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蓮はエプロンの中に入っていたものを、指先にひっかけて取り出した。

悔しさに目の前が真っ赤になりそうで、知らず体が強張る。



葉月から唇を離すと、むせるように咳き込む彼女に妬心が膨らんだ。

そんなに苦しくなるまで抵抗するくらい、加藤から渡されたものが大事という事か。

右手にひっかけたものを、葉月の胸元に落とした。


「何? 物量攻撃? 指輪を三つもってさ、昨年の俺に対抗してるわけ?」


エプロンから出てきたのは、サイズの違う三つの指輪。

どれもシンプルで、……葉月の好みにあうものばかり。


「たっ、対抗って……っ」

掠れてしまった声で聞き返す葉月に、目を細める。

「加藤の事で一杯で、俺が昨年のバレンタインで指輪を贈った事さえ忘れちゃった? それとも、もう加藤の方が俺より大事ってこと?」


口にして、失敗したと蓮は後悔した。

余計、怒りが増幅してしまう。



葉月はキョトンとした表情を浮かべた後、やっと理解できたかのように顔から血の気が引いた。


「違うっ、蓮! 勘違い!!」

「何が? 俺のものになったって、そう思ったのが勘違いだったの?」

ゆっくりと葉月の頬を、指先で辿る。

「そうじゃなくて! そうじゃなくてっ」

さっきまでの怯えではなく、焦る様に言葉を重ねる葉月。

「何がそうじゃないの? 」


追い詰めているのは分かってる。

精神的に葉月が追い詰められているのは、分かってる。


それでも、事実を誤魔化す葉月に怒りを向ける。


「指輪までもらっておいて、何が違うの?」

そこまで口にした途端、葉月が蓮を睨みつけた。


「だから!」


「……っ」


首に回された、両腕。

押し付けられた、唇。


葉月の叫びと共に蓮にもたらされたのは、罵倒でも別れの言葉でもなく温かい唇だった。

意味が分からない葉月の行動に、蓮は呆然とそのキスを受け入れる。

呆けているのに、体は葉月の温もりを追いかけた。


婚約者になってからも。

触れるだけのキスならば受けた事もあったが、葉月から深いキスをされたことが一度もなかった。


それだけに、なぜこのタイミングでと悔しい気持ちにもなったけれど。




しばらくして、ゆっくりと葉月が離れていった。

赤く濡れる唇を、無意識に目で追う。

加藤も、同じ葉月を見たのだろうか。

呆然とする蓮の脳裏に、そんなくだらない事が浮かんだ。



「蓮。落ち着いた?」

葉月は首に両腕をまわしたまま、じっと蓮を見上げた。

蓮は声を出すこともできずに、葉月の言葉を待つ。


葉月は疲れた様に溜息をつくと、自分の胸元にまだとどまっている指輪に一度視線を走らせた。

安物の、シルバーリング。

それでもこれには、加藤の愛情が込められているのだ。

そして、加藤の愛情を成就させてあげるためにも、今、自分が頑張らないといけないと唇をぎゅっと引き締めた。



「蓮。私、怒ってるんだけど」


心を決めた葉月の声は、戸惑うものでもなく怯えるものでもなく、ただ静かな部屋に凛と響き渡った。



蓮の顔が、一瞬にして強張る。

「怒る……?」

まわらない思考が、ただ葉月の言葉をおうむ返しにする。

「えぇ。なぜだかわかる?」

なぜ……?

蓮は未だ動き出さない思考の中、浮かぶ言葉を懸命に探すが何もわからなかった。

葉月はそんな蓮を見上げながら、はっきりとした口調で言い放った。



「忘れた? 昨年のバレンタインの時、蓮が私に対して一番怒っていた事」



「……俺が、葉月に対して怒っていた事?」


ぼんやりとした中で、記憶が過去の自分の言葉を引き出してきた。



”怒ってるのはね。葉月が、俺を信用していないのが分かったからだよ”



「信用、していないから……?」

呟く様に言葉にすると、葉月はほっとしたような表情で頷いた。

「私を信用してくれなかったのね、蓮も」

その言葉に、蓮はがばっと上体を起こした。

蓮の首から外れた葉月の両腕が、支えをなくしてソファに落ちる。


「信用できるものがどこにあった!? 加藤と、いったい何の話をしていたんだ!」

思い出したくもないとでも言う様に、蓮は強く頭を振った。

それを、葉月の掌がとめる。


「何を聞いたのか分からないけれど、信じて。すべて蓮の勘違い」

「どこが?!」



「だって、桜子さん宛だもの。この指輪」



胸元の指輪を掌に載せた葉月が、ふわりと笑った。

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