漢字ファイト!!
漢字ファイトとは、どこの学校にも存在する机の表面を舞台に、漢字と漢字が互いの存在をかけて体をぶつけ合い、殺し合う超新感覚の文学系スポーツである!
『一回戦!赤コーナー…【火】選手の入場です!!』
机の表面にファンファーレが鳴り響き、司会役の筆箱が大声で叫ぶ。
すると【創造主】である鉛筆により、【火】という文字が書かれた。
「俺は負けねえ……かかってこいやゴルァ!」
机の表面に書かれた火という文字は針金のように浮き上がり、机の上に立ち上がった。
こいつは【火】選手。
漢字ファイターの中では比較的人型に近い形状をしており、横についた上向きの2つの腕と、2つに分かれた足で相手を粉砕する。
「シュ!シュシュシュシュ!」
火は肩を鳴らすと、風を切る音を自分で言いながら両腕でシャドーボクシングを始めた。
『おおーっ?!火選手の百烈パンチだァー?!』
火選手は自らが立つ机の表面を拳で殴りつけて揺らし、敵のファイターを作り出す【創造主】である鉛筆を睨みつけた。
「今日の相手はどいつだゴルァ?!」
意気込む火―果たしてその大戦相手とは―
「フッ!相変わらず――暑苦しい奴ですね」
冷静な声が、熱き漢字ファイターを嘲る。
その漢字ファイターは、【火】選手や【大】選手などに代表される人型とは少し違った形状をしていた。
「【亞】選手の入場でェェェす!!」
「僕のような優雅さのない粗暴な火など――消し去ってあげますよ」
【亞】選手は下の横線で机の上に立ち、中央の2つの曲がった縦線をバネにホップして動く、瞬発力に優れたファイターである。
「ケッ!――1ラウンドでボコボコにしてやんよ!!」
亞を睨みつける火、机の上に立つ彼は黒い針金のよえな質感だが、その闘志は燃え上がっていた――
―火だけに―
『では両者、所定位置について下さい!』
筆箱の指示のもとに、火と亞はお互いに二十センチほど離れた。
これは漢字ファイトの公式なルールに基づく、所定位置である。
(…見ててくれ【川】…このファイトの優勝賞金で…‥二人の結婚式をあげよう!!)
火はリング(机)の端っこで観戦している【川】をちらりと見た。
火と川は恋人同士であるが、貧乏な(画数の少ない)二人は生活に困るのを恐れ―結婚には踏み出せないでいた――
(…死なないで……火さん‥)
彼女は焦っていた、今日の火はいつもとは違う闘志が仇にならなければよいと――切に願った。
余談ではあるが、二人が結婚して夫婦の営みをするとDNAが作用し【災】という形状の漢字ファイターが生まれてくる。
―それは、それとして―
『漢字ファイト――レディー!ゴー!!』
司会役の叫びと熱いゴングが鳴り響く。
―最初に動いたのは―火であった―
(相手はバネのようにうごくスピードタイプのファイターだ…‥時間をかけたらこっちが不利だ)
火は、所定位置に立ち微動だにしない亞に向かって走り出す。
机の上の埃が一気に舞い散り、二人の間で踊る。
「前座は――一気に叩き潰す!!」
風を切る右腕、凄まじい速さの一撃が亞に向かって放たれた――だが。
「フッ――僕が君の前座だって?」
「なにっ?!」
―防がれた火の一撃―
亞は体を横して上の線を使い、火の拳を受け止めた。
そして―
「君が僕の前座なんだけど?!」
亞は体の中央の2つの線をバネのように圧縮して縮み、上の線で火の拳の衝撃を受け止め―そのまま押し返した―
「うわぁぁぁぁッ?!」
自らの拳の力で吹き飛ばされる火。
その体は机の上を転がり、反対側の端っこまで吹き飛んだ。
「火さんッ!」
川が鳴きそうになりながら叫ぶ。
「くっ!!」
リングの端っこは断崖絶壁となっており、火は両手でその端っこに掴まった。
「人型の終わりだ――死ね!火!」
端っこに掴まり絶体絶命の火の両手を下の線で踏みつける亞。
ギリギリと踏みつける音が響き、凄まじい痛みと自分の体を支えている疲労に火の手はガクガクと震えだした。
(やられる―――?)
火が瞳を閉じようとした瞬間―聞き慣れた声がリングの上に響いた―
「火さぁぁぁぁん!負けないでぇええっ!!」
川の声援である。)
(川――そうだ…俺は…‥‥負けられねぇんだ!!)
愛するものの想いを受け止め火の闘志は再び燃え上がった――
―火だけに。
「うおぉぉぉぉぉぉッ!!」
火は自らの腕を踏みつける亞の下の線にヘットバット(真ん中の線を使った)を繰り出す。
「なにっ?!ぐああっ?!」
よろめく亞を前に一気に断崖絶壁から脱出する火、勿論足に踏まれていた自分の手もヘットバットの衝撃をうけたが――闘志で我慢した。
「終わりだ!!」
火は亞を横から蹴り飛ばした。
バネを倒すためには―横から衝撃を与えればいい―
亞は横から蹴られたために衝撃を跳ね返せず、断崖絶壁から奈落の底(床)へと落ちていった。
『亞選手リングアウト!!勝者は――火選手!!』
ゴングの音が鳴り響く。
火選手はリングの反対側にいる川の元へと駆け寄り、ガッツポーズをした。
「やったぜえええッ!!」
『二回戦進出は火選手!!期待のルーキーでぇぇす!!』
―
勝利し、二回戦へ進出した火選手。
その一方で床へと落ちた亞選手に、最後の時が迫っていた―
「そんな!ボクが…‥消えるなんてぇえっッ!」
【創造主】である鉛筆により生まれた漢字ファイターである亞は、【破壊神である】消しゴムにより、少しずつ消去をされていく―
「あぁ―――」
断末魔が消えた頃には、亞と呼ばれた漢字ファイターは消しゴムの粕と化していた―
―勝負の世界とは…非常に厳しい!―
―数分後―
「ぐああッ!!」
次に床へと落ちてきたのは……先ほどの勝者・火選手であった。
「ぐっ……すまない川…俺―――」
謝罪の言葉と共に消去されていく火――
彼は負けた――
しかし、誰も彼を責めることはできないであろう―
なぜなら二回戦の対戦相手は―
【炎】
だったのだから――
様々な想いと理不尽がほとばしるそのリングの上で、漢字ファイトは今日も行われている――
―終わり―
誰もが想像しなかったであろう新感覚の戦い【漢字ファイト】如何だったでしょうか?
あまりにもおバカで脱力感に満ちたお話で、書いている側としては面白かったです。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
【火】は負けてしまいましたが、今日もどこかの机の上で、漢字ファイトが行われているかもしれませんね――