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ぐうたら皇女、婚約破棄劇を仕込む

作者: 織方愁
掲載日:2025/12/05


 グロリアーナ帝国の第三皇女アウローラは、会場の一段上にある玉座で微睡んでいた。

 招待客と蝋燭の熱気で、いい感じに眠い。


 なのに、突然の叫び声が会場に響き渡り、入眠に邪魔が入る。


「お前との婚約を破棄する‼︎」


 まさか本当にやるとは、とアウローラの目が一気に覚めた。

 その驚きを別の意味に受け取ったのか、目の前の(いちおう)婚約者は調子づいた。


「お前は皇女という身分に胡座をかき、惰眠を貪り、貴き義務を果たさない! そのような怠惰な人間は、我が公爵家には相応しくない!」


 この婚約者(仮)——デキムスは、コーネリウス公爵家の長男である。


「栄光ある帝国の未来を担う、次期公爵の俺には、お前のような怠惰姫より美しく賢い皇女であるフェリチアこそ相応しい!」


 デキムスの傍らには、腹違いの妹、第四皇女フェリチアの姿があった。

 二人の様子は、まさかただの知り合いには見えまい。腕を絡めあい、フェリチアはデキムスにしなだれかかり、デキムスはフェリチアの腰を強く抱く。

 我が妹ながらはしたないなぁ、とアウローラの感慨は呆れに近い。


「どうした! 驚きすぎて言葉もないか!」


 驚きは驚きでも、コイツらはこんなに馬鹿だったのかぁ、という方向性だが。


「……………………皇帝陛下には、この件はお伝えしたのでしょうか?」

「まだだ。だが、きっと陛下も認めてくださるだろう。フェリチアは完璧な淑女であり」


 完璧な淑女は、そんな色っぽい秋波を送らないと思う。


「コーネリウス公爵夫人にふさわしい教養をもっている!」


 前提条件の食い違いがあるなぁ。


「それに比べ、お前は寝てばかり! たまに起きてきたと思ったら、場を弁えず居眠り。ぐうたら姫の婚約者だと、俺も笑われる! こんな婚約者をもって恥ずかしい!」


 否定はできない。たしかに、今宵のような場でも居眠りしかけていたので、デキムスの言い分も間違いではないだろう。


「お姉様! どうか、お許しください! わたし、デキムス様を愛してしまったの!」

「ああ。美しいフェリチア。そんなに悲しまないで。俺たちの愛は、真実の愛だ」


 よくこんな状況で、ピンクの空気をつくれるなぁ、と感心してしまう。


「アウローラとの婚約など、奴が皇帝陛下と父上を騙したに違いない! きっと、陛下たちもわかってくれる! ……って、寝るな!」

「あー失敬」


 つまらなすぎて、意識が飛んでいた。


「はぁ。貴方が私との婚約を不快に思っているのはわかりました。して、コーネリウス公には当然、話を通していますよね?」

「なぜ、父上の名が出る? もちろん、皇帝陛下に婚約破棄を願い出る時に知らせるつもりだ」


 この馬鹿の場合、本気で言ってるんだろうなぁ、とアウローラは嘆息する。


「この婚約は、コーネリウス公からの申し入れで決まりました」

「なっなにッ!?」


 デキムスは困惑を露わにする。コーネリウス公が説明しなかった訳がないので、これは単純にこの男のおつむの問題だろう。

 というか、この男を皇女の婚約者に当てる時点で公爵の判断力が疑われかねないが。


「次期公爵というわりには、ご存じなかったようで」

「そんな、デキムス様!」

「いや、違う! 出鱈目だ! 我が公爵家からお前を望むだと!」


 哀れ。筋違いのことを喚き散らす醜態に、周囲の観衆たちの視線は冷たい。

 彼らの馬鹿さ加減への驚きも落ち着き、そろそろ眠気がやって来る。まだ、眠れないとあくびを噛み殺す。


「はいはい。貴方の言い分はもう充分です」

「ふん! ようやく、理解できたか! ぐうたらで頭の鈍いお前には難しかったか!」


 いやはや。好き勝手言うこと自体は構わないが、第四皇女を味方につけたとはいえ、仮にも皇族の一人に随分な物言い。

 言葉の重さというものを理解していない。それとも、責任を取れるのだろうか。


「衛兵。この者らを捕えなさい」


 アウロレーラの声は決して大きなものとは言えない。しかし、会場の目立たない位置で待機していた兵士たちが一斉に動き出す。なぜなら、事前にこうなることは指示済みであったからだ。


 あっという間に囲まれて、デキムスらは喚く。


「おい、どういうことだ! 俺の父親は、軍の近衛大将であるコーネリウス公爵だぞ! 俺を捕まえてみろ、後悔するからな!」

「…………デキムス様。公爵も了承していることです。彼らを別室にお連れして」


 前半はデキムスへ、後半は衛兵へ。


 デキムスがこのような場で、あのような事ができた理由には、父親の権力に守られると勘違いしていたこともあるだろう。父親であるコーネリウス公爵が城の警備を行う近衛兵団の大将だからこそ、ここではどのような無体な真似もされないと思ったのかもしれない。


「なっ……この、離せ!」

「キャァ! デキムス様! お姉様!」


 たしかに、デキムスとフェリチア——近衛大将の息子と皇族の二人相手なら、アウローラ一人では権威が足りなかった。

 けれども、今宵の警備にあたった衛兵たちには既に手回しがしてある。今宵のパーティーが開かれる前から、アウローラは皇帝と件の公爵に話を通していた。


 五月蝿い客を摘み出した後、アウローラはパーティーの参加者らに呼びかける。


「紳士淑女の皆さま。少しばかり見苦しい一場面がありましたが、どうかくだらぬ三文劇とでも思ってください。夜はまだこれからです。どうぞお楽しみをお続けください」


 先ほど婚約破棄を宣言されたとは思えない、落ち着き払った第三皇女の姿に、客人らもこれは予定調和のものだと気づく。

 正しく、その通り。デキムスとフェリチネの愚行は、アウローラの掌の上にあった。


「————アウローラ様、ご加減は?」


 再びパーティーの活気が戻った会場を前にして、アウローラは陰にいた従者に尋ねられる。


「ティト。……彼らが想定通りすぎて、つまらなくて眠い」

「では、いつもの通りに」


 従者はそっと陰に戻る。パーティーを縦横無尽に駆ける優秀な使用人たちによって、気づかれないように参加者らは玉座から遠ざけられる。

 一仕事を終えた第三皇女は、これから微睡まれるのだから。


 玉座で居眠りする姫に、パーティーの客人らも慣れたものである。


 最初から、今夜の出来事は全てアウローラが仕込んだもの。

 そも、パーティーの招待客名簿は、アウローラに敵対していない陣営で固められていた。そのことに気づかないで婚約破棄騒動を起こしたことが、不思議でならない。


 だが、それはひとまず置いておいて。


 今はとにかく、眠い。

 アウローラは、夢の世界へと飛び立った。




  ◇




 一月前。皇帝の執務室。


「デキムス様が、私との婚約を破棄したいようです、父上」

「…………ちょっと待ってくれ、アウローラ」


 帝城の執務室には、主であるグロリアーナ帝国の皇帝ウィクトルと皇帝の三女アウローラがいた。


 皇帝ウィクトルは、齢51ながら高身長で頑健な肉体を維持し、その動きにはダレたところがない。20年以上の治世から顔には深い皺が刻まれており、先帝にならって生やした髭も併せて威厳を醸し出している(皇后には不評)。


「婚約破棄、だと。この婚約は公爵側の利益を優先したもの。余は其方を手放したくないというのに」

「はい。全く、その通りで」


 ウィクトルは、眠たげに肯定する娘を見る。


 第三皇女アウローラは、白金色の髪と色素の薄い目の、一見、儚げな少女である。外見は父である皇帝よりも、夢見がちだった母に似ている。

 だが、ウィクトルはこの娘を買っていた。それこそ、政略結婚よりも、手元に置いておくことを優先させた程に。


「では、何故そのような」

「どうやら、デキムス様はフェリチアを娶りたいようでして、私が邪魔なようです」

「ううん? 何故フェリチアが出てくる? ……アウローラ、頼む。順を追って話してくれ」


 そう。この時点まで、デキムスとフェリチアの計略は上手くいっていた。根回しができている訳ではなかったが、逆に、皇帝らも愚か者どもの恋愛を察知できていなかった。


「“夢”で見たのです」


 「夢」という単語に、ウィクトルの剣呑さが増す。


 この世界には、魔法がある。人口のおよそ半数より少ない人たちが使うことができ、その出来もピンからキリまである。汎用的にバランスよく魔法が使える人もいれば、一つの分野や属性に特化した人もいる。

 アウローラは後者にあたり、さらにその中でも特殊だった。


 アウローラの魔法は、簡単に言えば予知夢である。

 厳密に言うと、夢で見れるのは過去・現在・未来を問わない。それもアウローラ個人のみでなく、アウローラの近しい人から帝国全土のことまで、範囲は多岐にわたる。これだけ聞けば、素晴らしい魔法のようだろう。


「デキムス様が百科事典を読んでいたのです」

「ん?」


 だが、もちろん、欠点がある。まず、人の見る夢がとりとめもないように、アウローラの魔法もまたコントロールができない。そして、夢があっちに行ったりこっちに行ったりするように、断片的な情報しか得ることができないのだ。


「アレもいちおう高位貴族だ。勉学でもしているのだろう」

「いえ。デキムス様の能力的に、そのような高尚な遊びはできません」

「うむ、それもそうだな」


 親子揃って、なかなかに酷い物言いだが、ツッコむ人員はいない。


「怪しいと思ったので、父上に貸していただいている影に調べさせたところ、ヒアシントゥスの頁に折り目がついておりました」

「ヒアシントゥスというと、フェリチアの誕生花であったな」

「よく憶えておいでですね」

「妻と子どもたちの物は全て憶えておる。アウローラの誕生花は、サルビア・オフィキナリスだったな」


 皇帝である父は、妻と子どもを完全に政略に利用してはいるが、こういうところがあるから憎めない、とアウローラは思う。ちなみに、アウローラは、家族はもちろん、自身の誕生花も憶えていない(面倒くさいので)。


「だが、それだけではただの偶然だと言えるのではないか?」


 確かに、この情報だけでは、デキムスとフェリチアの繋がりまでは辿り着けなかった。


「また違う夢で、ヒアシントゥスの生花を飾りにしているフェリチアを見たのです。ヒアシントゥスは冬の花ゆえ、季節違いに疑問を持ちました」


 今の皇帝であるウィクトルは、先帝までに拵えた莫大な借財を解消するため、質実剛健を旨としていた。現在では皇室の財政はクリーンになっているが、倹約の方針は変わっていない。

 わざわざ季節外れの生花を取り寄せるなんていう贅沢は、宮廷内で目立つはずだ。けれども、話題になっていない。ということは、誰かからの個人的な貰い物である可能性が高い。


「この時点では、私の中で二件は繋がっていませんでした」


 デキムスの百科事典とフェリチアの飾りは、ヒアシントゥスで共通していたが、この時点ではまだ繋がりが極薄であった。


「フェリチアには婚約者がいませんが、わざわざ入手の難しい誕生花を送るほどの懇ろな相手がいるのかと、その出所を念のため調べさせました」


 ウィクトルは当然、フェリチアも政略に利用するため、その貞操には気を配っていた。そういった全般的な注意では気づけない、ピンポイントの捜査をアウローラは行う。


「フェリチアがヒアシントゥスを受け取ったのは、大通りにあるレストランでした」

「そこなら知っている。たしか、マルティアのお気に入りだったな」


 マルティアとは、ウィクトルの側室であり、フェリチアの母である。


「そこの支配人から、常連へのサービスとしてヒアシントゥスの花束とメッセージカードを渡していました」


 アウローラは違和感を追及した。


「季節外れとはいえ、フェリチアは皇族ですから、特別のサービスかと考えました。でも、それにしては頻度が多く。少し突いたところ、あのレストランはコーネリウス公爵の寄り子の家がオーナーとわかりました」


 ここで、アウローラの中で二件が結びついた。


「そこで、影を使って調べたところ、あのレストランを中継に、デキムス様とフェリチアが恋文を送り合っていることが判明したのです」


 アウローラの“夢”の魔法は、ただそれだけでは意味がない。このように魔法から得た情報を取捨選択し、それを元に頭を働かせて、やっと実用性をもつ。


「私との婚約が上手くいけば、親族になるとはいえ、流石に恋人関係は醜聞だろうと思い……二人に気づかれぬよう、手紙の中身は都度、確認を入れました」


 淡々と婚約者の不貞を報告する娘に、皇帝は嘆息する。ここまで感情がないと苦笑が禁じ得ない。まあ、だからこそ、信頼できるのだが。

 この娘の性格的に、あくまで二人の関係がプラトニックなままなら、口を出さず結婚までいくだろう。

 だが、そうはならなかった。


「私は直接読んでいない、ので、なんとも言えませんが、恋文は数を重ねるごとに……情熱的になっているそうです。それで、つい先日の物に“婚約破棄”の文言が」

「若さゆえの逸りではないか?」

「影の報告によれは……次第に、現実味を帯びてきている、ようで」


 ウィクトルは眉間を抑えた。アウローラも気持ちはわかる。


「それで、どうする?余に報告に来たということは、既に対策も考えているのだろう?」

「ひと、月後に、私が主催の、パーティーを開こうか……と」


 相変わらず、アウローラの顔には悲壮の色がない。むしろ、眠そうだ。今にも、こっくりこっくりと船を漕ごうとしている。


「下手に、私が、コントロール……できない場で、やられても、かないませんから……ふわぁ」

「そうなる前に、婚約の解消を願い出るのでは駄目なのか?」

「あの、二人……変に知恵が働くのか、確実な、不貞の証拠がないんです。それ、に……あの男の婚約者をしてやったのだから、圧倒的なあちら有責で終わらせたいです」


 後者の方が本音だな、と父にはわかる。


「父としても、皇帝としても、お前のやることに反対しない。必要なことがあれば、なんでも言いなさい」


 ウィクトルの言質が取れて安心したのか、アウローラは本格的に船を漕ぎ始めた。


「お疲れ様、そして、おやすみ、アウローラ」


 ウィクトルが寝入ったアウローラを眺めていると、すっと陰から従者の手が出てきて、アウローラを抱き上げる。その仕草は、優しく、まるで壊れ物を扱うかのようだった。


「娘を部屋まで頼むよ、ティト」


 黒髪黒目の青年は、言われなくとも、と言いたげな様子でアウローラを運んでいく。

 本来、皇室の影は、皇帝にのみ忠誠を捧げる。だが、この青年の主はアウローラだけだ。そして、その在り方をウィクトルもまた良しとしていた。


 つくづく第三皇女は自分の想定外を持ってくる、と皇帝は執務室で一人、くつくつと笑った。


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでお願いします。


ブックマークもいただけると、とてもうれしいです。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
常に眠気に苛まれておられるのは、予知夢の負荷に対するセーフティなんですかね。 予知夢による断片を地道な調査と推理で繋ぎ合わせしっかりとした絵に起こすアウローラ様が素敵です
織方愁 様 ぐうたら皇女の婚約破棄モノかと思いきや、「全部アウローラ様の掌の上」だったのが気持ちよかったです。 デキムスとフェリチアの方が“テンプレ側”にいて、ぐうたら皇女の方が冷静に盤面を読み切っ…
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