第四章:「出撃前夜、整備兵との会話」
──格納庫前、夜明け間近の薄明かりの中、準備が進む。
【整備兵の絶望】
機体のエンジンが、かすかに目を覚まし始める。
吹き込まれる冷気に震えながら、整備兵の一人が工具を放り投げるようにして立ち上がった。
その表情には、疲労と戸惑い、そして恐怖が混じっていた。
「中尉、聞いてください……」
彼は唇を噛みしめながら、言葉を続けた。
「通信機、機能しません。送信は一応できるが、受信が死んでます。バッテリーは交換したが、ガタが来て
る。レーダーは使い物にならない。IFF(敵味方識別装置)は……そもそもない。対空ミサイルのロックは一回こっきり、撃ったら終わりです」
「チャフもフレアも、もう在庫切れです。だから回避は、全部パイロット任せ。GPSも入ってません。NATO式じゃない古いマップしか……」
イヴァンは静かにその報告を聞いていた。
まるで、すでに全部わかっていたかのように。
「……飛ぶことはできる」
そう短く言って、彼はコックピットを見上げる。
「エンジンは回る。主翼は生きてる。重力に逆らえるなら、それでいい」
整備兵は、苛立ちを抑えきれない様子で手元のタブレットを突き出した。
iPad──古びてはいるが、戦場における最前線の目。
「これ、入れておきました。基地とのやり取り、衛星の位置、リアルタイムの空域情報、全部ここに……。
Wi-Fiじゃないですよ、スタンドアローンの軍用回線。こんな機体じゃ唯一の命綱です。頼むから壊さないでくださいよ……」
イヴァンはそれを片手で受け取る。
画面には、キーウ上空を覆う雲の層と、味方機の航路が赤い線で描かれていた。
「……ありがとな」
整備兵は、その静かな声に戸惑った。
「ほんとに、行くんですか?」
「ああ」
「勝てるんですか?」
「わからん。だが、行かなきゃ何も始まらん」
イヴァンは、手袋をはめ、ヘルメットを抱えて階段を登っていく。
背中はまっすぐだった。
まるで、これが最後のフライトになると知っているかのように。
「飛ぶだけで、意味があるんだよ」