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其の一 選ばれし五人 2

五人がついに集まります!

…ついにって言うぐらい伸ばしてないけど。


「ここか…」


佐原は、軍舎の前に立った。壁に、「特殊航空攻撃部隊宿舎」と彫られている。

駅には誰一人、人がおらず、自分が世界から摘まみ出されたような感覚に、一瞬陥った。汽車からでると、蝉が一層うるさく鳴いていた。汽車はもう見えなかった。もう、戻れないと言うように。臆するなと残酷に呟くように。

軍舎は、まるで廃墟のように汚かった。正面だけあいていて、大きく「コ」の字に、自分を囲んでいた。まるで、この中に入ったら、もう逃がさないと待ち構えているような…。

佐原を唾を飲み込み、歩き始めた。

怖い、帰りたい。

一歩進むたび、そんな考えがわき水のように出てくる。しかし、もう、戻れない。俺は。

中はやはり汚かった。カビのような臭いがし、吐き気をもよおしそうだった。、受付窓から、眼鏡をかけた小太りの男が、


「右手の突き当たりの部屋だ。」


と、ぶっきらぼうに言った。佐原は、汚れが酷い廊下を歩き、部屋を目指した。まるで扉が自分を引き寄せているように、足が動いている。逃げ出したいのに。帰りたいのに。体は理解しているのだろう。もう逃げられないと、もう帰られないと。

もう扉が目の前だ。佐原は、決心をして扉に手をかけた。

蛍光灯の光が、暗かった廊下と、佐原の目を照らした。佐原は目を細め、少しずつ明るさになれていく目で、部屋の中を見渡した。部屋には、恐らく自分と同じ境遇の者が横一列に四人と、その前に、偉そうに立っている、唇をくっつけたように口を閉じている中年の男と、左手がなく、ただ立っていると言うような覇気のない男がいた。覇気のない男は、佐原を見ると、申し訳無さそうに目を閉じた。一方偉そうな男は、佐原をにらみつけ、こう言った。


「貴様!何を呆けている!最後に来たのは貴様だ!さっさと並ばんか!」


佐原は慌てて列に加わると、改めて、列の者たちを見た。

自分と一番近い青年は、無表情でただ前を見つめていた。目にはまるで光がなく、その奥にとてつもない、悲しみともつかず、憎しみともつかない負の感情が隠されているような気がした。

その横の青年は、動揺しているのか、目が泳いでいた。よく見ると唇が震えている。その青年と目が合い、まるで「怖い」と叫んでいるように見えた。

次の青年は、目をぱっと開いて、明るい顔をしていた。まるでこの状況を知らないように、幼い子供のような、明るさだ。そうと見なければわからないように微笑んでいる口元は、何か安心感が感じられた。

最後の、一番端の青年は、静かに前を見ていた。恐らく一番軍人らしい表情だろう。だが、目の奥には、燃え盛る火のような決意と覚悟が見えた。まるで何かを背負っているような。

佐原は、一通り見回したあと、すぐ前を向いた。偉そうな男が話を始めた。


「私は志村孝!階級は中尉の、貴様らの教官だ!志村教官と呼ぶように!」


嫌に大きな声で、男は言った。佐原は一瞬にして、この男は信用ならないと思った。大威張りの大馬鹿者、と言った感じだ。


「私の後ろにいる者は、副教官の加藤憲正伍長だ!」


覇気のない男は前にでると、ただ簡潔に挨拶をした。


「加藤憲正だ。宜しく頼む。」


そして後ろに下がった。佐原は思った。この人は何か不満があるような言い方だ。そして自分たちに謝罪しているようにも思える。しかし目を引くのは、空っぽの左腕である。戦場でなくしたのだろうか。その姿が、戦争の哀しさを表現していた。


「まず各自名を名乗れ!ではお前からだ!」


志村に指さされ、佐原は大きな声で言った。


「はっ!佐原平純であります!」


続いて、左の青年が、少し暗い抑揚で言った。


「自分は、藤村総司であります!」


次に、動揺していた青年ははっとすると、震えた声で言った。


「じ、自分は、田島一真であります!」


志村じろりと青年を睨んだが、すぐに次の青年に目を向けた。

次の青年は、明るく元気な声で言った。


「自分は、山崎賢一であります!」


最後の青年は、今まで一番大きく、芯の通った声で言った。


「自分は、寺内光太であります!」


「結構。」


志村は、やや不満足そうに言った。そして、意地が悪そうに付け加えた。


「どうやら、この中で一番やる気があるのは、志願者の寺内訓練兵のようだ。」


「志願者?」


山崎と言った青年がすっとんきょうな声を上げた。それを聞いた志村は、山崎を睨み付け、


「貴様!私語は慎まんか!」


山崎ははっと気が付くと、すぐに付け加えた。


「すいません!志村教官!」


志村はため息をついたあと、仕方ない、と言い、寺内を除く四人を見下しながら続けた。


「貴様らに教えてやろう。志願者というのはだな、自分からこの特攻隊に志願した、誠に愛国的な人間だ。国の為に死ねると言うのだからな。」


それを聞いた佐原、田島、山崎は驚いた。自分から命をかける…?そんな馬鹿な事を…?

ただ、藤村だけは、それを聞いて暗く微笑んだ。当の寺内は毅然とした態度で前を見据えている。志村は、また意地が悪そうに、ニヤリと笑った。


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