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キーウ上空ウクライナの翼  作者: バッシー0822
西岸の死闘編

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第三十章:後退

イヴァンはじっと息を殺して様子を窺った。

T72の後方には、装甲兵員輸送車と数台のトラックが続いている。砲撃で威嚇し、建物を破壊しながら確実に前進してくる。


「……まだだ」イヴァンは小声でつぶやき、ミコラの肩を押さえた。

若者の呼吸は荒く、今にも飛び出しそうだった。


T72がカーブを越えた瞬間、後方の車列は一時的に視界が遮られる。

「今だ、照準は後ろだ」


イヴァンの合図と同時に、隠れていた国防軍が一斉に撃ち込んだ。

RPGがトラックの一台を直撃し、炎が上がる。銃声と爆発音が狭い道に反響する。


敵歩兵が散開しようとしたが、数は少ない。しかも道路脇の地形を把握していない。

イヴァンは素早く撃ち込み、すぐに身を隠した。


「逃げろ!」

彼の叫びと同時に、仲間たちは次々に退避していく。


だがミコラは、怒りに駆られてもう一発撃とうとしていた。

イヴァンは彼の腕を強く引き、瓦礫の影に押し倒す。

直後、T72の砲塔が轟音とともに火を吹き、彼らがいた場所を吹き飛ばした。


粉塵と衝撃が走り、耳がキーンと鳴る。

「……だから言ったろ、深追いはするな、と」

イヴァンは低く叱責しつつ、必死に息を整えていた。


それでも、敵の前進は確実に遅れていた。



元気だったミコラも、だんだん口数が減ってきた。

撃っては逃げを繰り返し、少しずつだが敵を削ってはいる。だが敵はあまりにも数が多い。


感覚的にはこちらの3倍ほどはあるだろうか。こちらは少しずつ仲間が減っていく。

武器も残り僅かだ。


イヴァンはいった。「なあに、気にすることはない。ナポレオンだって、ちょび髭だって、いい気になって攻めたせいで俺達は勝った。ここを奴らの墓場にしてやる」


ミコラは泥と血にまみれた顔を上げ、イヴァンの言葉にかすかに笑った。

「……あんた、歴史好きなんですね」

「まぁな。歴史ってのはな、結局いつも同じことの繰り返しだ。強そうに見える奴ほど、最後には足元をすくわれる」


彼の声は低く、しかし確信めいていた。

だが、ミコラにはその確信がどこから来るのか分からなかった。

仲間がひとり、またひとりと倒れていくたびに、胸の奥が冷たく締めつけられていく。


砲撃で砕け散った民家の残骸の中に隠れながら、彼は膝を抱え込むようにして呼吸を整えた。

手にした銃はすでに弾倉が乏しい。背中のバッグには、残り数本のマガジンと乾パンだけ。


「イヴァン……俺たち、本当に勝てるんですか?」

若者の声は震えていた。


イヴァンは煙で曇った空を一瞥し、口の端を吊り上げた。

「勝つさ。俺たちがここで踏ん張れば、あいつらは前に進めねぇ。時間を稼げばいい。俺たちの後ろには街がある、家族がいる。墓場になるのは、あいつらだ」


彼の瞳には疲労の色が濃かったが、それ以上に燃えるような意志があった。

ミコラは無理やりうなずき、再び銃を構えた。


そのとき、遠くで戦車のエンジン音が響いた。

低く唸るような轟音が、徐々にこちらへ近づいてくる。


「……来やがったな」

イヴァンが呟く。


次の決戦の気配に、二人の呼吸が静かに揃った。



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