第三章:「出撃準備」
──基地、夜明け前。緊急招集の兵たちが次々に集まる中、旧式の機体に向き合う中尉の姿がある。
【出撃準備】
滑走路脇の格納庫は、まるで蟻の巣のように忙しく動いていた。
いつもなら整然としているはずの部隊も、今回は違った。
誰もが焦燥の色を隠せず、怒号と無線が飛び交っている。
「MiG-29は? 全機出たのか?」
「はい、すでに第1波として北へ。防空識別圏の突破を確認。空中給油機が──」
「もういい。残ってる機体を回せ」
イヴァンは、自らがかつて整備していた格納庫へ向かう。
扉の奥に、かつての主役たちが静かに眠っていた。
埃をかぶった灰色の機体。
MiG-21──
西側では「フィッシュベッド」と呼ばれた、時代遅れの遺物。
だが、彼にはそれが戦友に見えた。
「……生きてたか」
その機体の下に、小柄な若者が這いつくばっていた。
手には工具、顔には油と焦り。
「ちょっと待ってください! これ、本当に飛ばすんですか?」
若者──見習い整備士は、信じられないという目でイヴァンを見上げた。
「ああ、俺が飛ばすんだよ」
イヴァンは静かに答える。
声に迷いはない。
「だけど燃料系が腐ってる可能性が──」
「確認は任せる。間に合わせろ」
「でも時間が……!」
「敵は時間なんてくれない。整備が終わり次第、俺は出る」
若者は口をつぐんだ。
イヴァンの背中から発せられる気迫が、何よりの命令だった。
【頭上に響くエンジン音】
上空を新型の戦闘機が通過していく。
MiG-29、Su-27──
最新鋭の機体が、キラキラと朝日を反射して北へと向かっていく。
それらを見上げながら、イヴァンは呟く。
「あいつらが空を支配する間、俺は低空を抜ける。
地形を知ってるのは、こっちだ」
レーダーの盲点、川沿いの谷、送電線の影、低高度すれすれのルート。
──キーウ上空、ペチェルシクから北へ抜けるコース。
彼の頭には、すでに作戦が描かれていた。
「準備でき次第、滑走路へ。
今日が、俺の最初で最後の出撃かもしれん」