第3話 尊敬とは
ミサトと知り合ったのは、講義の帰りだった。
講義が一緒なことは知っていたが、なぜ声をかけたのかはわからない。
「それ、重くない?」
佐藤が言うと、
ちょっと驚いた顔をしながら
ミサトは肩にかけた鞄を少し持ち直した。
「重い。でも、慣れた」
「慣れるの、早そう」
「そう見える?」
「うん」
ミサトは少し考えてから、笑った。
「じゃあ、そういうことにしとく」
何度か顔を合わせるうちに、毎週一緒に帰るのが自然になった。
ミサトは人の輪の中心に自然と収まるそんな人だった。
初対面でも物怖じせず、距離を詰めるのが早かった。
サホのときのように、場を盛り上げる必要はなかった。
ある日、ミサトが言った。
「佐藤くんって、自分の話しないよね」
「そう?」
「うん。聞いてばっか」
「楽だから」
佐藤がそう言いかけて、やめた。
代わりに言った。
「ミサトの話、面白いから」
ミサトは一瞬、目を伏せた。
「……そう?」
「うん。」
そのあと、ミサトは小さく息を吐いた。
「ならいいんだけどね」
佐藤は普段と違うテンションで話すミサトに少し驚いた。
「どうかした?」
「いや、たいしたことじゃないよ」
「いつもと違うじゃん」
佐藤はすぐに否定した。
「大丈夫大丈夫」
ミサトは、しばらく黙っていた。
数日後、二人は付き合うことになった。
何がきっかけだったか覚えていないが、
家に遊びに来たミサトが終電をなくし、一晩をともにした。
ミサトが言った。
「一緒にいるの、楽だし」
佐藤はうなずいた。
「俺も」
それで、十分だった。
付き合ってからも、
距離は変わらなかった。
連絡は途切れず、会えば会話も続いた。
でも、何かが増えることはなかった。
家で二人で過ごしているときに急にミサトが言った。
「佐藤くんのことさ」
「なに?」
「尊敬してる」
佐藤は一瞬、言葉に詰まった。
「尊敬?」
「うん。落ち着いてて、ちゃんとしてる」
佐藤は笑った。
「急になに?怖いよ」
「本気だよ」
佐藤は軽く笑いながら言った。
「ありがとう」
それ以上何も足さなかった。
その日の帰り道、ミサトが続けた。
「尊敬してるっていったじゃん?」
「うん?」
「尊敬って、正しいのかな」
佐藤はすぐに答えられなかった。
「……そういう関係もあると思うよ」
ミサトは笑った。
「そっか」
その笑顔を見て、佐藤は少しだけ安心した。
ミサトと別れた夜、部屋に戻ってから、
佐藤はスマートフォンを手に取った。
連絡先を開く。
スクロールする。
ふとミサトのスマートフォンに表示されていた記号のことが頭によぎる。
別に見たくて見たわけじゃない。
不思議と目に入った。
「☆」
ミサトの家族や友人の名前で表示されている中で
上の方に表示されている記号。
誰なのかは聞かなかった。
詮索しないことが信頼だと思っていた。
聞かないことで関係は守られる。そう信じていた。
その「信頼」が、誰のためのものなのかは考えなかった。
踏み込まないことに慣れていた。




