第九章:「川へ導いた翼」
操縦桿は重く、ほとんど応答しない。
右側の計器はすでに沈黙し、左主翼すら損傷している。
イヴァンは無言で川を見据える。
市街地はもう後方──爆炎から遠ざかりつつある。
その瞬間──
また警告音。
「……まさか……まだ撃ってくるか……!」
iPadの画面に赤い点。
レーダーシーカーではなく、IRホーミング(赤外線)。
エンジンの熱を追ってくる。
R-73──至近距離用の殺し屋。
逃げる術はない。
チャフも尽きている。
機体はすでに火を噴いている──これ以上、撃たれれば終わりだ。
イヴァンは、川の中央に機首を向け、
最後の無線ボタンを押す。
「こちらイヴァン。ミッション完了──市街地の被害はなし。……あとは、よろしく」
彼は、レバーを引いた。
バシュッ!!
キャノピーが吹き飛び、座席ごと射出される。
重力が一瞬消えたかと思うと、頭上に傘が開き、彼の体を川の風がなぶる。
直後──
MiG-21の残骸が、ドニプロ川の中央に突っ込む。
ドゴォォォン!!
炎と水柱が空高く吹き上がる。
燃料が川面に広がり、黒煙を立てながら**(爆散)**した。
二度と誰も乗れない、使命を果たした鉄の鳥。
パラシュートに揺られながら、イヴァンはゆっくりと降下していく。
後ろには、彼が守った都市の輪郭──
そして、空にはもう敵影はなかった。