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其の一 選ばれし五人 1

始まります!


…なぜ自分はこの列車に乗っているのか。脇には荷物を抱えて、ただ窓のそとの田園を見つめている。この列車は永遠に走ってくれるといいのだが、無論そんなことはない。そう思ってしまうのは、「死」を受け入れ難いためだろう。

選択肢はなかった。この戦争中の日本で、ましてや孤児院が豊かな筈がない。食い扶持減らしのためにも、補助金の為にも、風評の為にも、自分は選ぶしかなかった。今、みんなは昼食をしているだろう。前のように、米と沢庵だけではないだろうか。せめて味噌汁でもついていて欲しい。

ふと、窓を開け、顔を出してみると、夏の風が坊主頭の髪を撫でた。この風は、「死」へ向かう自分を慰めてくれているのかもしれない。蝉も自分を必死に止めているように聞こえる。


「徴兵かね。若いの。」


隣にいた老人が話しかけた。佐原平純は窓から顔をひっこめ、閉じ、答えた。


「はい。」


「名は?」


「佐原平純と申します。」


すると老人はにっこりと笑って、


「そう堅くなりなさんな。ただの爺と若者の会話だからのう。」


「はい。」


老人は、手にしていた水筒から水を一杯飲み、続けた。


「お国の為。頑張りなさいな。」


まるで抑揚のない声で老人は言った。この老人は、今の言葉と逆の考えを持っているようだ。


「ありがとうございます。」


自分も定型化した声で答える。老人はまた水を飲み、いくばくかするとまどろんでいた。

佐原は、自分が特攻隊に決まった時の事を、思い出していた。













「佐原くん!大変だ!」


防空壕掘りや、竹槍訓練でへとへとになっているとき、院長が、部屋に走って来た。


「どうしたんですか?そんなに慌てて。」


「これ!」


院長はそう言って、手元の青い紙を見せた。

それが何かはすぐにわかった。孤児院暮らしなら誰でもわかる。特殊航空攻撃部隊徴兵証。通称「青紙」。つまり死への片道切符と同じだ。


「青紙…」


佐原は一瞬驚いたが、すぐに冷静になった。いや、なろうとした。落ち着け、いつか来るかもしれない、とわかっていた筈だろう。


「佐原くん。行かなくてもいい。補助金なんてなくても、ここは十分やって行ける!」


佐原の優しさを知ってか、院長は付け加えた。


「嘘はいけないよ。院長先生。俺は知ってます。先生たちが、毎日、雨の日も、風の日も、近所に募金で回ってること。市からの援助金でも、回ってないんだよね。」


「いいんだ!そんなことは!ただ佐原くんが…」


佐原を院長の言葉を遮るように言った。


「それに、これを拒否したら、世間の風当たりも強くなる。『非国民』の孤児院てね。只でさえ孤児ってのは疎まれてるのに。市の金の大半がこっちにくるし…」


「佐原くん…」


「院長先生。俺、行きます。明日の朝一番の汽車に乗って…」


佐原は、只静かに言い切った。

翌日、佐原は学生服と、僅かな手荷物を持って、汽車に乗り込んだ。その時、一人の少女が佐原の元へ走ってきた。


「佐原くん…!」


名前は相澤美香。ほぼ同時期に孤児院に入り、数少ない同年代の友であった。相澤は、今まで伝えられなかった淡い想いを伝えようと、来たのであった。


「相澤…」


「佐原くん。私、私…」


佐原は、相澤の顔の前に手をかざし、それ以上言うな、という動作をした。この先を言われると、決心が鈍ってしまう。そう思ったからだった。相澤は、びっくりして一瞬黙った。

佐原は、帽子を深くかぶり、汽車の方に振り返って言った。


「さよなら、相澤…」


汽車に乗り込んだとき、後ろから相澤のすすり泣く声が聞こえた。佐原は、更に帽子を深く被り、必死に涙をこらえていた。もう二度と会うことはない。













これで何回目だろうか。思い出すのは。まだ振り切っていれない、そういう事かもしれない。そうしている内に、汽車は駅に着いた。


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