表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
圏外コミュニケーション  作者: 圏外さん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/6

第1話 ちゃんとしてる人


人と話すことが苦手なわけではない。第一印象はよく、場の空気も壊さない。

大学生の佐藤くんのお話です。



この街に来てから、時間は増えた。

講義が終わると、誰かが誰かを呼び理由のない集まりができる。

佐藤は誘われると断らなかった。場にいれば会話は回るし、気まずくもならない。


それだけで、一日を無駄にしなかった気になれた。

サホと出会ったのは、サークルの男友達の部屋だった。


ワンルームの床に座り、コンビニの酒を回していると、

玄関のチャイムが鳴った。

ドアが開いて、冷たい空気が入り込む。


「こんばんはー」


少し息を切らして、サホが入ってきた。

肩に触れるくらいの髪を無造作に下ろし、大きめのパーカーを着ている。

視線は落ち着かないのに、表情は明るかった。


「初めてだよね?」

「うん、呼ばれて」

「遅くなってごめん。道、普通に迷った」

「それ、この街あるあるだね」


佐藤が言うと、サホはすぐ笑った。


「それ言われると、ちょっと安心する」


そのまま、自然に輪に混ざった。初対面なのに、距離の詰め方が早い。


「佐藤くんだっけ?」

「うん」

「真面目そう」

「よく言われるけど、だいたい外れるよ」

「じゃあ何そう?」

「無難そう」

「それは当たってるかも」


冗談みたいなやり取りだった。

場は和み、会話は途切れなかった。

佐藤は相手の話を拾い、広げ、適当なところで笑わせた。

自分の話をする必要はなかった。

夜が更け、解散の空気になったころ、サホが立ち上がった。


「ごめん、先に帰るね」

「もう?」

「明日、朝からバイト」


玄関まで見送ると、サホは靴を履きながら振り返った。


「見送りありがとう 佐藤くんは?」

「じゃあこのまま帰ろっかな。」

「うん。じゃあ一緒に」


夜道を並んで歩く。会話は軽かった。


「大学どう?」

「まあまあ。思ってたより自由」

「分かる。暇すぎて逆に焦る」

「それ一番疲れるやつ」


サホは笑った。


「今日もバイト?」

「うん。終わってからきたんだ」

「えらいな」

「言い方が雑」

「でも事実」


改札が近づく。


「バイト多いと大変じゃない?」

「まあね。でも休むと生活が大変」

「現実的」


サホは少し間を置いて、言った。


「佐藤くんってさ」

「なに?」

「忙しい人って、どう思う?」


佐藤はすぐに答えた。


「全然。頑張ってるなって思う」

「ほんと?」

「うん。無理はしないでほしいけど」


サホは小さく笑った。


「それ、優しいやつ?」

「どっちかというと、当たり障りないやつ」

「正直だね」


改札の前。

サホは体の向きを変えないまま言った。


「佐藤くんって、誰といてもこんな感じ?」

「どんな?」

「感じいい感じ」

「それ褒めてる?」

「うん。でも」


サホは言葉を切った。


「……なんでもない」


そのまま改札を抜け、振り返らずに行ってしまった。



それから、何度か会った。

会う理由を考える前に、会うのが当たり前になった。

気づいたら、付き合っていた。



付き合ってからも、会話はいつも弾んだ。

駅までの短い帰り道。

サホはよく笑い、佐藤はそれを拾った。


「今日もバイト?」

「うん」

「この世で一番えらい人じゃん」

「適当すぎ」

「でも事実」

「佐藤くんって、疲れない?」

「何が?」

「ずっと感じいいとこ」

「それ仕事向きでしょ」

「彼氏向きかは微妙」


笑って、流れた。

改札の前。


「じゃあ、行くね」

「いってらっしゃい」


サホは数歩進んでから振り返ることがあった。

何か言いたそうにして、結局何も言わない。その沈黙に、佐藤は慣れていった。



会わない日は、予定を入れた。

飲み会、友人の部屋、深夜の雑談。

空白はすぐに埋まった。

サホからの連絡は、少しずつ減っていった。

忙しいのだろうと思った。

落ち着けば戻る。

そう考えるのが自然だった。



久しぶりに会った夜、サホは箸を置いた。


「最近、あんまり一緒にいないね」


責める口調ではなかった。

ただ、確認する声だった。


「無理して会わなくていいよ」


佐藤はいつもの調子で言った。


「その方が楽でしょ?」


サホは黙った。


「それさ」

「うん」

「優しいんだけどさ」

「だけど?」

「踏み込んでこないよね」


佐藤は笑ってごまかした。


「踏み込むと嫌われるタイプだから」

「それ、冗談?」

「半分」


サホは視線を落とした。


「嫌われてもいいから来てほしいよ」


佐藤は、その言葉を受け取ったまま、返せなかった。



数日後、サホから連絡が来た。

〈少し話せる?〉

喫茶店の窓際で向かい合う。

サホは落ち着かない様子で、何度もコップに触った。


「……私たちって、付き合ってるよね?」

「うん」

「でもさ」


間が空いた。


「私のこと、好きじゃないでしょ」

「嫌いじゃないよ」

「それ、分かってる」


サホは首を振った。


「でも、好きって言われた感じしなかった」

「言わなくても伝わると思ってた」

「伝わってたよ」


サホは言った。


「でも、それって誰にでも同じでしょ」


佐藤は黙った。


「一緒にいると楽しい。でも」

「私の場所じゃない感じがした」


佐藤は何か言おうとして、やめた。


「じゃあ、どうする?」

「終わりにしよ」


佐藤はうなずいた。


「分かった」


サホは苦笑した。


「……ほんと、ちゃんとしてるよね」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ