は崩れ落ちた。突然の少女の死と、自分の無力さと、頬の痛みとが合わさって、少年は声を出して泣き叫んだ。拭っても拭っても、瞳から止めどもなく涙が零れ出る。
「後は我々に任せろ。お前の仇は我々が必ず討つ。だから、安心しろ……なっ?」
それまでの雰囲気とは打って変わって女性は優しく微笑み、嗚咽を漏らす少年の頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。
彼女の言葉は、少年の胸の奥深くに染みこんだ。安堵と怒濤の展開による疲労からだろう、目蓋が急に重くなる。睡魔が直ぐ傍までやってきていた。
「すまないな……少年。辛い思いをさせてしまった。でも、次起きた時は、強くあれ」
遠くなる意識の中、少年は女性の言葉を最後に聞いて、夢の中へと沈んでいったのだった。