表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お年玉

作者: 星田おばけ
掲載日:2026/03/15

今俺は悩んでいる。


何を悩んでいるって、簡単なことだ。

いや、簡単と一言で片づけるには長時間悩み過ぎているか。


現在1月1日の21時。自室に籠って可愛らしいキャラクターの書かれたポチ袋を机に並べてはスマホをいじっている。

こんな正月の夜中に特番も見ずに考え続けていることが馬鹿馬鹿しく感じる。

でも、俺の財布事情を考えるとそうも言っていられない。


そう、俺は今お年玉について悩んでいる。


毎年恒例の親戚の集まりに今年も参加することになり、いつも通り二親等、三親等たちからお年玉をせびるかと気楽に構えていたのも束の間、母親からとあることを告げられる。

「あんたももう大人なんだから、そろそろお年玉いくらあげるか考えときなさいよ」


それを言われてから、うまく笑えてない。


そこまではいかないが、実際笑えない状況にいるのは事実だ。

なにせイベント続きの12月。財布の口はガバガバで中身を垂れ流し続けるものだ。

年末になるにつれて増えた、忘年会を名目とした飲み会。

クリスマスに傷を舐めあう男たちの集まり。

そして派手な年明けをしようと友人たちで企画した大晦日。

そういえば今金欠なのって全部飲み会が原因なのか。

酒は飲んでいるときより飲み終わってから後悔するものだが、こんな時にまで俺のことを苦しめてくるのか。

すっかりお年玉をもらえるものだと考えていた俺は、それをあてに今日まで豪遊を繰り返していたのだ。今更使った金は戻ってこない。

正月明けてからも新年会が待ち受けている。それはこれからさらに散財することを意味している。

一言でいえばかなり絶望と隣り合わせだ。


とにかく現状を整理しよう。

俺には兄弟はおらず、代わりに従兄妹が3人いる。

上から高3、中2、小5。

現在の所持金は2万円。これをどのように分配するか。

もちろん新年会もあるから、そこに向けていくらか残しておく。

そうなるとせめて5千円は財布に入れておきたい。残りは1万5千円。


ちなみに飲み会に参加しないという選択肢はない。それくらい今の仲間たちとの関係が心地よいし、なにより自分のいないところで盛り上がっているのが許せない。そんな楽しい場に俺がいないなんて状況耐えられない。

後になってあの日楽しかったなんて俺の知らない話題に会話を弾ませたらその日は悔しさにのたうち回るだろう。

だから今は1万5千円でどれだけ従兄妹に還元できるかを考える。


もうすぐで大学生になる高3の従弟には多めにあげたい。以前会ったときは受験勉強を頑張っているという話も聞いた。これはさすがに1万円ぐらいあげても良いだろう。

受験が終わったらこのお金でたくさん友達と遊んでほしい。

残り5千円。


あと2人か。中2と小5。正直この二人へのお年玉が一番あげたくない。


小5の方は最近YouTubeにハマっているらしく、何かと動画を取る真似をして遊んでいる。しかも最近はカードゲームの開封動画ばかり見ていて、その真似をするためにカードを何パックも買ってということを繰り返しているらしい。

最近お小遣いの使い方を覚えた小学生男児を考えれば真っ先にあいつが例に挙がると思うし、それだけならまだ微笑ましくも見れる。

しかし、今回は俺のお年玉がよく分からないカードゲームYouTuberの真似事に消費される可能性があるのだ。全くもって意味が分からない。

俺が今自分の生活を削りかけてまでお年玉を用意しようとしているのだ。有意義なものに使ってもらわなければ困る。

一瞬飲み会で金欠になっている自分を俯瞰しかけたが、知らないふりをする。


中2の従妹は最近めっきり話していない。

まあ女の子だし、そういう年頃なのは分かる。俺にもそんな時期はあった。

ただ愛想がわりい。

何か話しかけたとしても帰ってくるのは「どうも」「そうですね」「さぁ?」の三つのみ。

会話にならない。最近あの子から句点の入る長文を聞いたことがない。

しかも昔はタメ口で話してくれたのに、急に敬語になって距離を感じるようになった。

何度でも言うが彼女はお年頃だ。仕方ない。仕方ないことだが、

ここまで愛想悪いとお年玉あげたくなくなるのも事実だ。

だって多分、いざ面と向かってポチ袋を手渡したとしても「どうも」としか言わないよあの子。感謝とも挨拶ともとれない三文字で俺のお年玉が終わるなんて嫌だ。


ここまで子供のような理由ばかりを挙げてきたが、実際お年玉の相場っていくらぐらいなのだろうとネットで検索してみると、高校生以上には1万円以上。小中学生には5千円前後と書かれた記事が出てきた。

完全に予算オーバーだ。高3に1万、中2と小5に5千円ずつ。計2万円。とんだイベントだ、お正月っていうのは。無事に年が明けたことを皆で祝おうというのに、俺だけ呪われたようにお金のことばかり考えている。


いざあげる側に回ってみると親たちの凄さが身に染みて分かる。

どんなに金欠でも、あげたくない相手がいても、毎年笑顔で明けましておめでとうとポチ袋を差し出してくれていた。

ネットによると、その昔正月に訪れる年神に備えた鏡餅などを家族や使用人に分け与えたことがお年玉の由来なのだという。

誰かを思う気持ちを形にする。それがお年玉なのか。

親たちはその愛情をもって、俺たちに毎年お年玉をくれていたのか。

そうか、これが大人になるということなのか。


いや、俺はそんなありがちなエンディングで諦めたくない。

何が大人になるだ。いつまでも子供のままでいるぞ俺は。

どこまででもお年玉をあげない理由を並べたっていいし、なんとか最小限に抑える悪知恵だって考え続けてやる。

なんだか無敵になったみたいだ。今ならなんだってできる気がする。

いっそ全員1円玉だけ押し付けるか?

俺の機嫌を一番上手く取れたやつにあげるようにしてもいい。

なんなら明日の集まりもバックレようか!


そんなことを考えながら、どんどんと夜は更けていった。



翌日、俺は祖母の家で従兄妹たちを前にしていた。

俺の手にはキャラクターの書かれたポチ袋が三つ握られている。

「大切に使うんだよ。」

俺はそう言ってポチ袋を三人に手渡した。

その瞬間一番下の従弟はやったーと部屋を駆け回った。そしてすぐさま他の親戚のところへ次のお年玉をせびりに行った。中2の従妹はついぞなにも言わぬままその場を後にし、高3の従弟だけはきっちりお礼を言ってくれた。


結局俺は所持金の2万円すべてを従兄妹たちに明け渡した。

高3に1万、あとの二人に5千円ずつ、例のネットで調べた相場と同じ値段だ。

そう、俺は新年会を断った。

本当はとても行きたかった。でも仕方ない、ここまで何も考えずにお金を使い続けた自分が悪い。そう思うことでLINEの送信ボタンを押すことができた。

これで俺の正月は、実家から一歩も出ずにスマホをいじるだけという味気の無いものになった。まあ、これはこれで悪くないだろう。


そんなことを考えていると祖母から声が掛かった。

そんな祖母の手には賀正と書かれた封筒がある。おかしい、他の従兄妹たちにはもうすでにお年玉をあげていたはずだ。

「これ、お年玉、大切に使って」

「いや、ばあちゃん、もう俺も大人だし貰えないよ。」

「何言ってんの。私から見たらまだまだ可愛い孫なのよ。」

そう言って無理やり封筒を握らせてきた。

「いや、…わかったよ。ありがとう。ばあちゃん。」

その言葉を聞くと満足そうに他の親戚のもとへ向かう、御年80の我が家の女傑。

よく見ると親戚たち一人ひとりにお年玉をあげているようだ。

皆戸惑いつつもすんなり受け取っているのを見ると、どうやら慣れた光景らしい。

手元の封筒には俺の名前が達筆で書かれており、なんと賀正の字も祖母の字で書かれている。


そうか、やはりお年玉は誰かを思う気持ちのことなのか。

当たり前のことのようだが、この年になっても気づけなかった自分が恥ずかしい。

封筒の中では、渋沢栄一がなんとも言えない顔でこちらを見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ