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キーウ上空ウクライナの翼  作者: バッシー0822
西岸の死闘編

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第三十一章:電話の鳴るとき

いよいよ戦車が町に入るかと思われたその時、なぜか車列は1キロほど手前で停車した。

戦車が停止した理由がわからず、皆が固唾をのんで様子を伺っていた。


国防軍のオレクサンドルという男がミコラに話しかける。

「随分敵をやったみたいだね」


イヴァンは答える。

「ああ。初日からずっと戦ってる。俺達の町を、やつらのいいようにはさせないぜ」


「ああ、そうだな」


そのとき、不意にオレクサンドルのポケットから電子音が鳴り響いた。

ミコラが驚いて振り返る。


「……こんな時に、電話?」


オレクサンドルは一瞬、顔を強張らせた。手が震えている。画面に表示された番号は見慣れない国際番号の羅列。


「誰だよ?」とミコラが覗き込もうとする。


オレクサンドルは慌てて身を翻した。

「ただの……古い知り合いだ」


だが、その一言を聞き逃さなかったのはイヴァンだった。

ベテランの眼光は鋭く、静かに言った。


「出ろ」


オレクサンドルは渋々、通話ボタンを押した。耳に当てると、低い声が響く。


『よくやっているな、サーシャ。今どこにいる? 部隊の配置を教えろ』


ミコラは怪訝な顔をした。イヴァンはすでに察していた。

オレクサンドルの額に汗が浮かぶ。


「……もうそんな話に応じるつもりはない」


『なに? 忘れたのか? お前の家族のことを思え。ロシアはお前を守ってやれるんだぞ』


オレクサンドルの拳が震えた。

「黙れ。俺の町を焼いたのはお前らだ!」


通話を切ると、場に重苦しい沈黙が落ちた。

ミコラは信じられないといった顔でオレクサンドルを見つめる。


イヴァンだけが、低い声で言った。

「……説明してもらおうか」


オレクサンドルは、諦めたように言った。

「ちょっとした小遣い稼ぎさ。珍しくもないだろう?」


イヴァンは努めて冷静に言った。

「ああ、腐敗の横行も、ソ連伝統というところだな。だが、そのせいだ仲間が死んだ」


オレクサンドルの表情に、後悔の念が浮かんだ。

「いや、待ってくれ、奴らが攻めてくるなんて、知らなかったんだ」


「ああ、そうだな」

イヴァンはそこであることを思いついた。

「オレクサンドル、やつに電話できるか?」


オレクサンドルは困惑した。

「ああ、だがなんで?」


イヴァンは言った。

「いいか、次の情報を流すんだ。ウクライナ抵抗軍の司令部は、イルピン川のダムにあると」



オレクサンドルは目を見開いた。

「……ダムに? そんな嘘を信じるのか?」


イヴァンは静かに笑った。

「奴らは俺たちを過小評価している。ならば、ちょっとした餌をやってやればいい。ダムを狙えばどうなる?」


ミコラがはっと気づいて声を上げる。

「氾濫だ! 川があふれて、やつらの戦車は進めなくなる!」


イヴァンは頷いた。

「そういうことだ。どうせ俺たちに時間は残されちゃいない。ならば、やつら自身の足で泥に沈んでもらおう」


オレクサンドルは逡巡した。

自分の裏切りが白日の下に晒されている。ここで逆らえば、仲間に撃たれるだろう。

だが、ここで従えば……自分の罪は多少なりとも償えるかもしれない。


「……わかった」


彼は震える手で再び発信ボタンを押した。

しばらくの呼び出し音の後、先ほどの低い声が応じる。


『またか。今度は何を知った?』


オレクサンドルは深く息を吸い込み、言った。

「……抵抗軍の司令部は、イルピン川のダムに移動した。重要人物も全員そこにいる」


電話の向こうで、一瞬の沈黙。

やがて満足げな声が響いた。

『よくやった、サーシャ。まもなくお前を迎えに行こう』


通話が切れる。


ミコラはまだ警戒の眼差しを向けていたが、イヴァンは短く言った。

「よし、これで少しは時間が稼げる。問題は……奴らが本当にダムを狙ってくるか、だな」



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