異世界でoh(オウ)!のみで意思表示してみた
「のみ」は言いすぎました。すみません。
私はスッポンポンで異世界にやってきた。
つまりお風呂の脱衣場で、タオルいっちょの所を「召喚」されたのだ。
ほぼ、身ひとつでこの世界にやってきた私。
身元を証明する物は、なにもない。
しいて言えば、タオルに付いてる洗濯表示タグが、元の世界を示す唯一の存在。むなしい。
なんたる無防備な姿で「魔法陣」の中央にいる私。
対峙するのは、きっちり制服を着込み、ささやかにも上品な刺繍装飾をほどこしたマント。それに身を包んだ「魔道士」たち。
十四歳の裸体など、この人たちの年齢に比べれば、子供と同じ。
身体測定気分だ。私は心の中で、恥ずかしがったら負け、照れたら負け。と繰り返した。
魔道士たちは、私を囲むとお互いに囁きあった。
日本語ではない。
誰かが私にマントをかぶせる。
あたたかい、お父さんのような手だ。
まあ、私の親世代のおっちゃんたちってことなんですが。
おじちゃんやおじいちゃん。その次に、にいちゃんやおばいや、ミセス。
この場にいる年齢層はこんな感じだ。
男性中心の集団なのだろうか。
この部屋は薄暗く、厳かな雰囲気だ。
魔道士たちはマントにフード。表情はうかがいにくい。
「あの…、日本語、わかりますか?」
私が喋ると、魔道士たちはどよめく。私はその様子を困ったように見る。
しばらくたち、数人の魔道士も困ったように、私に話しかけた。
だが、よくわからん。
何回か、意思の不疎通をくりかえす。
一人の魔道士が、私と目を合わせながら、自分の胸に手を当てた。
「――ツアットロルァイ――――」
自分の名前を言ってくれてるようだが、母音が違いすぎる。
聞き取りがよく出来ない。
今度は私が自分の胸に手を当てる。
「カキサキ・サキコ (柿崎サキ子)」
「カサーキスァキョ」
努力はした。
「サキ」
「スァーキ」
ここまで短くしたのだから、これ以上は譲れない。
ねばった結果、魔道士の発音は日本語らしくなった。
今度は、魔道士が自分の名前を略す。
「ルァイ」
「ライ」
「ルァイ」
……魔道士も、自分の名の発音は譲れないらしい。
私が言うとしたら「ライ」の方が至極まっとうな発音なのだが、魔道士からしたら、間抜けな発音に聞こえるのかもしれない。
「ルァイ」
私がなかなか上手に発音すると、魔道士はもうひとつ続けた。こんにちは、みたいな挨拶だろうか。
私は、魔道士の口まねをした。
ヘンテコな発音を真似て、まるで私がお調子者みたいだ。
私と魔道士たちは、お互いの母国語で、いくつか会話を繰り返した。
魔導師たちの気まずい雰囲気。それを取り繕う所。私も魔導師たちも、お互い相手に引いた感じ。
ため息をつく。子供をあやす、機嫌を取る。
喜怒哀楽は、けっこう同じものなのかもしれない。
どうやら私は、人造人間と間違われているらしい。
人型やら何やらの、図や文字が描かれた本を見せて貰いながら、私はそう理解した。
「人間の材料」と言われる品々を揃え、まがまがしい術式を行い、その材料が消えて私がいる、という。そんな段階らしい。
という事は?
脱衣場には、もしかしたら私の代わりに、その材料とやらが置かれている、のかも? 場所交換的な意味で。
娘がお風呂から上がったら、土とかなにかの血と、まあ色々になっていたら、家族は驚くだろうなー。
最初に、親切な魔道士が言葉を放棄した。
「オー」
日本語で言う「ア」みたいなものなのか。とりあえず言ってみた。みたいな。
アイウエオならぬ、なにかを順次に言ったが、私は最初のやつを繰り返した。
「おぉ」
「オー」
「おう?」
「オー?」
「オウ!」
「オーウ!」
私と魔道士の、なにかが通じ合った瞬間だった。
細かい情報をやり取りするのは難しいが、呼びかけ、簡単な要求ならば、不思議と通じた。
普通に言葉を覚えればいいのだと思うし、実際、お互いの言葉を教えあったが、一種の遊びのような、貴重な娯楽コミュニケーションを、私たちはその後も大切にした。
お互いに外国語を覚えるのが、面倒だった訳ではない。たぶん。
私がこの世界に来てから、数日が経った。
どうやら、私の立場というのは、おもしろい失敗。のようだ。
目的の人造人間ではなかったが、他の次元の人間だという事。
魔道士たちの集まり……おそらく一種の研究所は、誰が何のためにか分からないが、人造人間の制作を目標としていた。
その実験に伴う、予想にない副産物、例えば私のようなケースは、お情け程度にレポートして、あとはお払い箱という流れのようだった。
ライオンとヘビ、ヤギのキメラ。なんのプレゼンか、観賞用として研究所の目立つ場所に展示されていた。
魔道士たちは、私を「召喚」したレポート作成に数日を費やし、そのあと、私は用済みだった。
この実験は失敗した。
人造人間の代わりに、私が来た。原因の究明には後手後手。
研究者たるもの、なぜだろう、なんだろうの気持ちを常に持っていて欲しいものだが、まあ経費とかスポンサーとか、色々事情があるのだろう。
魔道士たちは、別のやり方で人造人間実験を続けていた。
放棄された私を、親切な魔道士が世話をしてくれた。
私を元の世界に帰す方法を、個人的な研究で、探し始めてくれたのだ。
なんという親切さん。
私が案内されたのは、研究所の一室だった。
そこは魔道士ルァイにあてがわれた、個人的スペースだ。
左右のお隣も、別の魔道士さん達の似たような部屋だった。
謎の魔道具と、研究機材の倉庫。簡単な衣食住のまかなえる部屋。
私はそこで居候させてもらってる。
ルァイは私のねえちゃんと同じくらいの歳だ。
私は、親切な親戚のにいちゃんに世話になってる感覚をもつ。
「オー」
魔道士は、ドアを開けながら、帰ってきた挨拶を吠える。
留守番をしていた私に、おみやげをくれた。
包みを開けると、これはおかし? 食べて良いようなので、さくさく食べる。
「ヲーウ!」
おいしい。クッキーみたいな焼き菓子だ。おかし久しぶりだし、おいしい嬉しい。私が感嘆の言葉を述べると、ルァイはにこにこする。
ルァイ、ありがとう。
「オウ」
私はお礼を言った。
タオル一枚しかない、心身共に、心もとない状態で、いっそこの世界で生きていこうかなどとも思いつつ、ルァイは私を、元の世界に帰そうとしてくれている。
おとうさん、おかあさん、ねえちゃん。ここにいないなら「いない」って言ってよ。本当にまた会えるのかな。
幸か不幸か、希望を捨てさせない魔道士に、私はお世話になっていた。
余談なのだが、私の実験に使った「人間の材料」のひとつ、髪の毛は、ルァイの弟の物だった。
いや別に、単に髪の毛をひと一人分頂いただけで、普通にご健在なのだが。
私にも姉がいた。
兄弟姉妹というのは、ひと言では語り尽くせぬ因果関係だが、私も、姉の何かを使って出来た(と思われる)何かに、こういう風に、世話を焼いたりするのだろうか。
焼くのかもしれない。
なんか。まあ…姉の怨念が返ってきたら恐い的な意味で。
しばらくのち、ルァイの研究の結果、謎の神殿にある謎のオーブに、他世界への糸口があるかもしれないかもね。と言う事になった。
くだんの謎の神殿にたどり着いてみると、そこはツタに覆われ、ここに建物が埋まっているなどとは全く感じさせない。
というかどう見ても、何の変哲もない山だった。
私は慣れない冒険に身を投じ、ルァイの足を引っぱった。
キメラは見たけど、初めて見る屋外モンスターにびびり、実戦の殺生に引き、……。
いや、他世界への糸口というので私が何かの役に立てればいいなと思ってついて来たんですけど、ほら後ろからの敵襲とか、謎解きトラップのお手伝いとか、ほんの少し役に立ててるとは思いませんか。
危機につぐ危機に、お互い気が短くなり、母国語や、覚えたての片言や、「オー」を駆使して、私とルァイは、八つ当たりや協力をした。
四苦八苦の、罠、モンスター、罠、罠、頭を使う仕掛け、中ボスに特殊イベント。
それらをくぐり抜けて、私たちはやっと、神殿の最深部たどりついた。
大きな柱や、数々の呪具や石の固まりがある。
それらの中央に、オーブが仰々しく置かれていた。
私は思わず、オーブに手を伸ばす。
……
私の立っている場所は、この世界に「召喚」された時と同じように、唐突に変わった。
「……ここは」
ここは、神社……お社の中、だろうか。
懐かしい日本のかほり。
どこなのだろうか。
分からない。しかし日本国内ならば、異世界よりはなんとかなるはず。
「オゥ…」
私の隣にいた魔道士がうめいた。
魔道士は、異世界転移の魔法に巻き込まれてしまったらしい。
オーブを手に持った瞬間、問答無用だったから……。
でもだいじょうぶ。
向こうの世界で大変お世話になったから、今度は私がきちんと養ってあげるよ。
ルァイ、だいじょうぶ!
「ヲウ!」
「オー!?」
どこが。と言われた気がした。
ストレス解消の現実逃避にカッとなってやりました。
拙い文章かと思いますが、暇つぶしになりましたら幸いです。