第2話 好きって何
サホと別れてから、佐藤の生活はほとんど変わらなかった。
講義に出て、サークルに顔を出し、夜は誰かと飲む。
誘われれば行くし、断る理由もなかった。
場にいれば、会話は回った。
「佐藤、今日テンションいいな」
「そう? だいたいいつもこんな感じだけど」
「それがすごいよな」
軽い冗談を返すと、周りが笑った。
それで十分だった。
飲み会の帰り、駅まで歩きながら友人が言った。
「サホちゃんと、どうなったの?」
「別れたよ」
「え、いつ?」
「この前」
「早くない?」
「まあね」
「なんで?」
佐藤は少し考えてから言った。
「タイミング、合わなかった」
「サホちゃん忙しかったもんな」
「そうそう」
それ以上、話は広がらなかった。
誰も深く聞かなかった。
一人になった帰り道、
佐藤はスマートフォンを取り出して、意味もなく画面を見た。
サホの連絡先は、そのまま残っている。
消すほどのことではない。
残しておく理由も、特にない。
ポケットに戻した。
昼休み、学食で友人と並んで座る。
「佐藤ってさ」
「なに?」
「彼女に優しいタイプだよな」
「それ、褒めてる?」
「うん。ちゃんと話聞くし、否定しないし」
「否定するの、疲れるじゃん」
「そこだよ」
友人は笑った。
「でもさ」
「うん?」
「否定しないのって、逆に怖くない?」
「なんで?」
「分かんないけど。何考えてるか分かんなくて」
佐藤は箸を動かしながら言った。
「考えてないだけだと思うよ」
冗談のつもりだった。
けれど、友人は少し考えるような顔をした。
帰り道、サホとよく行ったカフェの前を通った。
窓際の席が空いている。
二人で並んで座った席だった。
佐藤は立ち止まって、少しだけ中を見た。
それから、何もせずに通り過ぎた。
夜、サークルの集まり。
誰かが新しい恋人の話をしている。
「好きってさ、どうやって分かる?」
「一緒にいて楽しいとか」
「会いたいって思うとか」
「不安になるとかじゃね?」
話は自然に盛り上がった。
「佐藤は?」
突然、振られた。
「え?」
「好きって、どんなときに思う?」
佐藤は少し考えた。
「楽しいかどうか、かな」
「それだけ?」
「それ以上ある?」
一瞬、間があいた。
「合理的だな」
誰かが笑って、空気は戻った。
帰りの電車を待っていると、後ろから声をかけられた。
「佐藤くん」
振り返ると、サホだった。
少し驚いた顔をしていると、サホは軽く微笑んだ。
「久しぶり」
「うん。元気?」
「まあまあ」
「そっか」
沈黙。
電車の到着を知らせる音が鳴る。
「……あのさ」
サホが先に口を開いた。
「この前のこと、気にしてる?」
「どれ?」
「私が言ったこと」
佐藤は少し考えてから言った。
「まあ、少し」
「ごめん。変な言い方だったよね」
「いや、大丈夫」
サホは苦笑した。
「相変わらずだね」
「なにが?」
「ちゃんとしてるとこ」
佐藤は笑って返した。
「いいことじゃん」
サホは何か言いかけて、やめた。
サホは一緒の電車には乗らなかった。
夜、部屋に戻る。
電気をつけて、ベッドに腰を下ろす。
いつも通りの部屋だった。
スマートフォンを手に取る。
連絡先を開いて、少し眺める。
サホの名前が、目に入った。
佐藤は画面を閉じた。
「ちゃんとしてる」
その言葉が、頭の中で引っかかっていた。
褒め言葉のはずだった。
実際、今まではそう受け取ってきた。
でも、なぜか今日は、少しだけ違った。
佐藤は考えた。
サホといるとき、自分は何を言っていただろう。
相手が欲しそうな言葉。
場が丸く収まる言葉。
嫌われない言葉。
それ以外を言った記憶がなかった。
それでも、日常は続く。
明日も講義があり、
誰かと話し、笑う。
佐藤は、その想像ができた。
だから、今はそれでいいと思った。




