EP1 忖度指数ゼロ
もし、本能寺の変が「裏切り」ではなく、日本特有の「バグ」によって起きたエラーだとしたら?
現代のシステムエンジニアが、歴史シミュレーターのたった一つの数値をいじった瞬間、信長は炎の中から生還しました。 その数値とは――『忖度指数』。
空気を読むのをやめた日本人が、どれほど合理的で、かつ「人間臭く」歴史を爆走させるのか。 誰も見たことのない、最強の歴史改変SF。開幕です。
第1話:非合理的な、あまりに非合理的な
炎に包まれた本能寺で、男は呟いた。
「是非もなし……とは、言わんぞ」
ノブナガは、迫りくる明智の兵を見下ろし、嘲るように鼻を鳴らす。
「馬鹿げている。実に非合理的だ」
モニターの前で、僕は震える手でキーボードを叩いた。
あれ、ノブナガが死なない。
するとそこに秀吉の軍が介入してきて、なんと明智光秀の軍を制圧してしまった。
ーーーーーー
202X年、緩やかに死んでいく国、日本。
システムエンジニアの相田は、開発中の歴史シミュレーターで「本能寺の変」のログを眺め、ため息をついた。
何度やっても、信長は死ぬ。
光秀の殺意を下げても、朝廷の関与を消しても、結果は常に「自害」。
まるで歴史そのものが、彼の死を望んでいるかのようだ。
だが、相田はふと、デバッグモードの奥深くに隠された「ある固有パラメータ」に目を留める。
それは**「忖度指数(Sontaku-Index)」**。
日本人の精神に刻まれた、過剰な配慮と同調圧力の数値だ。
デフォルト値は「MAX」になっている。
「……これを切ったら、どうなる?」
相田は軽い気持ちで、その数値を「ゼロ」に書き換えた。
エンターキーを押した、その瞬間――。
画面の中のノブナガは、燃え盛る本能寺から悠々と生還していた。
死を受け入れる「是非もなし」という最期の言葉は、ログから消えている。
代わりに表示されたのは、冷徹な一言だった。
『ノブナガは思った――非合理的だ』
***
それからとんでもない、興奮すべき内容を相田は見た。
画面の中の歴史が、恐ろしい速度で書き換わっていく。
まず、明智光秀の「処理」だ。
史実では、信長は裏切りを知った時、「光秀が……そうか」と感情的な動揺を見せたと言われる。だが、この世界線の彼は違った。
PCの中のメッセージ画面に表示されたのは、
『警告:明智光秀の行動予測に重大な計算ミス(バグ)を確認。――直ちに修正作業へ移行します』
ノブナガは、 炎上する寺から脱出したノブナガのもとに、羽柴秀吉の軍勢が、物理法則を無視したような速度で合流。
「ここでノブナガ失えば、天下布武が頓挫する」
秀吉は焦っていた。
「光秀殿。貴殿の行動は、わかっていたぞ。あの時の貴殿の顔を見ていたからな。だから私は貴殿に監視していたのだ」
包囲された光秀に向けられたのは、憎しみの言葉ですらない。
圧倒的な物量と、完璧に計算された包囲網。明智は突然の秀吉軍の登場で、なすすべもなく燃え盛る本能寺に乗り込むことすらできなかった。
その間、わずか3時間。
僕の手元のコーヒーが冷めるよりも早く、本能寺の変は
「なかったこと」
になった。
ーーーー
それから相田は茫然としてとりあえずPCを切った。
どうにも受け止められなかったのだ。
(忖度指数だと……?)
そんなもので歴史が変わるのかと疑念が湧いて仕方なかった。心の整理ができずに彼は数日間PCを立ち上げることもできなかった。勿論その間時が流れ、仕事でPCを使うことはあってもあのソフトを開くことはしなかった。
きっとその先を見るのが怖かったのだ。
あんな簡単な忖度指数ごときで歴史が一気に変わるとは……。
相田は思った。どれだけ私がいろいろ試行錯誤して信長を生かす方法を模索してきたのに。どれだけ、過去の兵法まで学びAIを使って歴史的な整合性も使いながら、当時の歴史的背景の中でわかっていることで、信長を回避する方法を知ろうとしたのか。
それがたった一つの忖度指数を無しにするっていうこと。
そのことで全部解決してしまうとは。
認められなかったのだろう。
だから数日間、相田はこのことを放置していた。
ーーーーー
数日後、あるきっかけで相田はソフトを開くことになった。
それは、動画で「民意によって政治の世界の風景が変わった」という評論をしているのを見てからだ。
「これは単に政策を実行したということではなく、歴史的な事実なのです。皆さんが、皆さんの意思がこの法案を通したんです。政治は民意で変えることができる、それが今回の出来事です。私は皆さんにお礼を言いたいです。ありがとう」
涙を流しながら、ある政党の幹部がそう言っていたのを評論していたのだ。
「今後、政治は変わるだろう」
相田はそれで理解した。私もあの信長の歴史の事実を受容していこうと。
忖度指数が何を示すのかわからないが、まずはどういう歴史へとその後発展していくのか見ていきたい、とそう思った。
相田は深呼吸をし、数日ぶりにシミュレーターのアイコンをダブルクリックした。
ファンの回転音が、鼓動のように部屋に響く。
『再開します(レジューム)』
モニターに光が戻る。
そこには、本能寺の焼け跡に立つ、煤けたマントの男――ノブナガの姿があった。
足元には、捕縛された明智光秀が転がっている。
彼は死を覚悟し、目を閉じていた。
史実ならば、ここでノブナガは激昂し、光秀をなぶり殺しにするか、あるいは冷徹に処刑していただろう。
だが、ログが表示された文言は意外だった
『忖度プロセスの排除を検知。承認欲求の不具合を解消。 ――現状、直接言語接続による修正へ移行するのが【合理的】と判断します』
そして相田はメイン画面のノブナガの行動をみて驚愕した。それは相田の予想を完全に裏切るものだった。
ーーー
ノブナガは、膝をつき、光秀の目線まで降りたのだ。
「光秀よ」
ノブナガの声は震えていた。怒りではない。後悔によってだ。
「貴様の気持ちを、私はわからなかった」
光秀がカッと目を見開き、ノブナガを見上げる。
魔王の口から出るはずのない言葉。だが、今のノブナガには「主君としてのプライド」や「弱みを見せてはいけない」という態度ではなかった。心にある事実をそのまま口にする。
「貴様ほど私に尽くしてくれた配下はいなかったのを、今、心に刻んでいる。貴様は野心でこれをしたんじゃないことも知っている。……朝廷との関係もあって、板挟みにあったんだろう」
ノブナガは光秀の肩に手を置いた。今まで見せたことがないほどの、優しい面持ちだった。
「お前に忍びの者もつけて探っていたのだ。影でお前は、お京に言っていた。本当にこれでいいのだろうかと。朝廷を脅かし、朝廷に取って代わろうとしていた私の傲慢な態度を見て、征夷大将軍を受けないノブナガを殺せと最終的に言われた時……お前は独り呟いていたそうじゃないか」
「と、殿……?」
光秀はノブナガの目を見上げた。
「気づいてやれなかった、それは私の不足だ。すまなかった。いや私の罪かもしれない。妙な宣教師がいっていた言葉が映ったか」
ノブナガは、泥だらけの光秀を抱きしめた。その顔はもう涙に濡れていた。
「もし、傲慢な私を許してくれるなら……もう一度、私とともに歩んではくれまいか」
抱きしめる手を放して、ノブナガはもう一度光秀の目を見ながらそう言った。
その瞬間、光秀の瞳から涙が溢れ出した。
ずっと抱えてきた重圧、主君への愛憎、板挟みの苦しみ。それらが「すまなかった」というたった一言で氷解していく。
ノブナガは、泣きじゃくる光秀を力強く再度抱きしめた。
「殿ぉぉぉーーッ!!」
その後ろで、勢いよく本能寺は燃え盛っていた。
ある意味、人の業、本能を焼き尽くす歴史の炎なのかもしれない。高く上がる煙は新しい世界の始まりの狼煙なのだろうか。
本当は殺されるべきだった主君と謀反人が、その前で抱き合って和解をし、泣いている。
駆けつけた秀吉も、一度は呆気に取られ、何事が起こったかわからなかったが、彼も理解した。この歴史的な瞬間を何となく心で感じて、彼も男泣きし、目頭を熱くして空を仰いだ。
相田は、画面の前で唸った。
「そうか……。忖度をしないとこうなるのか。もうノブナガも何か変わったのだろう」
妙な察しあいをしないで、本音を探ったノブナガ。
そして裏があると思わず、純粋にノブナガの気持ちを受けた光秀。
これが本来あるべき姿だったのか。
だからノブナガは暗殺されずに、そして新しい歴史が始まるのだ。
相田はこの先が見たいと思った。
(続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「信長はなぜ死ななければならなかったのか?」 多くの歴史IFで語られてきたテーマですが、今回は武力や戦略ではなく、もっと内面的な**「コミュニケーションのバグ(忖度)」**に焦点を当ててみました。
最後の信長と光秀の和解シーン。 「言わなくてもわかるだろう」という甘えを捨て、本音で「助けてくれ」「すまなかった」と言葉にすること。それこそが、最強の組織を作るための唯一の解なのかもしれません。 書いていて、現代の私たちにも通じるテーマだなと痛感しました。
さて、信長が生きたことで、歴史はここから加速します。 次回の主役は、あの男。羽柴秀吉です。
史実では無謀な「朝鮮出兵」で晩節を汚した彼ですが、この世界線の秀吉は一味違います。 感情論を廃し……」**。
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