第5話 上書き保存
佐藤は考えないことを選んだ。
ミサトとの別れからしばらくの間、
理由を探そうとすればいくらでも探せた。
思い当たる節も心のどこかにはあった。
それでも佐藤はそこに踏み込まなかった。
考え始めれば自分の立ち位置が揺らぐ気がしたからだ。
「女なんて、そんなもんだろ」
誰もいない部屋で口にした瞬間、少し楽になった自分に気づいていた。
その感覚を否定しなかった。
大学三年になると佐藤は後輩から慕われる立場になった。
サークルでも、ゼミでも、自然と人が集まる位置にいた。
面倒見がいいわけではない。
ただ、否定しない。話を遮らない。
相手の話が途切れないように適切なところで相槌を打つ。
それだけで居心地のいい人間になれた。
後輩のユキは、よく相談を持ちかけてきた。
前髪を気にする癖があり、話しながら何度も耳にかけ直していた。
「先輩、前髪変じゃないですか?」
「いつも変じゃん」
「気にしてるのわかってるくせに」
授業のこと、友人関係、恋愛の話。
ユキは話しながら、何度も佐藤の顔色をうかがっていた。
佐藤はそれに気づいていた。
それでも、踏み込まなかった。
必要以上に親身になると期待される。それが少し怖かった。
ユキが弱音を吐くと佐藤は無難な言葉を選んだ。
「最近バイト先が大変で」
「ユキが頑張ってるのはわかるよ」
「ホントですか?」
「多分多分」
「先輩ってほんと適当ですよね」
励ましすぎず、突き放しすぎず。ユキはその言葉に、安心したように笑った。
その笑顔を見て佐藤は自分の役割を理解した。
求められているのは正解ではない。落ち着いた反応だ。
気づけば、関係は曖昧なまま続いていた。
明確な約束はなく、流れで体の関係を持つこともあった。
翌日になっても特別な変化はない。
連絡を取れば返事は来る。取らなければそれで終わる。
それは楽な関係だった。
期待されないし責任も発生しない。
誰か一人と向き合うよりずっと効率がいい。
ユキ以外にも似たような関係は増えていった。
飲み会の帰り、終電を逃した夜。
勢いで始まりそのまま終わる関係。
相手が踏み込んできそうになると佐藤は自然に距離を取った。
「今日の夜は時間作ってくれる?」
「ごめん、最近忙しくて。また俺から連絡するよ」
「寂しいから会いたいな」
「そっか。ごめんね。どうしても外せない用事があって。」
ベッドに寝転がりながら返信をする。
高校時代のことを、ふと思い出すことがあった。
三ヶ月ほどで必ず振られていた。
「私のこと、好きじゃないでしょ」
あの言葉は形を変えながら何度も繰り返されてきた。
それでも佐藤はそれを偶然だと思うことにした。
同じことが続いているとは考えなかった。
考えなければ問題は存在しない。
そう信じることで佐藤は自分の立場を守っていた。
そうやって佐藤は大学生活の残り時間をやり過ごした。
予定は途切れず、人も途切れなかった。
ただ、夜が静かになると理由を探さなかった自分を思い出すことがあった。
その考えはすぐに次の予定で上書きされた。




