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キーウ上空ウクライナの翼  作者: バッシー0822
西岸の死闘編

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第三十二章:ダム

イルピンへの総攻撃を前に、ロシア軍はこれまでにないほど苛立っていた。

損害は拡大し、戦車は瓦礫に阻まれ、歩兵も消耗している。

彼らはついに航空支援を要請した。


司令部は報告を検討した。

──「敵の司令部はイルピン川のダムにある」

オレクサンドルの流した情報が決定打となり、攻撃許可が下った。


やがて、SU-25が爆音を轟かせながら低空をかすめ、腹に抱いた大型爆弾を抱えてダムへと進む。

町の防衛隊の誰もが息を呑んだ。


イヴァンだけが、ふっと笑った。

「……アイツラ、かかりやがった」


機体の腹から、二発の巨大な塊が滑り落ちた。爆音が空を裂き、最初の炸裂はダムの堤に直撃した。炎と黒い水煙が天に舞い上がり、地鳴りのような衝撃が岸辺の瓦礫を震わせた。周囲の兵士たちは拳を握りしめ、「命中!」という歓声が揺れる。


二発目も続けて落ち、衝撃は決定的だった。堤の一部が音を立てて崩れ、断続的に噴き上がる水が堤を突破する。下流が一瞬で水の牙に呑まれていくのを、誰もがただ呆然と見ていた。ラジオからは「目標の破壊を確認」という陸軍の無機質な声が繰り返され、ロシア側の司令部は快哉を上げた。──「やった、奴らの司令部は消えた。全軍、イルピン市内へ突入せよ!」


だが、歓声の向こうで、ゆっくりと起きていた別の現象に、彼らは気づいていなかった。水は堤を越え、まずは低地の草地を滑るように広がり、次いで舗装道路の継ぎ目に入り込み、やがて脛まで達する泥へと変わった。車列の先頭が浮いたように揺れ、キャタピラは空転を始めた。戦車の進行はわずかに止まり、次第に後続の車両と連結するようにして身動きが取れなくなっていった。


イルピンの防衛側では、初めは顔に安堵が浮かんだ者もいた。だが、歓喜はすぐに現実的な計算へと置き換わった。イヴァンは濡れた手で煙草を押しつぶし、肩越しに程なく沸き起こる泥の匂いを嗅いだ。ミコラの目は輝きを失い、代わりに鋭い観察が宿っていた。オレクサンドルは電話で自分が撒いた嘘の帰結を聞き、顔が青ざめた。彼の腹には後悔と、しかし同時に安堵――自分の情報で敵が動いたという恐ろしい確信が渦巻いていた。


ロシアの兵士たちは最初こそ勝利を信じ、隊列を組み直して突入せんとした。しかし道が泥に変わると、燃料タンクが空になりかけている車両はエンジンを止めるわけにもいかず、夜の寒さの中で暖を取ることもできない。燃料と弾薬は想定よりも速く失われ、補給車列は氾濫とぬかるみに阻まれて立ち往生した。燃え残る戦車の周りで歩兵が孤立し、通信は途切れ、指揮系統は混乱した。


イヴァンは仲間たちに低く言った。「時間はできた。でも安心するな。奴らはまだ歩兵を降ろしてくる。あいつらの手は長い——だが、俺たちの家もまた、守るべきものだ」ミコラは拳を握り締め、オレクサンドルは俯いて唇を噛んだ。水はさらに勢いを増し、夜の帳が落ちる頃には、イルピンの低地は広い湿地と化していた。


ロシア軍は自ら開いた穴に足を取られ、被害を膨らませていった。だが代わりに生まれたのは一時の猶予であり、勝利の確約ではなかった。街のあちこちで、砲火と叫びはまだ続いている。生き延びるため、彼らはまた動き出すしかなかった。



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