第七章:「都市が味方する時」
赤く染まったHUD。連続するレーダーロック音。
背後には、青く塗装されたSu-27 フランカー。
二基のエンジンから吐き出すアフターバーナーの炎が、まるで猛獣の牙のように光る。
イヴァンは歯を食いしばる。
こちらの機体では、旋回でも上昇でも勝てない。
逃げ場は、ただひとつ──
「こっちは、都市を飛んでるんだ」
スロットルを最大に。
古びたMiGは悲鳴のような音を上げながら、市街地へ突入する。
煙を吐く煙突、マンションの谷間、工事中のクレーン。
Su-27のパイロットが、ぎょっとして距離を空ける。
「怖いか?じゃあ、来るな」
イヴァンは速度を緩めず、旋回半径ギリギリのラインで街を抜けていく。
高層ビルの壁が迫る。
彼はあえて、そのビルの鏡面ガラスにSu-27の姿を映して見た。
フランカーは距離を詰めてきている。だが、わずかにラインが乱れている。
「こいつは機体性能だけで戦ってる。こっちは……地形で殺る」
ビルの谷間を抜け、中央広場へ出た瞬間──右へ急旋回。
見えてきた。キーウ旧市街の外れ、電波塔。
ソ連時代に建てられた、鉄骨むき出しの骨組み。
塔の周囲には倉庫や変電施設が密集し、飛行機にとっては最悪の迷路。
「ここだ。お前を殺す檻は、もう用意してある」
Su-27が、背後から急降下してくる。
機関砲が火を吹く。弾痕が街路の屋根をなぞる。
しかし、イヴァンは加速せず、速度を落としたまま塔の隙間へ滑り込む。
塔の鉄骨の中をくぐる──!
通常ではありえないルート。
だが、MiGはかろうじてそれを可能にする細さを持っていた。
Su-27は、それを追うには速すぎ、デカすぎる。
案の定、塔を避けようと急激にバンクを取る。
──その瞬間、待っていた。
「今だ」
イヴァンは、塔の向こう側へ抜けながら、機体を振り向かせる。
高度を上げず、ぎりぎり地上すれすれで横滑りしながら、ターゲットを捉える。
R-60はもうない。
使えるのは、たった一つ──
23ミリ機関砲。
塔の影に現れたSu-27の腹が見えた。
死角。無防備。決定的な一瞬。
「さようなら、鉄の怪物」
機関砲が火を噴く。
ダダダァァァァァアアアッ──!
黒煙。爆発。
Su-27の片翼が吹き飛び、空中でバランスを失い、放送塔に衝突する。
鉄骨が崩れ、火の粉が散る。
巨体が、塔の根本に叩きつけられて爆散した。
静寂。
通信も、ロック音も、警報も──すべてが、消えた。
「俺たちは、負け犬じゃない。
古くても、傷んでいても……まだ、喰らいつけるんだよ」
「お前のフランカーは、都市のルールを知らなかった」
「でも俺は、ここで育った。ここが俺の空だ」