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田之倉はイベントスペースの入り口に佇みながら、満面の笑みを浮かべていた。


正直連や桜子が持ち込んだ企画は、紙一重のぎりぎりな賭けをはらんでいた。

しぶる上部を説得して、なんとかこぎつけた今日この日だったのだ。 



桜子と加藤の結婚。

蓮と昨年一度だけ会った婚約者との結婚。



実力も伴ってはいるけれど、やはり見目でも人気を維持しているこの二人にそろって婚約者がいると知れれば、人気にそして売り上げに跳ね返ってくるかもしれない。

いや、確実に跳ね返る。

実際昨年蓮が婚約した時、結婚はせめてもう少し時期を遅らせて欲しいと上部は彼に示唆したそうだ。

まぁ、そんな言葉を聞く彼ではなかったが。

それでも押し寄せるように依頼が続き、この一年、結婚に踏み切ることが出来なかった。



けれど加藤は社の人間だから、桜子との関係がばれれば圧力がかかるだろう。

別れさせるとかそんな古臭いことをさせないまでも、式の時期や付き合い方をそれとなく”命令”されるに違いない。


上部の考えも、分からなくはない。

もし、加藤たちがすぐに結婚式を挙げるというものなら、一気に二人の人気が落ちるかもしれない。


そして加藤もそのことを念頭に置いて、すでに桜子には話してあるようだった。



「でもね」



傍らのテーブルにつみあがっている本に視線を落とし、田之倉は独りごちた。


「そのくらいで人気が落ちるなら、あの二人はそこまでだったって事」



すっと、視線をイベントスペース奥へと向ける。

そこにはいくつものパイプ椅子に座る人達を前に、堂々と司会者との会話を繰り広げる蓮と桜子の姿。

甘い雰囲気を醸し出す大人の男性、古藤蓮と、無邪気で可愛い美少女・桜子。

それはみんなが求める、二人の姿。



でも、素顔を知る人がいなければ演じる事なんてできないのよ。



だから、上部の思惑なんてぶっちぎってやるわ。

可愛い婚約者さんからの心配も分かるけど、私が見つけてきたあの子はそんな事で潰される男じゃない。

一年、期間はあげたんだから、婚約者さんも腹を括るべき。


安心していいんでしょう?


「ねぇ、古藤 蓮?」



桜子を見出したのが加藤なら、蓮を見出したのは田之倉だったのだ。






****************






頼む、間に合ってくれ!!!



加藤は社からそんなに離れていないOX書店までの道を、これまで挑戦したことのない自分の限界を感じながら駆け抜けていた。

後から考えれば置いてある自転車を使えばよかった(平日は道が混むので、近場への移動は自転車を使った方がロスが少ないのだ)のだが、まったくそんな事浮かばなかった。



ただただ願うのは、発売時間が遅れる事だけ!



おかしいと思ったんだ。

前回はすげぇ速攻発行したくせに、今回に限って時間をかけていた所とか!

俺を追いつめて遊んでいたのかと思っていたけれど、いきなり発売とかどんだけ鬼畜だよっ!

あぁぁ、あんなのが出回ったら俺、俺……っ




「加藤さん?!」


OX書店の入り口で、加藤は声を掛けられて視線を走らせた。

どうでもいい奴なら聞こえないふりをしようと思ったけれど、普段ならこんなところで会うような人じゃなかったから、焦りつつもその足を止めた。

「葉月さんっ、どっどうしてここにっ?」

さすがに息の上がった体は、まともな言葉を吐かせちゃくれない。

葉月は労わる様に背に手を回して、それでも確実にエレベーターへと足を進め始めた。



「蓮から、メールが来たの」



その言葉に、びくりと加藤の体が震える。

タイミングよく開いていたエレベーターに乗り込み階数ボタンを押してから、葉月は不安そうな目を加藤に向けた。


「来ないと大変な事が起きるよ、て」

「大変な、こと?」

って何? と言外に含めれば、葉月はふるふると頭を振った。

「分からないから怖いんですよ」

「……納得」



よく見れば、葉月はどこかの制服を着ていた。

黒のベストスーツに白のブラウス。

その上からスプリングコートを羽織った姿は、いかにも職場から慌てて飛び出してきた状態だ。

自分も同じような感じなんだろうけれど。


「よく分からないけど、店長に聞いてみれば私のシフトが変更されていて午後休になってるし。どう考えても蓮が手を回したとしか思えない……」


見る見る間に青くなっていく葉月に、加藤はぽんぽんと肩をたたいた。



「俺の方がもっと最悪だから、大丈夫。下には下がいる」


なんともネガティブに後ろ向きな慰めだけれど、加藤にとっては葉月の状況はまだましだと思えた。


葉月も察したらしく、もしかして……と呟いた。

「そのもしかしての発売日らしいですよ……。さっき知って慌ててきたんですけど、多分もう間に合わない……」



泣きたい……


「か、加藤さん……」

慰めようがない……、葉月は心の中でそう呟いた。




がくん、とエレベーターが目的の階について止まる。

葉月は何が起こるのか分からない状況に青ざめ、加藤は何が起こるのか充分分かっている自分の状況に青ざめていた。



ゆっくりと、そのドアが開く……


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