其の一 選ばれし五人 3
宿舎三階の、一番端の部屋が新たな家になった。壁は汚く、ただ寝るだけというようなものだった。佐原たち五人は、六畳の部屋でそれほど多い訳でもない荷物を整理し、布団を敷いたあと、改めて自己紹介を始めた。
「俺は佐原平純。みんな宜しくな。」
佐原は好印象を与えようと、出来るだけ明るく、はきはきと言った。すると、山崎と言ったろう青年が、いきなり、
「そうか。俺は山崎賢一!短い間かも知れないけど、皆仲良くやろうぜ。」
山崎は佐原よりも明るく元気な声で言い、笑った。その声と笑いががさっきまで緊張していた佐原を安心させた。
「ぼ、僕は田島一真。皆、宜しくね。」
気弱そうな青年が、おずおずと言った。すると、山崎が歯茎を見せるほどに笑い、田島が多少怯えているのに気づいたのか、佐原の時よりも、優しい口調で言った。
「ああ。宜しくな。田島。」
残りの二人は、共に黙っていた。山崎を睨んだ。この状況で明るく、馬鹿みたいに振る舞う山崎を鬱陶しく感じたのか、はたまた、裏があると感じたのか。いずれにしろ、その視線は、羨望のそれではなかった。
「なんだなんだ。二人とも俺に惚れたか?」
山崎は冗談を飛ばした。田島と佐原は一瞬、二人が一層強く山崎を睨んだのに気が付いた。それでも山崎は阿呆のように二人を見つめている。
こいつはただの能天気な野郎なのか?と佐原は思った。
「…藤村総司だ。」
観念したのか、一人は言った。
「その阿呆は、どうやら同性愛者のようだ。自分の貞操が惜しいから、答えてやったよ。」
そう言って藤村は苦笑した。とりあえず佐原は胸を撫で下ろした。一方の、寺内と言った青年に皆の興味は向いた。最後の一人というのもあるが、何よりも、
(自分から特攻隊に志願した、誠に愛国的な人間だ。)
志村の言葉が脳裏に浮かんだ。本当に…?寺内は気難しい顔をしていたがゆっくりと口を開いた。
「…寺内光太だ。言っておくが、俺は志村教官みたいに、この戦争を聖戦だなんて思ってない。」
寺内はついさっき、志村が終わる間際に言った言葉を引用した。
(この戦いは聖戦だ。お前たちはその事を十二分に理解し、訓練に望め。)
佐原たちは一様にして、志村を嫌った。元より高圧的な口調は気に入らなかったが、こんな戦争を「聖戦」と呼ぶなど、よほど戦争が好きなのか、はたまた、本気でそう思っているのか。いずれにしろ、あの男とは反りが合いそうにない。
「じゃあ、なぜ?」
田島が訊いた。寺内は黙った。すると、藤村が口を開いた。
「やめとけ。個人の事情に首を突っ込むな。どうせ死ぬ仲なんだからな。ま、そういう意味では、一生の仲と言えるかもな。」
藤村は苦笑した。場には静寂が生まれた。せっかく忘れかけていた、いずれ死ぬという事実を、改めて突き付けられた。佐原は、この男とも反りが合いそうにない、と思った。
「しっかし、あの加藤とかいう副教官、やたら静かだったな。まるで生気を吸いとられたみたいだった。」
山崎が、話題を変えようと話を振った。佐原は、自分も気になっていたし、この雰囲気を変えるため、食らいつくように膝を乗り出した。
「確かに。それにあの人は、まるで俺たちに謝ってるようだった。俺を見たときに、すまなそうに目を伏せたんだ。」
「俺の時もそうだったな。てことは、多分皆の時もそうだと思うぜ。」
山崎は、両手を組み、答えた。田島は頷き、あと二人はどこ吹く風であった。
「でも、なんで左手がないんだろうな?戦場で持っていかれたのか?」
山崎が続けた。すると、初めて藤村が自分から口を開いた。
「噂じゃ、とある零戦小隊の隊長だったが、ヘマをしてなくなったらしい。」
「どうしてそんなことを知ってるんだ?」
佐原が訊いた。すると藤村が、隣の部屋を隔てる壁を親指で指し(おそらく隣の部屋をさしているのであろうが)、言った。
「一期上(特攻隊は、海軍基準年齢である17歳を一年毎に徴兵する。よって、入ってきた順に、一期、二期と数える。佐原たちは第六期である。)の知り合いから聞いた。」
「知り合い?」
「関係ねえよ。」
田島の問いに藤村は答えた。
「それより、明日から訓練が始まるぞ。早く寝た方がいいんじゃないか。」
寺内が言った。藤村は、
「それもそうだな。」
と同意し、二人は布団に潜り込んだ。田島と山崎は、「おやすみ」と言い、横になった。佐原は明かりを消し、布団に仰向けに入る。
「…明日から…」
朝起きると、そこは元の孤児院だといいなぁ、と佐原は思ったが、無論あり得ない。これは紛れもない現実。軽く頬をつねってみるが、少し痛い。やはり夢ではないのか。明日から自分は死ぬための訓練をするのだろう。国家の英雄として。ある意味、特攻隊を孤児に限定したのは正解だ。失うものがなにもないのだから、潔く死ねる。つまり死んでも言いということだ。そう考えたとき、佐原は舌打ちした。自分は何を考えているんだ。死んでいい命などありはしない。…もう考えるのはやめよう。そして、孤児院での思い出に浸っていると、いつのまにか眠りに落ちていた。